20杯目 雨の日の出立

 勇者召喚暦二〇二〇年・六月二十五日・シルフ・天気:雨


 早朝、降りしきる雨の音で目が覚めます。ふぁ、昨夜はいいお酒でしたね……。

 ふとノンネの顔が浮かび、それがなんだかおかしくて思わず笑ってしまいます。

 

 軽めの朝食を終えたら、前日に準備していた装備の最終確認へ。

 古い型の革鎧、ブーツ、片手剣に外套……当時の傷や汚れが多少目立つものの、この日のために手入れを怠らなかったそれらは未だに現役です。


 昔を思い出しながら問題がないか一つ、一つ確かめしっかり装備します。

 お前は鎧の締め方が緩い! ってグラディによく注意されましたっけ……。

 最後にとんがり帽子を被り、リュートと鞄を背負えば支度は完了。


 雨の中ひっそりと自宅をあとにし、郊外の牧場へ。

 そこで馬を一頭借り、目指すは西のヴァルト大森林。エルフィーナ氏から渡された報告書に記されていた、例の魔物の最新目撃地域。


 ヤツに出会ったのは、いわゆる中堅といわれるベテラン冒険者パーティです。

 森の周辺に大量発生した狼の魔物ルーポを討伐したその帰り道だったとか……。

 夕暮れ時、夜の帳がいち早く下りた大森林の奥から、ヤツは一行が通り過ぎるのを金色に光る隻眼でじっと見つめていたそうです……。


 そんな報告書の内容を思い出しつつ、借りた馬を終日走らせ続け夕方。

 ようやくヴァルト大森林の入り口に辿り着きました……。この森のどこかに今もヤツがいるかもしれないと思うと、すぐにでも探し出したくなります。


 しかし、焦りは禁物です……。これから夜はヤツが活動的になる時間帯。

 そうでなくとも闇夜の森の中は様々な危険で満ちています。ここは一旦退いて、夜明けとともに探索を開始したほうが得策でしょう。

 大丈夫、大丈夫です……一人でも私はやれます……。


 報告書の内容から大森林の近くではヤツに襲われる可能性もあるので、今夜の野宿は少し離れた岩場でおこなうことにしました。

 岩と岩の間に布を張り渡せば雨風を凌ぐ簡易テントの完成です。その下で焚き火を熾し暖をとり、軽い夕食を済ませます。

 はぁ~、こんな日の夜はお酒でも飲んで身体を温めたいですね……寒い。


 そういえば昔、やたら強いお酒をシエールが持ってきたことがありましたね……。これがあれば薪はいらない! とか言って……。

 結局、その時の野営では彼女の想定した使われ方はせず、男どもに飲み干されて終わりましたけど……。あれ、美味しかったんですかねぇ?


 たわいもないことを考えつつ、手にしたリュートへマナを流しながら弦を軽く弾きます。降りしきる雨の音に溶け込みながら、周囲へ広がっていく独特な音色。

 うん……近くに魔物や狼、野犬の類いはいなさそうですね……。けれど、この雨だと反響定位の精度も微妙ですし一応、魔物除けの薬草は焚いておきましょう。

 徹夜で魔物払いの曲を奏でておくわけにもいきませんし……。


 でも、ダメですねぇ……こうやって一人で野宿をしていると昔のことばかり思い出してしまいます。

 ノンネやグラディ、シエールのこともそうですが、今はもういない他の三人。

 父親から譲ってもらった槍が自慢だったハルバ、口より先に手が出た拳闘士のカブダ、二人が喧嘩するといつも泣きそうな顔で止めに入っていた錬金術師のケミア。


 彼らが生きていたら……私たち七人は今頃どうしていたんでしょう?

 全員でまだ冒険者を続けていましたかね? それとも……。

 いえ、考えるだけ無駄ですね。今はヤツの討伐に集中しないと……。


 あの頃と違い、私はたった一人なんですから……夜明けが、待ち遠しいです。



 今夜のお酒

 なし

 

 連続禁酒日数:一日目

 最大連続飲酒日数:二十日


 彼らのためにも絶対に、ヤツを討伐するんです……!!

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る