第5話 覚醒

 奇襲部隊の隊長を殺した後、ローズは周囲を見回した。彼の予想が当たっているならば、先の事件で脱獄したダンプ・デポトワール・オルドルはこの拠点にいる筈だ。そして運がよければ緋色の死神も・・・。




「逃さない、決して」




 ローズはダンプという男がこの戦場にいたのならばどう動くかを考える。まずは反乱軍では無いダンプはこの戦場から真っ先に逃げようとするだろう。拠点が潰されたところで彼には何の損害も無いのだから。




 ならばどう逃げる? 




 この拠点は衛兵団によって包囲されている、その包囲に穴など無い、ならば・・・。




「隊長がいるテントには衛兵団の主戦力が投入されると考えるはず、ならばそこから離れるように動くのが道理」




 ローズは駆けだした。居るかどうかはわからない、だがもしこの拠点に死神がいるのならば決して逃しはしない。


















 心は静かに冷え切っている。戦の時にアリシアは人としての倫理やら正義やらそういったモノの一切を殺す。ただ目の前にある敵を粉砕する、それだけの兵士になるのだ。我々は騎士では無い、ならば誇りなどいらず、求められるのは結果だけだ。




 反乱軍の拠点を潰す。この包囲からは誰も逃れることは許されない、故に包囲から逃れようとした三人組の一人を斬った時も心は冷え切って微動だにしなかった。




「マオぉ!」




 斬り捨てた黒髪の男に庇われていた獣人の男が吠える。




 煩わしいことだ、どうせこの男もすぐに後を追う事になる。アリシアが振り下ろした両手剣が獣人の男へ迫り・・・不意に割り込んだ何者かが必殺の刃を素手で払いのけた。




「・・・どういう事ですか?」




 おかしい、そんなはずは無い。アリシアの邪魔をしたその人物は、先ほど斬り捨てた筈の黒髪の男だったのだ。




 体勢を立て直し剣を構えるも、黒髪の男は無表情で佇んでいた。先ほどアリシアが与えた傷口からは絶え間なく血が流れ出ている、明らかに致命傷なソレを気にした様子も無い。




(落ち着いて、冷静になるんだ私。一撃で死ななかった、ならもう一度斬り捨てるだけのこと)




 キッと男を睨み付けて鋭く踏み込む。腕の力だけでは無い、踏み込んだ下半身の力を存分に使った重い一撃は、男を絶命させんと唸りを上げた。




 刃が男の身に届く寸前、男が獣じみた動きで身をくねらせて回避をする。そのまま攻撃を終えた隙だらけのアリシアに強烈な体当たりを喰らわせた。




 衝撃




 重い甲冑を身につけた自身を吹き飛ばす、その尋常ではない力にアリシアは驚愕する。




「・・・少しだけ、思い出した」




 戦場に似合わぬ静かな声、男はぽつりと言葉を漏らした。




「俺は・・・鬼だ」




 持ち上がったその頭には二本の角、肌がじわじわと緋色に染まり、男はその身体を人から人外へと変容させる。




「おに?」




 わからない。おに、とは何なのか。だが目の前の男が・・・否、化け物が尋常ならざる力を持っている事は理解できた。




「なにやら分かりませんが、人だろうが化け物だろうがこの包囲を突破する事は許しません」




 相手が何者であろうが彼女の仕事は変わらない。




 敵を




 殲滅する。




「疾っ!」




 息を吐き出し、愛剣を振るう。




 しかし緋色に変貌した男の皮膚は、人間と言うより分厚い獣のソレに近く、俊敏に動き回る男に致命傷を負わせる事は困難だった。




 さらに不味いことに、向こうの素手による攻撃は強烈で、頑丈なアリシアの鎧ごと砕きかねないほどであった。 そも、アリシアの戦闘スタイルは相手の攻撃を鎧で受け止めて、隙だらけになった相手に両手剣の一撃を食らわせるというモノ。その為の超重量で強固な鎧と肉厚の両手剣である。




 両手剣による一撃の効果が薄く、さらに鎧をも突破しかねない攻撃力を持つこの男とはかなり相性が悪い。




(不味い、このままではじり貧に・・・)




 男の強烈な打撃がアリシアの右肩を襲う。あまりの衝撃に握りしめていた両手剣が手からこぼれ落ちる。武器を無くし無防備になったアリシアにトドメをささんと男の巨腕が唸りをあげて振るわれた。




 凄まじい速さ。防御も間に合わず、これまでかと思われたその時、無数の剣線が夜闇に煌めいた。




「どうやら間に合ったようだね」




 ローズ・テンタツォーネ、麗しき銀髪の騎士がその薄い青の双眸を光らせ、戦場に降り立った。




 トドメの一撃を邪魔された男は、苛立たしげに頭を振るとローズを睨み付ける。




「緋色の肌に・・・二本の角、獣の俊敏さ・・・と。これは良い、緋色の死神に間違いないようだ」




 歓喜の表情を浮かべ、ローズはするりとレイピアを構える。




「下がりたまえ衛兵長殿、この男の相手は自分だ」




 男、緋色の死神と呼ばれた存在が咆哮を上げる。腹の底にビリビリと響くようなソレは、人間というより獣のモノであった。




 刹那、ローズの右腕が閃いた。流れるような美しい動きで右手のレイピアが踊る。それは死神の首元に、心臓に、腹に、およそ人間の急所と呼ばれる場所全てに突き立てられた。




(なんと、筋肉に阻まれて致命傷には至らないか)




 驚くべき事だ。いくら鍛え上げようが、ローズの剣の腕を持ってして肉が貫けないなんてことはあり得ない。それは緋色の死神がローズの常識の外にある存在だと物語っていた。




 膠着状態が続く、互いに決定打が無いままじわじわと体力が減っていく。




 決着は突然訪れた。不意に死神が叫び声を上げて地に膝をつく。苦悶の表情を浮かべもがき苦しむ彼の肌からはゆっくりとその緋色が引いていった。




「何かはわからないけど、これはチャンスだね」




 この好機を逃すローズでは無い。レイピアを構え、トドメの一撃を加えんと歩み寄る。




「させるか!」




 側方からローズにむけて放たれたナイフをレイピアではたき落とす。その隙に獣人の男が死神を背負って戦線を離脱した。




「逃がさん」




 獣人の男ごと斬り捨てようとローズは駆け出すが、そんな彼の足下に何かが投げ込まれた。ソレが何なのか確認した瞬間、ローズの顔が憤怒に歪む。顔を上げるとソレを投げた当本人が憎たらしい顔でウインクをしているのが確認できた。




「オルドル!貴様ぁ!」




 次の瞬間投げ込まれたソレ・・・小型の爆弾が起爆する。もうもうと煙が舞い上がり戦場は白に染まるのであった。





















「ここは?」




 目が覚めると、ローズは見知らぬベッドの上で仰向けに寝ていた。起き上がろうとすると全身がズキリと痛む。




「お目覚めですか、よかった」




 クールながらどこか優しさをにじませた女性の声。




 聞き覚えのあるその声の発生源に顔を向けると、美しい女性が椅子に腰掛けてこちらを見ていた。先ほどまで読んでいたであろう本をパタリと閉じてベッドに歩み寄ってくる。




「レディ? ここはどこだろう」




 ローズの言葉に、美しき女性・・・アリシアはうっすらと微笑んで答える。




「病院ですね。ミスター・ローズは先の討伐戦で負傷されましたので」




 アリシアの言葉で思い出した、何故自分が負傷したのかを。ギリリと強く歯を食いしばる。頭に浮かぶのは爆弾を投げ込んだあの憎らしい男の姿。




「・・・ダンプ・デポトワール・オルドル」




 ああ、ローズは決して彼を許さないだろう。犬歯をむき出しにして怒りの表情を浮かべ、ローズは復讐を誓うのである。

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