第14話 禊――ミソギ――

「やけに静かだな」

 清掃員姿のカケルとショーゴが、カートを押してエレベーターを乗り継ぎながら、最上階を目指していた。


 辺りを見渡すと、鉱人こうじんどころか警備員さえ現れない。

 まるで誰もいないみたいだ。

 カケルが帽子を目深まぶかかぶり、足早に廊下を通り過ぎる。


 ……嫌な予感がする。

 慎重に歩みを進めるショーゴがつぶやいた。

「IT会長様はよっぽど腕に自信があるようだな」

 隣を歩くカケルに向けて、上ずった声で毒を吐いた。

 いつも冷静なシナツでさえ、これから起こる神殺しに心を乱される。

「どうでもいいや。ソッコーで片付けてソッコーで帰ろう」

 インカムを叩いて外を見張るミツハに連絡をとるが、なんの動きもないらしい。


 つまり、オレラが


 そんなにイザナギヤツは甘くないんだ。

 きっと全て知っている。

 だって、オレを憎んでいるから。

 父から母を奪ってしまったのが、そもそもの始まりだから。


 カケルは目をつむり、呼吸を整えた。最上階へ続くエレベーターは目の前のこれしかない。上着の裏ポケットから、一族なかまから受け取ったカードを取る。


 これで終わらせる。最後にする。

 全ての兄弟姉妹神ヤオヨロズのかみが、これまで父神イザナギの我が儘に振り回されたが、それも今生で最後にする。


 この世界は壊させはしない。

 オレラの世界はオレラが守る。

 これからも柳と一緒に生きてくために。

 父神自らに殺されたカグツチが今度は父神を殺すんだ。


 細長い隙間にカードを差し込んで、エレベーターのボタンを押すが、パネルはウンともスンとも言わない。

「……どうする?」

 ショーゴが眉根を寄せて、少し緊迫した声を出す。

「クソ……! 何でだよ! このカードじゃねえんかよ!! 」

 小声で悪態をつくカケルの腕を、ショーゴが押さえて落ち着くようにうながす。

「他の道を探そう。非常階段の手もある」


 ヴ……ヴ……ヴ……。


 作業着のズボンポケットにいれていた、スマート・フォンが突然震える。


「……何だよ」

『本当に来たのね』

 カケルの声に答えて、向こうの声が答えた。

『あの里の者に託して正解だったわ』

 落ち着いた声が、画面から流れてくる。

梛木なぎ様も最上階にいらっしゃるの』

 スマホから漏れ出てくるその台詞せりふに、ショーゴがハッとしてカケルを見るが、カケルは一点を見つめたまま、ただ向こうの声を聞く。

『……少し事情が変わったの。それでもくれるなら、そこのロックを解除するわ』

 カケルもハッとして、手の中のカートを見る。

「んだよ。これはダミーかエサかよ」

 へぇっ! と笑い、その場に捨てる。

「早く開けろよ。何でもいいからやってやらぁ」

 そう言ってくうを睨み付け、カケルは電源を落とした。

「カケル、お前……」

 唖然あぜんとして、その少年の横顔を見る。

 扉の中で、低いモーター音が響く。


「わり。ここの鉱人こうじんと繋がってたの、オレ」


 思っても見ない告白に、ショーゴはただ口を開けている。

「ただしオレ、襲撃とはムカンケー。繋がるっつっても一週間前からだし」

「だからか……! 桜を奪還するだけの話だったのに、いつの間にか、父神殺しの話にすり変わっていたのは!!」

 自分の出す大きな声に、肩を震わせ辺りを見る。

 そんなショーゴを横目で見て、カケルはカートに手をかけうつむいた。

「誰もいねーよ。が全部どけてくれたみてー」

 スゥ、と音もなく扉が開く。

 カケルとショーゴは乗り込んだ。


「シホとはミキママの所で1度だけ会ったことがある」

 カケルがカートに帽子を脱ぎ捨て、何か言いたげなショーゴに語る。

「ずっとガキの頃だった。ミツハは覚えて無さげだがな。そんで、何故かオレの番号知ってて、里の野郎がカードを持ってきたのが始まり」

 黙ったままのショーゴを見もせず、カートに背を預けたまま、自分のてのひらを見ていた。

「『桜を殺しに来てくれ』って言われた」

 ショーゴも黙ったまま、小さく息をのむ。


 自分は、あの方には逆らえないから。

 だと。


「最終的には、『梛木なぎ様を殺してくれ』になったけど 」

 その言葉を聞いた驚くショーゴを見て、カケルも小さくうなずいた。


 本妻イザナミに奪われる位なら、

 殺して自分のモノにしたいんだと。





 エレベーターの数字が目的地への到着を伝えている。

 扉が開いた先は、水の流れる音がした。

 カグツチとシナツは刀を構えて、扉をそっと押し開く。



 鉄臭い空気に、二人は顔をしかめた。

 水面にワンピースを来た少女がうつ伏せで浮いていた。

 その背中からは小刀が生えていて、流れる命が滝を紅く染めている。

 窓のそばには、里に残してきたはずの、最も大切なひとりの少女。

 その膝の上には、胸に紫色の小刀が突き立てられている、男が1人。見知っている少女がいとおしそうに頭をいだく。


 自分が知ってる彼女じゃない。

 とても懐かしい雰囲気で。

 ずっと逢いたかった面影だ。

 長い黒髪が辺りに流れて光り輝いていた。

 

「……なんで……柳が!? 」

 カケルの手から刀が堕ちる。

 かろうじて刀のつかを持っているショーゴも、呆然とその場に立ち尽くす。


  ――愛しい、我がつま――


 柔らかな声が、辺りに響く。

 カケル達をみる目が、優しさに光る。

 


  ――私達わたくしたちの愛しい子供達がやって参りましたよ――


 男の頭を撫でながら、彼女はささやく。

 男――あけの神は答えた。

 大量の血を吐きながら。


  ――愛しい、我が女神。私は先に帰るのだが、もう一度、お前を迎えに来よう。何度でも、迎えに来よう――


 明の神は女神の頬を優しく包んだ。

 それを笑って受け入れるイザナミ。

 誰がさくらを殺したのか、あけの神に致命傷を負わせたのか。

 この場で起きた悲劇を目の前に、

 カケルとショーゴは互いに顔を見合わせる。

 

  ――この人を刺したのは、わたくしよ。桜が、……いえ。我が子ヒルコがイザナギにあやめられたのですもの。許せるわけがないわ――


 真っ直ぐに見つめてくるイザナミの瞳は、二人の我が子をとらえていた。

 そして、自分の頬にある夫の手を取り、目を伏せた。


  ――それに、私にイザナギをとられる位ならと、シホこのこが力を貸してくれたの。……イザナギを愛していたのね――


 女神――イザナミの手のひらには、宝石アメシストの欠片が輝いていた。

 ため息と共に、それを大切に握ってイザナミは、あけの神――イザナギに笑いかけた。


  ――私はもう、生まれ変わりません。だから子供達にこれ以上、ひどいことはしないで下さい。この世界はもう、彼らのもの。いいじゃないですか? 完璧でなくとも、わたくしは大切なのです。貴方と同じように――


 ながながい、お別れでしたから、とイザナミはイザナギの白い頬を包みながら答えた。


  ――愛しい、我が夫。わたくしも連れていって下さいな。永遠に、地上から共に去りましょう――


 父神と母神が黄泉比良坂よもつひらさかたもとを分けて以来、寄り添う。


 幸せそうな2人。

 なら、柳はどうなる?

 柳はどこに行ってしまった?

 オレは、守れなかったのか?


 その現実に、カケルは膝から崩れ落ちて、手をついた。


 柳の事を守ると決めていたのに。

 帰ってきたら、ちゃんと気持ちを伝えるはずだったのに。


 ショーゴはそんなカケルを背に庇うように立つが、目の前の始まりの神々を前に、刀を持つ手が震えていた。

 そんなショーゴの顔を見て、イザナミが語りかけてきた。


  ――あなた達には感謝しています。実はわたくしはヒルコに頼み、私の一部を受け継いでもらったのですが、いつからかわたくしを越えてしまい、言うことを聞いてくれなかったので――


 困ったように笑うイザナミは、

 我が儘な子供を思う母だった。


  ――ひとつに戻る勇気をくれた事、決して忘れません。これからは夫と共に見守りましょう。遥か空の彼方から――


 

 ショーゴは思わず手を伸ばしていた。

 カケルも跳ねるように顔をあげて、イザナミの顔を見た。


 ……行ってしまう。常に身近にいた母が。心にぽっかりと穴が空いたような空虚が二人に飛来する。

 そんな思いを抱く子を見つめて、イザナミは願いを告げる。




  ――愛しい、カグツチ。私達をどうぞ燃やして――

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