第13話 無能

「やはり国王陛下、次はグランツ帝国を攻めるべきかと。最近の奴らの隆盛は無視できませんぞ? 我が王国が世界の頂点であると示し続ける為にもここで帝国は叩いておくべきです」




「いやいや何をおっしゃいますか。その行動に騎士の国としての義はありませぬ。やはり次は猫族以外の獣人を配下に加えるべきです。より多くの民を国王陛下の庇護下で守ってやらねば」




「それよりも・・・」


「何を言って・・・・・・」




 フスティシア王国の力ある貴族達が王国の今後の動きについて熱く議論している。そんな年寄り達の滑稽な様子を、王国最強の騎士アルフレートは冷めた目で見ていた。




 今最優先ですべきことは、王国の平和を脅かしている反乱軍を鎮めることだ。




 それなのにこの老害たちは自身の領土を拡大する為に国外への遠征を提案している。つまるところ、この会議は王国の最大戦力であるアルフレートの騎士団を自身の利益のために動かそうと企む貴族達のアピール合戦なのだ。




(くだらないな。本当にこの者達は栄えあるフスティシア王国の重鎮なのだろうか)




 少なくともアルフレートの目には目の前の老人達が騎士道を理解しているようには到底思えなかった。




 しかしだからといってむげに扱う事はできない。




 この会議に集まっている貴族は全員が強大な領地を持ち、莫大な資産で王国の頂点に君臨している者達だ。その発言権は多大なものである・・・もしかしたら国王自身よりも。




「皆のもの、少し落ち着くのだ」




 議論が白熱する中、収拾がつかないと判断した国王が手をかざして皆の注目を集める。




 フスティシア王国12代国王、セサル・フエルテ・フスティシアはその見事な白い口ひげをなでて威厳たっぷりに口を開く。




「貴殿らの王国の将来を思っての意見、余は大変嬉しく思う。だがどうだろう? 今は反乱軍の動きが活発になっている。外に目を向けるよりまずは国内の不安を取り除くのが先決ではないだろうか」




 王の発言は正しい。ここはアルフレートを投入してでも反乱軍を手早く滅ぼべきなのだ。この戦が長引いたとて何の得もありはしないのだから。




 しかし己の利益しか考えていない貴族達は難色を示した。




「反乱軍ですか。いやはやそれは衛兵団の仕事でしょうに。反乱軍の討伐に騎士団が出しゃばるのはどうかと思いますぞ?」




「まさにまさにその通り。そういう時の為の衛兵団ですからなぁ。それに衛兵団の団長は音に聞く”剛鉄の乙女”ですからね。反乱軍程度問題にならないでしょう」




 貴族達の戯れ言を、一見にこやかに聞いているアルフレートだったが、その内心は怒りで煮えくりかえっていた。




 貴族達が乗り気でない理由はただ一つ。反乱ぐんは自身の領地を持っていないからだ。




 故に反乱軍を下しても国が得られるものは何一つなく、貴族達が甘い汁をすすることもできない。




 確かに国の衛兵団は優秀だ。だが、今の王国は内部の掃除をかの軍団に任せすぎている。いくら団長のアリシアが強者だとはいえ、反乱軍を衛兵団だけで処理するのには時間がかかりすぎるだろう。




 アルフレートは怒りに打ち震えながら、それでもその感情を表に出すことなく、粛々とくだらない無能達の会議を堪え忍ぶのだった。
























「いやいや、お疲れのようだねアルフレートの坊や」




 会議で疲れ果てたアルフレートが自宅に戻ろうと歩いていると背後から若い女性の声がかけられる。




 振り返った先には、ぶかぶかのローブを着けた黒縁眼鏡の少女がニヤニヤ笑いを顔に張り付かせてこちらを見ていた。




「おお、これはガーネット様。お久しぶりです」




 セシリア・ガーネット。




 宮廷魔術師の役職を与えられている少女の見た目をした女は、「うん久しぶり」と軽い調子で挨拶をすると、すたすたとアルフレートの近くに歩み寄る。




「それで? 坊やは今度、無能な貴族様のご機嫌取りの為にどこぞの国を落としに行くのかな? それとも今度は王様が頑張って反乱軍を討つ事になったとか・・・・・・まあ、その疲れ切った顔から察っするにそれはないか」




 ずいぶんな言いぐさだった。だが彼女の人柄をよく知るアルフレートは軽く微笑むと首を横に振る。




「いえ、今回の会議では今後の方針は決まりませんでした。陛下も頑張ったのですがね。どうにも貴族の影響力というものはやっかいなものです」




 彼女がこんな話を切り出すという事は、この場所には他人の失落を狙っている貴族達の諜報部員はいないのだろう。そう判断したアルフレートは彼女にだけ話せる本音を吐露する。




「全く健気な子だね坊やは。君ほどの人物ならばもっと自分勝手に生きても許されるだろうに。ほら、今からでも遅くない、冒険者にでもなったら好き勝手に生きていけるんじゃないの?」




 全くその通り。史上最強とも称されるアルフレートの実力があれば冒険者になって自由気ままに生きる事も容易だろう。




 だがアルフレートはあえて茨の道を選んだ。




 騎士という称号は彼の誇りであり、そして彼を国に縛り付ける強固な鎖でもあるのだ。




「確かにそうでしょうね。ですがそこに道はありません」


「ほう? 今の貴族様のご機嫌取りばかりしている人生は”道”なのかい?」




 セシリアの皮肉に、アルフレートは聖人の微笑みを見せた。




「ええ、この人生はまごうことなく”騎士道”です。”騎士とは即ち一振りの剣である”これは我が師の教えです。私は陛下の持つ最強の剣。ならば主の力を信じ、刃が振られるその日まで力を研ぎ澄ませる事こそ私の”道”です」




 主を信じるからこそ耐えるのだ。




 いつか己が主が発起し、無能どもを一掃するその日まで自身を研ぎ澄ませる。アルフレートの騎士道に一切の矛盾は無し。




「・・・・・・まぶしいね。その歳でもうその領域に至ったのかい。流石だよ”騎士の中の騎士”」




 セシリアの言葉に微笑みで答えると、アルフレートは話題を変えた。




「そういえば何か用事があるのではないのですか? 引きこもりのあなたがわざわざ挨拶だけをするために私に話しかけた訳でもないでしょう?」




「ああ、そうそう忘れるとこだった。さっき衛兵長のアリシアちゃんがアタシのとこに遊びに来ててさ。案件がやっかいだから君に相談しようかと思ってたんだ」




「やっかい?」




























「・・・なるほど、”光ヲ喰ラウ者”ですか」




 セシリアの話を聞き、アルフレートは頷いた。




 確かにやっかいな案件だ。反乱軍にも対処しなくてはならない衛兵団には手に余ることだろう。




「それでさ、君が動くのはいろいろまずいだろうから、いつもみたいにローズ君貸してくれない? 一応アリシアちゃんにはうちの馬鹿弟子貸し出してるんだけどね。このレベルの化け物相手だと流石に厳しいと思うんだ」




 国王直属の騎士であるアルフレートは自由に動く事ができない。それは宮廷魔術師であるセシリアも同じ事。




 だからといって他の騎士は自分の領地が脅かされるような事でも無い限り動かないし、という事でやっかいな案件を任せられる戦闘狂のローズは、これまでにも数々の活躍をしてきた。




 しかしアルフレートは残念そうな表情で首を横に振る。




「すいませんガーネット様。ローズの奴は別件で動いてまして」




「別件?」




「ええ、少し焚きつけて今脱獄中の”緋色の死神”を追わせています」




 その言葉にセシリアはどん引きしたように後ずさった。




「坊や・・・なかなかえぐい事するね。焚きつけたって事は命令じゃなくて自発的に国から出て行くように仕向けたんだろ? 何かあったら尻尾切りする気まんまんじゃないか。しかもターゲットが”緋色の死神”だ? あれは4人で2千の兵隊殺すような化け物だぜ? いくらローズ君でも無理じゃないか」




「ふふ、舐めてもらっちゃ困りますよガーネット様。ローズは・・・彼は唯一私がその実力を見込んで、騎士に無理矢理ひっぱってきた男です。控えめに言ってもこの国で彼より強い男は私しかいないでしょうね」




 ローズの事を話すアルフレートの顔は、まるで出来の良い我が子を自慢する父親のようであった。




「彼はかならず”緋色の死神”を打ち倒します。私が保証しますよ」








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