第42話 武士と陰陽師(中)

 荒れ狂う風の中、ひっくり返りそうな“太郎坊”を必死に操る。

 何とか失速せずに済んでいるのは、一度墜落させた経験のおかげだろうか。


「――っと!」


 吹き上がった風を受けて、機体が左に大きく傾く。

 即座に右羽を停止――均衡を取り戻すと同時に再稼働。

 四枚の羽が風を掴み直し、無事に安定を取り戻す。セツはため息をついた。

 神経が磨り減っていくのを感じる。

 その原因は、道世から引き継いだ“太郎坊”の操縦のせいだけではない。


「…………」


 先ほどから、背後が恐い。

 機内には、道世に加え、合流した五夜さやの姿がある。

 その彼女から伝わってくる赫怒の気配に、セツは嫌な汗を抑えられない。

 怒りの原因は、道世の話にあった。



 ――なぜ、龍神が“大鉄牛”の中から出現したのか。


 それは、彼の龍神が怒り狂っている理由を問うものでもあった。

 知ったところで、何かが変わるわけではない。

 だが、それでも聞くべきだろうとセツは考え、道世はそれに応えた。


「機巧兵器の心臓部には、“真火筒”と呼ばれる呪具が用いられています。この呪具は、中に超高温の炎を封じており、機巧兵器はその熱を用いて蒸気を生み出しているわけです」

「……つまり、燃石要らず、しかし蒸気筒のみで動く無火蒸気よりも遙かに長く稼働できる、と?」


 セツの言葉に、碩学の陰陽師はうなずく。


「ご明察。その“真火筒”の炎は、一度燃料を焼べれば、何もしなくても年単位で燃え続けます。当然、用いる燃料は尋常なものではありませんが」

「…………その、燃料というのは」


 状況を考えれば、答えは見えている。

 五夜さやは、無言のまま反応を見せない。正直に言えば、聞きたくない。それでも、セツは問いを重ねた。

 道世は深いため息をつく。


「――あやかしの魂です」


 妖の魂を燃料に、超高温の炎を生み出す。

 “真火筒”の機能をそう説明し、そして、それ故に龍神の怒りは当然のものだと、道世は続けた。

 薪としてべられたのだ、怒らないはずがない。

 そして、敬愛する父をそんな目に遭わされれば、娘は――


(怒り狂うよな)


 無言を保っているのは、口を開けば止まらなくなることが分かっているからだろう。


 ゴォオオオン――……


 地上で打ち鳴らされた銅鑼の音が、空にある“太郎坊”に届く。

 陰陽師たちの準備は着々と進んでいる。

 その音を合図に、みやこのそこかしこで篝火が燃え上がるのが、セツの目に入った。


 ゴォオオオン、ゴォオオオン――……


 みやこ中で、銅鑼が打ち鳴らされる。

 最初、バラバラであったそれらは、セツたちを乗せた“太郎坊”が黒龍の周囲を旋回する間に、急速に重なり合っていく。

 その音を聞いていると、なぜか心が凪いでいくのをセツは感じた。


(術を同時に扱うための合図という話だったけど……)


 それだけではあるまい。

 おそらくは、この銅鑼の音にも何らかの呪的な力が宿っているのだろう。

 ふと、背後から吐息が聞こえた。

 嘆息。

 胸の熱やわだかまりを吐き出すような、深く、けれど静かなため息。


「……五夜さや?」

「取りあえず、お父さまの身に起きたことは分かりました。あれ程にお怒りである理由も。人間あなた達がなぜ、そんなことをしたのかは分かりませんが、それは、ここで聞いても答えは出ないでしょうね」

「ええ。そちらに関しては、当事者に問うしかないでしょう」


 そもそも、盗まれた“大鉄牛”の“真火筒”には、別のあやかしが封じられていたはずだ。

 その妖が燃え尽きたのか、あるいは出力を上げるために龍神を新たに焼べたのか――その意図は、賊たちでないと分からない。


「なら、その賊を捕らえるためにも、一度、お父さまには平静を取り戻して頂かないと」


 五夜さやがうなずくのと、響き渡る銅鑼の音が重なり合うのは、ほぼ同時のことだった。

 道世が、式神を通じて地上に声を送る。

 それを背後で聞きながら、セツはそっと口元を緩めた。


「何? 急に笑ったりして」

「いいや」


 こぼれた吐息を聞きとがめたのか、怪訝そうな口調の五夜さやに、セツは背を向けたまま首を横に振った。

 先ほどまでの気まずい緊張感が、志を同じくする者たちの連帯感に変わっている。


(これなら、きっと上手くいく)


 根拠はない。しかし、きっと大丈夫だろう。

 先ほどまでとは打って変わって、心地良ささえ覚える空気に目を細めながら、セツは気合いを入れ直した。


「このまま、龍神殿の周りを旋回してください」

「はい」


 道世の指示にうなずく。

 風の流れはすでに掴んでいる。セツは、大した苦労もなく“太郎坊”を望む軌道に乗せた。

 荒れ狂う龍神を横目に飛ぶセツたちに、早まっていく銅鑼の音が届く。

 連動するように、道世が静かな声で呪を口にした。


臨、兵、闘、者嵐に臨みし我ら――」


 一際強く打ち鳴らされた銅鑼を合図に、地上から一斉に矢が放たれた。

 聞こえるはずがない弓弦の弾ける音。それを確かに耳にして、セツは小さく息を飲む。

 矢の数は十二。

 いずれも、風雨をものともせず、黄金の輝きをまとって空に上ってくる。


「あれは――」


 近くに迫った光を見て、セツは目を瞠った。

 矢だと思っていたものが、全く異なるカタチを取っていたからだ。


 それは、光の尾を引いて、嵐中を翔ぶおおとりであった。

 視線を巡らせれば、他に亀や狸、狐の姿もある。

 十二体の禽獣。その正体が何であるかは、セツにも分かる。


「式神」

「――皆、陳、列、在、前……天その志を束ねて天に希う


 セツの呟きを掻き消して、道世が高らかと声を張り上げた。

 みやこの十二箇所で護摩を焚き、銅鑼を鳴らし、式を組んで放った陰陽師たち。

 空を往く“太郎坊”を駆って天にを描き、呪を口にする賀茂道世。

 彼らが合同で組み上げた術が、ここにカタチを結ぶ。


「怒れる龍を鎮めんがため、神を戒める許しを此処に」


 道世が両掌を打ち鳴らした。

 乾いた柏手かしわでの音を受け、空に在った式神が一斉に光となって弾ける。

 その輝きは、“太郎坊”の軌跡を追って空を駆け――


「――結んでくくれ、十二方陣」


 巨大な光の環となって、荒れ狂う龍神を虚空に縛り付けて見せた。

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