第10話 取引

「では大型の爆弾を15箱と火薬を3樽でよろしいでしょうか? 今回は久々の取引ですので少し料金を割引させていただきますよ」




 ニコニコと感じの良い営業スマイル。そして完璧な対応で商談を進める目の前の男に、反乱軍の軍団長であるバース・アロガンシアは不快げに鼻を鳴らした。




 目の前に座っている男はボマーと呼ばれる犯罪者だ。黒髪をさっぱりと刈り込み、清潔な白の礼服に身を包んだこの男は、感じの良い笑顔と丁寧な言葉遣いも相まってとても犯罪者には見えない。




 だがバースは知っている。この男の本性を。




 この男が取り扱っているのは爆発物全般。非合法な手段で調達したそれらをバースら反乱軍のような裏の組織に安値で大量に売りさばいている。




 しかもその安さが尋常ではない。明らかに利益が出るどころか赤字でしかないはした金で質の良い爆弾を大量に持ってくるのだ。




 何か裏がある。皆そう思うのが普通だろうが、この男との取引が自身の組織にとって有益なのは火を見るより明らかだ。




 バースは知っているのだ、この男の本性を。




 この男は・・・一見人畜無害そうに見えるこの男はただの異常性癖のサイコパス野郎だ。 この男の目的は自身の売りさばく爆弾が盛大に爆発してくれること。それを遠くから眺めることが何よりの喜びなのだ。




 だがこの男は爆弾狂のくせに自分では手を汚さない。ひたすら自身の爆弾を起爆してくれそうな組織に売りさばいてその戦火を楽しむ屑野郎だ。




 バースは戦士として、そして正義を志す者としてどうしても目の前のサイコパスを認める事はできない。だが奇襲部隊が討ち取られた今、反乱軍にとってこの男との取引はもはや必須と言ってもいい。




 苦虫をかみつぶしたような顔でバースは隣に控えている部下に指示を出す。無言で頷いた部下が懐から金貨の入った革袋を取り出した。




「ほら、約束の金だ。それ受け取ってさっさと帰りな」


「おやおや、どうもワタクシは嫌われているようですねえ」




 含み笑いをしながら革袋を受け取るボマー。




「ではワタクシどもはこれで失礼いたします・・・・・・成功を祈ってますよ?」




 そう言って立ち上がるボマー。隣で待機していた護衛の男に合図すると供に立ち去っていった。




「・・・お疲れ様でした軍団長」




 部下の言葉にバースはふんと鼻を鳴らして立ち上がった。




 巨大。




 バースのその巨大な体は、身の丈が通常の成人男性の二倍ほどもある。つるりとそり上げられたはげ頭と生来の強面がその迫力に磨きをかけていた。




 バース・アロガンシアは義侠の男である。




 半巨人という自身の出生にも関わらず、差別もせず自分を兵士に取り立ててくれた母国には心の底からの感謝を持っていた。




 そして自身が遠征に行っている間に、母国がフスティシア王国により攻め滅ぼされた事が、彼の心に大きな傷をつくったのだ。




 何故自分は母国を守れなかったのか。




 悔しかった。そしてフスティシア王国を許すことが出来なかった。




 だから彼は反乱軍を立ち上げ・・・たとえその行動が悪だったとしても王国を滅ぼすまで止まりはしないと決めた。




「・・・クリサリダ」




 バースが呟いたのは先日討ち死にした友の名前。長く供に戦ってきた戦友の死が、彼の決心をより強固なものにしていた。




「お前の死は無駄にしない・・・クリサリダ、必ずオレは王国を討ち滅ぼす」















「ふむ、奇襲隊がやられた時はどうなる事かと思いましたが・・・逆に反乱軍を焚きつけるいいきっかけになったようですね」




 馬車に揺られながらボマーは先ほどの取引を思い出して笑う。どうやら反乱軍は近いうちに盛大なテロを起こすようだ。




「楽しみですねえ、今度はどれだけの爆発が起こるのでしょうか」




 その薄い唇をニヤリとめくり上げると、ボマーは先ほどの取引で見せていた感じの良い営業スマイルをかなぐり捨てて、欲に塗れた醜い笑みを浮かべる。




「ああ早く爆発音が聞きたい。爆煙を見て火薬の臭いを嗅ぎ、死にゆく人々の怨嗟の声を聞きながら優雅に紅茶でも飲みたいものですね」




 そして彼は目の前に向かい合うようにして座っている護衛の男に向き直った。




「アナタもそう思うでしょう?」




 話しかけられた護衛の男は、その顔の上半分に奇妙な仮面をつけていた。適当に掘ったような角張った木彫りの仮面に炭で複雑な文様が描かれている。




 それは見る者に呪術的な不信感をいだかせ、いかにもまともな人間がつけるものでは無いように思えた。




「・・・私はマスターの思うままに」




 蚊の鳴くような小さな声で返答をする。その声は男とも女ともとれるような中性的な響きを持っている。




「駄目ですよそれじゃあ。爆発とは良いものです。アナタもワタクシの護衛ならこの美しさを理解しなくては。・・・娯楽とは、みんなで楽しむものですよ?」




 無言で頷く護衛に、ボマーは「良い子ですね」とさらに笑みを深めた。




「さて、次はどの馬鹿どもに爆弾を売りましょうか」






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