第9話 迎撃、反陽子爆弾

 ラティアは皆の地下シェルターへの避難を急がせ、自身は吹雪く外へ出た。雪に半ば埋もれかけたジェットスライダーから冷たい雪を払い、足を乗せビンディングをセットして伸び上がった。

 闇夜に吹雪は続いている。時折耳元を押さえつけるように風が吹き付けてくる。室内から漏れる灯りで周囲はぼんやり明るみつつも、闇と吹雪く雪で視界は数メートル先も見渡せない。

 こめかみに軽く手を添えると、そこに穴が開き、中から口元へ向かって細長くカーブした金属フレームが伸びる。先端にはフレームフォンマイクがある。

「チェーホフさん、防空システムのシェルター内設営状況は?」

 チェーホフからの応答が直接脳裏に響く。

『完了だ。システムVerは3.020。座標データを送る』

「了解、データ確認。座標補正はこちらで行う」

『了解。健闘を祈る』

 通信を終える。ラティアは鎮まり、吹き荒れる風の音がひときわ強くなっていく。

 来る。ラティアを狙う反陽子爆弾が来る。一発で十万都市が消し飛ぶ爆弾がラティア一人目掛けて襲って来る。吹雪の闇夜に一人立ち、反陽子爆弾の迫る南方上空へ視線を見据える。吹雪く夜空を見上げても、そのままではなにも見えない。なにも状況は分からない。

「ヘキサセルディスプレイ、展開」

 ラティアの視界に、六枚の半透過ディスプレイが現れる。それらは視界の中でラティアを中心に円周上、ラティアの意思に応じ回転スライドする。

 ラティアは人としての思考を人工ニューロンで形成した脳内で行うが、ラティアの頭部には量子プロセッサも搭載されて互いにリンクしている。ヘキサセルディスプレイは量子プロセッサで作られた映像。それらを人工ニューロンが認識する実視野内に投影したものだった。この映像に量子プロセッサが演算出力する各種情報を表示させる。有事において、ラティアは人工ニューロンが感知する知覚センサ情報と同時に、これら六つのディスプレイパネルからの電子機器データ情報とを合わせて駆使する。

 今、一枚のディスプレイにプログラム文字が入力されていく。基地防空システムとラティアの射撃システム間で、リンク構築作業を進めている。流れるように文字がスクロールしていき、リプログラムされる。また別の一枚にはレーダー画面を表示している。レーダーには南から急速に接近する光点を捉えている。視界には見えないが、反陽子爆弾搭載の大陸間弾道弾だ。

 そしてディスプレイを回転スライドさせ、正面へ移した三枚目のディスプレイ上には今、グラフデータが幾つも表示されている。気化爆弾に匹敵するラティア最大の火力、ケルビム・ソフィア。その制御システムを表示、発射シーケンスがスタートしていた。

「リプログラム完了、基地射撃管制システムの同調を確認。大陸間弾道弾到達まであと六十秒」

 量子プロセッサの情報を確認すると、ラティアの両肩からタワー状の構造物がせり出す。プラズマエネルギー導波管にして、ケルビム・ソフィアの発射砲塔だった。

 疑似モノポリウムリアクターの出力が上がり、プラズマエネルギーを砲塔へ充填していく。

 さらに四枚目のディスプレイには、ラティアの視覚機能・センサの変更を選択していく。するとラティアの視界はグレートーンへ一変する。視野を人間の可視光域から赤外線波長域へと切り替えた。

「目視確認……」

 吹雪の空に赤外線領域まで広げたラティアの視界が光点を捉える。

「拡大・五十倍投影……」

 視覚を望遠に切り替えると、噴射口のまばゆいジェットで大陸間弾道弾全体のシルエットが映し出されている。金属光沢をした漆黒の球形状をした弾頭までくっきり見える。その弾頭には都市一つ吹き飛ばす反陽子爆弾がセットされている

 大陸間弾道弾の球形状弾頭表面一点から、赤いレーザー光が照射された。目標の位置計測をする自動レーザー計測だ。一筋の赤いレーザー光は雪原を高速でランダムに走査して、やがて一点に据えた。

 そこは大陸間弾道弾を見上げるラティアの額だった。

 大陸間弾道弾が目標・ラティアをロックオンする。ラティアの額に照射したレーザー光が、カウントダウンの点滅をし始める。ラティアも内心は必死。けれど感情を抑え込み、冷静に、迫る相手へ一撃必殺のときを計る。その間合いを計りつつ、この広い雪原下、吹雪の中で迫る巨大爆弾を前に、やがて自分を確信する表情が、大陸間弾道弾を見上げる氷の微笑へと顕わになっていく。

 ジェットスライダーを緩やかに発進させる。

「ラティア指令、右、十五度転換」

「マスターラティア、了解」

 基地南端の哨戒塔を過ぎたところでジェットスライダーが向きを変える。レーザー光は移動旋回するラティアの額を逃さず追尾してくる。

 ラティアのヘキサセルディスプレイ上で防空システムからのデータ数値がめまぐるしく変動し、それに追従して量子プロセッサが計算、予測弾道と迎撃斜角を計算する。計算された予測弾道と迎撃斜角の相対座標が別のヘキサセルディスプレイ上へプロット表示されていく。

 ラティアの額を照らすレーザーが赤い点滅のサイクルを上げてくる。

 接近する大陸間弾道弾のジェット推進音が、空全体に響いてきた。

「ケルビム・ソフィア、発射準備。最終安全弁解除、内圧限界へ」

 両肩内部に蓄えられたプラズマエネルギーがモノポリウムの超磁場で高圧縮され、その振動音が甲高い音へと変調していく。ヘキサセルディスプレイの相対座標を読み取り、ケルビム・ソフィア発射砲塔が角度調整でわずかに動く。

 大陸間弾道弾が彼方から高速で、目に見えて迫ってくるのがわかる。

「照準合わせ、ヨシ!」

 ジェットスライダーの進行方向左手、高高度から放り込まれるように大陸間弾道弾がラティア目掛けて飛んできた。

 ラティアの眼前、直径七十メートルの巨大反陽子爆弾の弾頭が視野いっぱいに。

「発射!」

 両肩発射砲塔が二つのせん光を放ち、轟音を立ててプラズマエネルギー弾を発射した。

 二つのせん光は上空で赤熱化した大火球を作り出し、そこへ突っ込んだ反陽子爆弾の弾頭が瞬時に焼け飛び、大爆発を起こした。

 上空の爆炎は地上にも達し、ラティアも爆炎に飲み込まれ吹き飛ばされた。

 沸き上がる爆裂は地表の雪を瞬時に蒸発させ、さらには地表を爆風が渦巻き、ベルトーチカ基地全域を覆った。地上施設が破壊され粉々になって吹き飛ばされる。

 空へは赤黒い巨大なキノコ雲が巻き上がり、青白い雷が幾重にも轟き続けた。


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