第7話 別府のグルメ(個人の感想です)

「雨だな」

「雨だね」

 別府は東を海、それ以外はすべて山に囲まれているので、西の湯布院で発達した雨雲が山を越えるとあっと言う間に雨が降る。

 もしも山際に雲が見えるなら傘を持っていた方が良いらしい。

「雲がそこまで強くないと北側に流れるけど、そうでなければ町全体を覆うような雲がわいてくるからね」

 もしも写真を撮ろうと山に登った場合、晴れるタイミングを見るのが大変そうだ。


「今日は外出できそうにないし、近場で別府のグルメを楽しまない?」

 と朝美氏が言う。

 財布の中を確認して漱石さんが2枚、首里城が1枚あるのを確認してうなづく。

 大分でも2千円札はまだ流通しているのである。

「あ、お金は1000円までなら私が出すよ」

 なんですと?

「うん。宝くじが当たって気分が良かったからおごるよ」

 何でも彼女は『宝くじは当たるか外れるかの1/2の確率』と言う事で、毎回1枚だけくじを買うらしい。

 それが当たったというのだ。

「へー、いくらあたったの」

「300円」

 単なる返金じゃねえか。

「いやいや。夢を買って夢を返品してもらえたんだから良いじゃないの」

 と彼女は言う。

 まあ、驕ってもらえるなら文句は全くないのだが、それで良いのだろうか?


「別府というと、とり天と冷麺が有名だけどどっちに行くの?」

 とり天は東洋軒というお店が有名なのは聞いたことがあるが、冷麺はあまり聞いたことがない。


「いや、そば屋だよ」

 おい、別府のグルメはどこいった


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 別府には2つの商店街がある。

 海側の楠銀天街と駅側のやよい町通りである。

 どちらも大通りに近いほど人通りが多く、離れると寂れていくのだが、一時は大分県、いや日本で一番栄えた商店街だったらしい。戦後すぐとか。


「別府商店街には有名なそば屋は2軒あってね」

 一つはやよい商店街の中程にあるうなぎ屋もかねた蕎麦屋。もう一つは商店街から少し離れた場所にある蕎麦屋。

 今回行くのは後者らしい。

 昭和レトロなキャバレーや飲み屋の看板がある車一台がやっと通れそうな狭い小道。そこを歩くと少し大きめの道にでる。

「あそこのそば屋はね、着色料をいっさい使用しないから麺が白いそばを出すんだよ」

 そばの実を挽き込むと、最初に中心部分が粉になり、それを一番粉というらしい。

 別名【更科粉】。

 その廻りが2番粉となり胚乳により少し緑味をおびる。

 一般に言われる蕎麦とは一見違う蕎麦の麺を使う店らしい。

「あ、あそこだよ」

 そういって指さす先には食堂の様な店と、その奥にいかがわしいポスターが貼られている映画館があった。


「……貴様、私がおしゃれな女性向けの雑誌に連載をもつライターと知っての狼藉か」


 エセ幼女の襟首をつかんで吊し上げる。

「ぐえ…ちょっと待って…ここ、本当、おいしい」

 いくらおいしくても紹介できるか。こんな立地。

「いや、ほら。あそこ、あそこ」

 そう思っていたが、ふつうに女性観光客が通っている。あんまり最近のギャル(死語)は気にしないのだろうか?

 だったら、入る位はしてみるか。そう思っていたら。


「あ、まだ準備中だった」


 入れないんかい。


 ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


 というわけで、やよい商店街のうなぎ屋兼そば屋に行くこととなった。


 郊外型のお店が増えたためか、別府の商店街は活気が低い。


 無いわけではないのだが、閉店してシャッターを降ろしたお店が多いし、開いてる店も元気がない。そんな中で生き生きと生気を放つ和風の店。

 これが目当てのお店らしい。

 店名にはうなぎとしか入ってないんだが…。

「こんにちわー」

 朝美氏が挨拶して入った先には、右にカウンター。左にはテーブル席があるこじんまりとしたそば屋があった。

 年季は感じるものの、店内はきちんと掃除がされており清潔感を感じる。

「とりあえず、そばで」

 生ビールを頼むみたいに言う朝美氏。

「私も蕎麦ひとつ」

 メニューの「うなぎ」がすごいプレッシャーをかけてくるが1300円のランチは少し財布への負担が大きい。

 ワンコイン500円の蕎麦が身分相応というものだろう。


 それに、それほど蕎麦を食べてきた訳ではないが、どこでも蕎麦なんて同じだと思う。

 ツユがうまいか、薄いか。

 歯ごたえがあるか、ないか。

 食通ではないので出されたものに文句は言わないが、値段不相応のものを出されたらグー●ルのレビューに悪口の一つでも書いておくか。

 そんな気持ちでつきあいがてら頼んでみた。

「はい。おまちどうさま」

 でてきたのは麺の色が白い以外ふつうの蕎麦。

 これなら100円のカップめんでも良かったのではないかと思う。


 あーあ、ちょっと贅沢しすぎたな。

 というのが、そのときの偽らざる感想だった。


「いっただっきまーす」

 と上機嫌な朝美氏とは裏腹にこれから成仏する500円玉に思いを馳せ、いただきますをしてから蕎麦をすする。



 うまい。



 蕎麦なのに薫製鶏肉のような味わいが口の中に広がり、肉を食べているかのような満足感が有る。

 これ、麺に焦げの風味を付けているのだろうか?

 薬味もゆずを使っているのだろう。すこし酸っぱいのだがそれが肉っぽい焦げの風味と合っている。

 麺は歯ごたえが丁度良く、堅すぎもせず柔らかすぎもせず。ストレスなく食べられる絶妙な柔らかさである。

 具は最低限しか入ってないのに肉と野菜がバランスよく入っているかのような重厚な下味が口の中で踊っている。


 うまい。


 うん。今まで食べてきた中で一等賞の蕎麦だ。


 そこにあるのは、ほんの少しの工夫である。

 だがそれは、ご家庭ではできないうなぎ屋さんならではの工夫。

 それでただの蕎麦がここまで印象が変わるとは思っていなかった。

 驚きながら朝美氏を見ると

「別府商店街は生存競争が苛烈だからね。一番不景気だった時代を生き延びたお店は、生き延びるだけの理由があるんだよ」

 といたずらっぽく笑った。


 観光業というのは10年周期で波があるらしい。

 タピオカミルクティーやラーメンブームなどの一過性の人気店は5年くらいで撤退するが、この店みたいに10年以上経営が続いている店は、それだけの客の心をつかむ何かがあるのだろう。


 ご飯のおいしい町はそれだけで生活するのが楽しくなってくる。

 どれだけ健康でもご飯は一日3食。食べられる機会は限られるからだ。

 次回の給料日には何を食べようか?

 その楽しみで辛い仕事の悩みも乗り越えられる。そんな気分にさせてくれるのが食の素晴らしさだろう。

 私は寡聞にして、別府と言うと鳥天と冷麺くらいしか知らなかったのだが、その懐の深さを知れた。朝美氏に感謝である。


 なお実際に朝美氏が私に告げたのは

「ズズーっ!別府 ズズーっ!商店街は モグモグ。 生存競争が モグモグ。苛烈だからね。ズズーっ!ズズーっ!一番不景気だったモグ。ズズーっ! 時代をモグモグ。生き延びズズーっ!お店は、ズズーっ! 生き延びるだけの理由があるんだよ!!!モグモグ。」


 だったのだが。聞き苦しいので清書した。


 食べるかしゃべるかどっちかにしてくれたまえ。観光大臣殿。


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


「いやー。美味しかったね」

「うん。あれなら次回は奮発してうな重セット(1300円 半蕎麦付き)を頼んでみたいね」

「宝くじで一万円当たってたら、それでも良かったんだけどねー」

 うん。たしかに、それくらい臨時収入があればそれ位奮発しても良いだろう。

「あ、宝くじ売り場があるから換金してくるね」

 そう言って、売り場に当たりくじを持って並ぶ朝美氏。


 しばらくして、『あわわ…』と擬音がでそうな表情で戻って来ると

「当たってた」

 と言った。

 そりゃ、当たりくじなんだから当然だろう。しかし

「一万円。当たってた」


 宝くじと言うのは末等が下一桁の合致。それ以上になると3桁とか4桁が合致して当選となる。

「…だから5等300円が当たったから、他の等は外れだと思ったら、3等が当たってたの」

 そう言って渡されたくじの辺りには3等 下3ケタ 176番 5等 下1ケタ 6番と書かれていた。


「今から追加分支払って、うな重を食べられないか聞いてこようか…」


 流石にみっともないので止めたが、どうせならうな重とあの蕎麦をセットで食べたかった…


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 別府は新旧さまざまなお店がありますが、ランチで安く食べられるうなぎはここが最高においしかったです。

 なお、老舗というのは家賃収入で売り上げは無視して趣味でやっているお店の場合もあるので、一概に老舗だから素晴らしいとはいえないパターンもあるのでご注意ください。

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