十七章

 僕が駆け付けたとき、花澄ちゃんはロボのボディに正拳突きをキメているところだった。


 べこっ!


 そんな音を立て、ロボのぶ厚い装甲がへこんだ。かなりの破壊力だ。だが、それもすぐに自動修復機能で元通りになった。やっぱり、格闘技じゃこいつを倒せないみたいだ。


「花澄ちゃん! 僕も戦うよ!」


 と、そう声をかけたとたん、ロボがこっちにレーザーを撃ってきた!


 しゅびびびびっ!


「うわっ!」


 よける暇はなかった。とっさに、左手に持っていたものでそれを防いだ。炎の壁は一瞬にして貫通されてしまったし。


「ギャアアアアッ!」


 なんか断末魔の叫びみたいなのが聞こえてきたが、なんとかそれで、レーザーを受け止めることができた。よかった……。


 だが、ほっとしている余裕はなかった。ロボはレーザーが防御されたと見るや、すぐに腕の機関銃で一斉射撃してきた。これも炎の壁で防げるかどうかわからない。またとっさに、左手のもので受け止めた。


「痛たたただだだっ!」


 なんか、弾が当たるたびに小刻みに震えてうるさかったけど、これもなんとか防げたようだった。


「ふう、当たらなくて、よかった――」

「よくないだろう、君! さっきから!」


 左手のものがじたばた暴れ出した。


「ボクをなんだと思ってるんだ! 今のボクは、いたいけな児童なんだぞ!」

「いや、児童だから自動防御……」

「ふざけるなあああっ!」


 ぽか。殴られた。子供の力で。


 でも、さんざん苦痛の叫びを上げていた割には、もう新品同様……じゃなくて、まるで無傷の状態に戻っているようだ。さすが、五十倍の耐久力を持つ人だ。いい盾だ。


「会長、今は文句を言ってる場合じゃないですよ。役割分担ってやつです」

「まさか、君が攻撃でボクが防御、と、言いたいのかね?」

「当たり前でしょう。それしかあいつに勝てる方法はない!」

「いや、そんなポーションがぶ飲みで攻撃ボタン連打みたいな、頭の悪い作戦で勝つも何も――」

「来ます!」


 そう、もはやしゃべる盾と会話している場合じゃない! 再びこちらに機銃掃射してくるロボに対し、僕は素早く盾を構えた。そして――そのままロボに向かって走った!


 そうだ、炎の壁が破られた以上、離れたところから蒼雪炎舞スノウ・フレアを放っても、倒せる保証はない。あの巨人にも利かなかったし。五十倍耐久の盾もあるし、このまま懐に潜り込んで、至近距離から攻撃してやる!


「うおおおおおっ!」

「痛たただだだっ!」


 防ぎ損ねた弾が肩や足に当たったが、それは制服の回復力でなんとかなった。自己修復できるのはロボだけじゃないってことだ。


 そのまま、一気に間合いを詰める――。


「吾朗!」


 花澄ちゃんはロボの肩の上で僕に振り返る。


「花澄ちゃん、逃げて! ここは僕がなんとかする!」

「わかったわ。吾朗も無理しないで!」

「あ、そうだ、これ! 役に立つから!」


 しゃべる盾を素早く花澄ちゃんに手渡した。そして、ギリギリまで近づいたところで、右手の伝説の剣(予定)にリピディアをありったけ集中させ、ロボめがけて振り下ろした!


「はあああっ!」


 瞬間、蒼い煌めきが空を切り、ロボのボディを斬り裂いた。


 そう、僕の右手に再び現れた蒼い炎の剣。蒼炎の剣ブルーフランベルジェとでも呼ぶべきもの。それが全てを一瞬で両断したのだ。すさまじい熱とともに――。


 ボディを真っ二つに焼き切られたロボは、瞬時に、動作停止したようだった。


「やった……」


 できた! やればできるじゃないか、僕ぅ! 


 しかし周りをよく見ると、あちこち炎が拡散して焼け焦げていた。完全にリピディアを剣に集中できていなかったみたいだ。花澄ちゃんは大丈夫だろうか……。

 と、そこで、


「やったわね、吾朗!」


 その声が聞こえてきた。見ると、花澄ちゃんはまったく焼けていないようだった。


「よかった、無事で……」

「うん、これのおかげ」


 花澄ちゃんは手に持っていた消し炭みたいなのを掲げた。子供の形をした黒い物体だ。なるほど、これで僕の炎を防いだんだな。やるなあ、こいつぅ。僕らは笑いあった。


「君たち! ボクを何だと思ってるんだ!」


 なんか声が聞こえてきたけど。


 と、そのとき――にわかにロボの残骸が動いた!


「なんだ?」


 僕たちは、すぐにそっちに振り返った。するとそこには、ロボのボディの断面から出てくる、二つの人影があった。


「中の人、いたんだ……」


 と、驚いたのもつかの間、次の瞬間には、僕たちは自分の目を大いに疑うことになった。だって、その二つの人影って、健吾とクマだったんだから!


「お、お前たち! なんでそんなところに……」


 衝撃の再会だ。倒した敵ロボからかつての友達コンニチワって、どこのロボアニメだよ!


 だが、よく見ると、二人の様子はかなりおかしかった。なんかやけに色黒になってるし、なんかやけに目が赤いし、僕が話しかけてるのに全然何も言わないし、額に青筋立ててダークなオーラをまとっているし、これは……。


「操られてるようですわね、彼らは」


 と、そこで、どこからともなく琴理人形が現れて言った。この人、今までどこに行って……。いや、今はそんなことはどうでもいいか。


「操られてるって、まさか滅びの花に? 人間の体も乗っ取れるんですか?」

「直接は無理ですわね。おそらく、ガクエンレンゴクの機能を使ってるんですわ」

「それはどういう?」

「吾朗さんも知っての通り、このガクエンレンゴクには、地球人によるプロバイオティクスを円滑に進めるために、地球人の精神に干渉できる能力があります。これは、通常は『地球人はガクエンレンゴクのやろうとしていることに疑いを持つことはできない』という低いレベルに抑えられているのですが、場合によっては、干渉のレベルを上げて地球人の精神を完全に支配することもできるのですよ。おそらく、滅びの花はその機能を使って、二人を操ってるんですわ」

「へえ。でも、なんで僕らは無事であいつらだけ……」

「それは、吾朗さんたちのリピディアが強力だからですわ。ガクエンレンゴクの地球人の精神に干渉する能力は、強いリピディアにかき消されてしまう性質があるのです」

「なるほど、それで……」


 僕だけ、今まで常識人でいられたんだなあ。


「さらに言うと、人間の感情を完全に制御するのは大きな意識の摩擦が生じますし、ある程度の強さのリピディアを持つものなら、うち消すことが可能なんですのよ」

「え、じゃあ、あの二人は……?」

「それだけ、あの二人のリピディアがザコいってことだよ」


 と、焼け焦げた状態から華麗に復活したらしい少年会長が口を開いた。


 二人とも、ザコなのか。まあ、前からそんな感じはあったけど……。


「で、二人を助けるにはどうすればいいんですか、会長?」

「さあ?」

「さあ、じゃないでしょう! ちゃんと最高に役立つアドヴァイスしてくださいよ!」


 と、僕が叫んだたときだった。


「いい加減、俺ら無視するのやめてくれないっすかね?」


 ダーク健吾が話しかけてきた。彼はズボンのポケットに両手を突っ込み、ガムをくちゃくちゃ噛んでいる。世界を滅ぼす悪の存在に精神を支配されたわりには、小者感がハンパない。さすが、僕の友人だ。


「あの、健吾君? 僕のこと覚えてる?」

「あ? きやすく俺の名前呼ぶんじゃねーよ、童貞がうつるだろうが」


 ぺっ、と、ダーク健吾は唾を吐いた。うわ、ひどい! どさくさにまぎれて、セクハラするなんて! ダークすぎるだろ!


 くそ、健吾がダメなら、ダーククマだ! ダーククマに話しかけてみよう!


 さっそくそっちに振り返った……ら、


「てめえっ! 早く正気に戻りやがれっ!」


 そこには、ダーククマを殴る蹴るしている花澄ちゃんの姿があった……。


 いや、あれは、ショック療法(物理)か? 


 花澄ちゃんの素早い攻撃にダーククマはまったく歯が立たないようで、もはや涙目だ。ダークなのに。まとっているオーラだけは、通常の何倍も凶悪なのに……。


「見たか、吾朗。道をたがえた俺たちは、もはや戦うことは避けられねえのさ」

「いや、なんか、一方的にぼこられているだけ――」

「さあ、俺たちもヤろうぜ、兄弟!」


 ヒャヒャヒャと、ダーク健吾は高笑いした。そのブレザーの上着が、ダークなオーラをまとって風になびいた。

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