第3話 交渉成立

 街の大通りを歩いていくと、巨大な噴水のある広場へと出た。ボールを蹴って遊んでいる子供たちや露店を眺めながら向かった先にあるのは、重苦しさを感じる大理石仕立ての施設であった。入り口を見ると、大きな金色の表札には「エイジス騎士団本部」と書かれ、その上には紋章であるコスモスの花と剣が掲げられている。


「さ、入ろう」


 メリッサに連れられて中に入ると、重厚な色の絨毯が敷き詰められたエントランスがクリスを迎えた。一人の女性が作業をしており、メリッサが話しかけると笑顔で彼女に挨拶をする。


「メリッサさん、お疲れさまでした。もしかして彼が…?」

「その通り。といっても、まだやる事があるけどね」


 暫し会話をしている二人を退屈そうに見ていたクリスだったが、ふと壁に掛かっている一枚の絵画に興味を持った。屈強そうな数人の男と、一人の椅子に座った青年が不敵に笑っている。「全ての始まり」という題名が付いていた。


「この騎士団が設立された時の最初のメンバー達よ。真ん中にいるのが、創始者のアルフレッド・ハミルトン。これから会う事になっている」


 後ろから腕を組みながらメリッサが現れると、そうやって絵画の説明をした。


「その前に一通り見学しない?見てから判断するって言ってたわよね」

「ああ」


 そのままメリッサに連れられて最初に案内されたのは中庭にある開けた運動場であった。綺麗に手入れが行き届いている青々とした芝生で覆われたグラウンドでは、兵士達が掛け声とともに訓練に励んでいる。そんな彼らに対して教官たちと共に怒号で叱咤を飛ばす浅黒い肌の男性がいた。


「ペースが落ちているぞ!戦いで殺されるのはな、いつも決まってお前のようなウスノロからだ!囮にされたくないのなら足を前に出し続けろ!それともなんだ、俺に尻を蹴り上げてもらいたいのか?」

「誰が休んで良いと言った?勝手にへばるな!!」


 マラソンを続ける兵士達や芝生の上で腕立て伏せをする兵士達の元へ駆け寄りながらその男性は彼らに大声で怒鳴っていた。


「新兵か?」

「そう。ああやってしごかれて規律や忍耐を学んでいくものよ…デルシン!」


 メリッサは同情するように兵士達を観察しているクリスにフォローを入れつつ男性の名を大声で呼んだ。険しい表情をしていた男性は振り返って彼女を見つけると、豪快な笑みを浮かべながら近づいてくる。


「メリッサ、帰ってきてたか!そして…そっちにいるのが噂の…」

「クリス・ガーランドだ」

「俺の名はデルシン・マクレーン。あんたが”ホグドラムの怪物”…だな?」


 デルシンが言ったホグドラムの怪物とは、かつてクリスが引き起こした戦いに因んだ異名であった。魔術師達が拠点として使っている基地への侵攻が人間側の軍で計画された。しかし、ホグドラム平原付近の森に拠点が存在するという偽の情報を掴まされた軍はそのまま平原へと向かい、五百人規模の大隊がほぼ壊滅させられるという事態を引き起こした。


 辛うじて生き延びた者達は人々にその無惨な光景を語り、それがたった一人の魔術師によって引き起こされた物である事を伝えた。やがてホグドラム平原で目撃された魔術師と酷似した特徴を持つ人物の動きが各地で相次ぐうちに、人々はその魔術師をホグドラムの怪物と呼び、恐れるようになったのである。


「恨んでいるのか?」


 クリスはデルシンに対してそう聞いたが、彼は首を横に振った。


「俺が生まれる前の話だ、恨みようもない。過激派の魔術師達は許せないが…そうでないのなら話は別だ」

「ひとまず他の場所にも行かない?デルシン、また後でね」

「おう!」


 メリッサがデルシンに別れを告げた後に向かったのは座学を受けている兵士達がいる教室であった。入り口の窓からは熱心に授業を聞いている兵士たちがチラリと見えた。その後は射撃場や図書室などといった施設を案内され、最後に連れてこられたのは執務室であった。


「今から会う人がアルフレッド・ハミルトン。この騎士団のトップよ。失礼の無いようにね」

「…分かった」


 二人で確認を取り合ってからメリッサがノックをすると、「入りたまえ」と返事が返って来た。その声を聞いてから扉を開けると、目に入ったのは、非常に清潔な書斎であった。こちらに背を向けた椅子の先では何者かが寛いでいるらしく、煙草の煙が立ち上っている。そしてあちこちに書類や本が綺麗に整頓されて積まれていた。


「団長、お取込み中の所を失礼します。メリッサ・フランクリン、ただいま帰投した。つきましては報告を——」

「明らかに休息をしている様にしか見えない筈であるこの状態を、どうしてお取込み中だと判断したのか、是非とも理由を聞きたいね」

「す、すいません」


 挨拶をするメリッサを遮る様に偏屈な嫌味が聞こえた。たじろぎながら謝罪をする彼女を見たクリスは、苦虫を噛みつぶした様に椅子に座っているであろう人物を睨む。


「冗談だよ、無事に戻ってきてくれて良かった!」


 先程とは打って変わって明るい声が聞こえたかと思うと、椅子が回って一人の初老の男性がこちらへ姿を現した。パイプ煙草を片手に優しげな表情でこちらを見る男性は赤毛で立派な髭を貯えている。


「それが冗談のつもりならさっさとやめた方が良い。不愉快だ」

「気分を悪くしたのなら謝ろう、すまなかった…実を言うと、ここ最近政府の役人やどこぞ企業の重役共と話す機会が多くてね。明日も会合を控えている故、少しばかり演技をしていた所なんだ。喧嘩を売ると面倒な相手だと思わせるために…な」


 そんな事をすれば却って不利になるのではとクリスは少し考えたが、いきなり自分が強気に出るとは思っていなかったらしいメリッサの狼狽える様子もあってか、指摘するのはやめておいた。


「情報をかき集めている間は信じていなかった。怪物とまで言われた魔術師が田舎の片隅に追いやられた上に魔法も使えない体にされてしまうなど、そんな事があるのかと思っていたが…本当だったとはな、ミスター・ガーランド。紹介が遅れたな、私はアルフレッド・ハミルトンだ」

「…呼び捨てで良い」

「そうかね…よろしい。以降お見知りおきを、ガーランド」


 クリスが呼び方を訂正すると、アルフレッドは躊躇い気味ではあるがそれを了承した。


「建物は一通り見て回ったのだろう?是非とも感想を聞かせて欲しい」

「教育の仕方や訓練、設備に至るまで多くの仕事に対処できるようにしているんだと感心したよ。だが気になっているのはあんた達の目的だ。本当に治安の維持をしたいだけなのか?」

「なるほどな…少し長くなるが良いかね?」


 意見を求めたアルフレッドは、クリスからの質問に少し間を置いてそう返した。クリスが構わないと答えると、アルフレッドは立ち上がって窓際へ近づき、外の景色を眺めながら話を始める。


「私にはかつて友がいた…彼は、魔術師だった。親にバレないようにと、私は年上だった彼とこっそり待ち合わせをしては森や川へ遊びに出かけたりしたものだ。今では彼がどこで何をしているかも分からんがね。その後は大学を出てから将校として軍へと入った…だが、そこでは魔術師であるからという理由だけで殺される者達の姿があった。逆もまた然り、戦いとは何の関係もない者達が殺されている光景も幾度となく見てきた。誰かが止めなければならないと悟ったんだ…二つの間に割って入り、取り持つ存在が必要なんだと。だからこそ自警団を作った。魔術師だろうが人間だろうが関係なく、弱者を守り横暴を働くものを倒す。その信念を基に作ったのが、今の騎士団の源流だ」


 黙って聞いていたクリスとメリッサだったが話に一区切りがつくと、不意にクリスが口を開いた。


「彼女は…俺の所に来る際に魔術師に襲われた。ブラザーフッドの様な過激派には、理由はどうあれ騎士団によって仲間や家族を殺された者も少なくないだろう。こういう言い方はしたくないが…騎士団が戦いの火種になっているとも言えるんじゃないのか?」

「否定はしない…だが、ここで我々が武器を捨てれば彼らが諦めるか?違う。何もされないのを良い事に横暴さが加速するだけだ。既に知っているだろうが、ブラザーフッドの手によるものだと考えられる被害が多くの地域から報告されている。穏健派の魔術師がそういった出来事の報復として殺されるという事件もだ…だからこそ、どちらに対しても脅威であり、抑止力になり得る存在が必要だと私は考えている」


 アルフレッドはさっきまでの優し気な雰囲気から一転、真剣な顔でクリスへ向き直る。


「あなたが共に戦ってくれるとあれば、ブラザーフッドや彼らを口実に魔術師を攻撃する者達にとって絶望としか言いようがないはずだ…一方で、平和を望む者達にとっての希望になれる可能性も秘めている。無茶で勝手な頼みである事は分かっているが…頼む、協力をしてほしい」


 そう言うアルフレッドの眼差しから逃げるようにクリスはメリッサを見た。彼女は複雑そうな表情ではあったが「あなたの好きなようにしていい」とだけ言った。クリスにとって魔術師は最早同胞ではない。そのため以前から自分を狙ってきた魔術師達を悉く死に追いやってきた。もし騎士団に入れば尚更恨まれるであろうことは明らかである。だが今更失う物も無く、多くの敵を作っている自分にとってはさほど問題にならないと感じていた。何より彼らがどこまでその信念を貫けるかを見てみたいという変な好奇心も脳裏にあった。


「勘違いするなよ…あくまで弱者を守るというお前達の考えを面白いと思っての事だ。ついでに報酬も。もし気に食わない事があれば、俺はすぐに抜けさせてもらう」

「じゃあ、つまり…」

「…これからよろしく頼む」


 そうして答えを伝えると、アルフレッドとメリッサは安堵した様に口々に感謝を述べ、早速他のメンバー達にこの事を伝えたいと言ってクリスを引っ張りながら執務室の外へと連れ出した。

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