第6話 やる気、出してもらってイイですか?

 ジューデンバイク草原を歩きながら、柳瀬DがAD白崎に疑問をぶつける。


「で、何でポーチにラノベが入ってたんだ?」

「いやぁ。いつだか休憩時間に買ったんですけど、ずっと入れっぱにしてて。今思い出しました」

「どういう内容のやつ? 面白い?」

「反りの合わないアイドル声優二人が一緒にラジオやることになって、ぶつかり合いながらも関係を深めていく、みたいな話です。大賞受賞作ですし、結構面白いですよ」

「ふーん」


 お仕事系のラノベが大賞獲るって意外かも。ちょっと読んでみようかな。

 柳瀬Dが頭の中でそんなことを考えていると、前を歩いていたセリーヌがぴたっと立ち止まった。


「どうしました?」


 問いかけると、セリーヌはその場にしゃがみ込んでぽつりと答える。


「私は疲れた。王都はもうすぐ。柳瀬殿と白崎殿だけで行けるはず」


 柳瀬DとAD白崎は顔を見合わせ、困惑した表情を浮かべる。


「いや、たとえ王都に辿り着けても市場がどこかも分からないですし、とりあえず最後まで案内してもらっても?」

「嫌。もう動きたくない」


 腕を引っ張り、セリーヌを立ち上がらせようとする柳瀬D。

 しかし、意志は固いようでピクリとも動かない。

 するとAD白崎が何か思いついたように口を開いた。


「私は別にここで帰ってもらっても構いませんよ」


 いきなり何を言い出すのか。

 柳瀬Dはセリーヌが帰ってしまわないかヒヤヒヤしたが、その不安はすぐに払拭された。


「でもその代わり、ラノベはお預けです」

「白崎殿。それは勘弁。約束通り、王都まで案内する」


 セリーヌが態度を一変させ、シャキッと立ち上がる。


「白崎、扱い上手いな?」

「私の妹もこんな感じなんで、そのおかげです」


 二人でこそこそと話していると、セリーヌが遠くから呼びかける。


「柳瀬殿、白崎殿。早く行こう」


 いつの間にそんな先まで進んでいたんだ。

 柳瀬Dはカメラを携えながら、必死に後を追った。




 城壁に設けられた門をくぐると、そこは王都モヤサーマの商業地区だった。


「随分と栄えてるな」

「色んなお店屋さんが並んでますね」


 街並みに目を奪われる柳瀬DとAD白崎。


「この辺でも人通りは充分多い。インタビューは可能」


 セリーヌの言う通り、ここでロケをするのもいいかもしれない。だが、早く帰りたいという企みが透けて見えるので、今日はスルーしておく。


「でも、ロニエさんに市場をおすすめされたので、今日はそっちで」

「分かった。仕方がない」


 本音が口から漏れているが、もう突っ込む気もしないので黙って後ろをついていく。

 しばらく歩くと、道の先にひらけた空間が見えた。

 それと同時にセリーヌがこちらを振り返る。


「目的地付近。案内を終了する」


 使えないカーナビか。


「いやいや、最後までお願いしますよ」

「広場に着いたらラノベあげますから」


 柳瀬DとAD白崎が翻意を促すと、セリーヌは大きなため息を吐いて再び前を向いた。


「ラノベの為。ラスト百メートル」


 つまり、今セリーヌは百メートルを面倒に思ったのか。

 柳瀬DとAD白崎は半ば呆れていた。


 広場に着くと、そこは野菜や魚など様々な食材が売られた市場になっていて、大勢の客で賑わっていた。


「これならロケやれそうですね!」


 AD白崎は張り切っている様子だが、始める前に解決すべき問題がある。

 それはお金だ。

 柳瀬DとAD白崎は日本円しか持っていない。これでは市場での買い物代と引き換えに家についていくという企画が成り立たない。


 柳瀬Dは、すっかり仕事を終えた気になっているセリーヌにお願いをする。


「すみませんセリーヌさん。最後にもう一つだけお願いしても?」

「内容と報酬による定期」

「財布に入っているお金を、ここで使える通貨と両替してもらうことって可能ですか?」

「報酬も提示しろ定期」


 こいつ、本当に賢者なのか?

 どこで覚えたのか、ネットスラングを多用するセリーヌ。

 AD白崎はしょうがないなぁといった表情で再びポーチの中を漁り、今度は栞を取り出した。


「なんかのキャンペーンで貰ったアニメキャラの栞なんですけど、これでどうでしょう?」

「アニメキャラ。栞。まあ、今回はそれで手を打つとしよう」


 上から目線が鼻につくが、セリーヌとの交渉が決裂しては元も子もないので今は堪える。


「柳瀬殿、まずはお金を」


 セリーヌは右手を突き出し、早く渡せとばかりに上下に揺らす。

 柳瀬Dは財布から五千円札を出し、それをセリーヌの手のひらに乗せる。


 するとセリーヌは目を閉じ、五千円札をくしゃっと握り潰した。

 数秒後、手の中にあったはずの五千円札が金貨に変わっていた。どうやらこれがテレート王国の通貨のようだ。


「すみません、ありがとうございます」


 軽く頭を下げ、お礼を言う柳瀬D。

 セリーヌはこくりと頷いて口を開く。


「これ以上の要求には応じない。早く報酬を」

「分かってますって。はい、ラノベと栞です」


 AD白崎がそれを手渡すと、セリーヌの表情が少し緩んだ。


「では、私は失礼する。どこでもドア」


 セリーヌの前に、屋敷にあったのと全く同じ扉が出現する。

 扉を開け、大書庫室に戻ろうとするセリーヌ。


「セリーヌさん、色々とありがとうございました。でも、他局のネタは避けて頂けると……」


 柳瀬Dが声を掛ける。

 するとセリーヌは扉の隙間から顔を出し、こう言い返した。


「コンプラばかり気にしていては、面白いテレビは作れない」


 ガチャンと閉められた扉が、一瞬で消えて無くなる。

 変な人だったな。そう思いつつも、最後の言葉からは賢者らしさを感じなくもない柳瀬Dだった。

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