10:危険な男

 翌日、起きた彼はいつもと変わらなかった。

 クレアと一緒に起きて、学校に行って、

 そして帰ってきた。


 クレアは今は夕飯の手伝いをしていた。

 私たちはクレアの部屋でくつろいでいる。


 私はどうしても『あの事』が気になって

 彼に尋ねた。


「……ねぇ?」


(ん?どうした?)


「ブラドと昔、何があったの?」


(……アイツと同じ『天魔八将』なら

 察しくらいは付いているだろ?)


 ブラドは魔族の中でも特異で危険な存在だ。


 元々、長寿で死ににくい吸血鬼だけど

 彼は『死なない』。

 『不死(アンデッド)』は魔族の中でも

 死ににくいだけで実際にはいつかは死ぬ。


 だけどブラドは吸血鬼の弱点であるはずの

 日光を克服し、心臓を破壊されても死なない。


 それに彼はすでに1000年以上生きている。

 1000年以上生きる魔族もいるが、

 吸血鬼の寿命は長くても大体800年程度だ。


 しかも肉体の老化も一切見られない。

 『完全なる不老不死』とも言われている。


 だけどそれは単なる体質だ。

 それ以上に彼が危険だと言われているのは

 その性質。


 相手が魔族であれ、人間であれ、生き物であれ、

 等しく見下して節がある。

 

 彼は退屈すると人を殺す。

 ただ殺すのではなく弄んでから殺す。

 暇潰しにオモチャを扱うように。


 彼を恐れ、憎んでいるのは人間よりむしろ

 魔族の方が多いだろう。


(別にアイツが関わった相手なら珍しくもない話だ。

 お前ら『天魔八将』が俺に

 ちょっかいを出して来るようになってから

 少しした頃だったーー)


10年前の人狼の里ーー


 ある日、人狼の里の住人がひとり消えた。

 村総出で捜索したが痕跡すらも発見されなかった。

 もちろん、俺も捜索に参加した。

 だが俺の鼻を持ってしても発見することは

 出来なかった。


 その日からひとり、ふたりと住人が

 姿を消して行った。

 男が三人、女と赤子が一人づつ。


 失踪者が5人になった夜、

 俺は村の中心でその原因を探った。


 里中の『匂い』を嗅ぎ分けて

 何が起こるのかを確かめた。


 一瞬、嗅いだことのない『匂い』を捉えた。


 俺はその場へ走った。

 大した距離ではなかったのですぐだった。


 村の外れにある洞窟。


 もちろん、捜索した時もここは確認していたが、

 今、紛れもなくここから『匂い』がする。


 先に進むとそこにはいつもはない通路が

 出来ていた。

 おそらくは魔法で隠してあったのだろうが、

 俺を騙すほどの魔法だ。

 この魔法を使ったものがただ者ではないと

 直ぐに気付いた。


 警戒してさらに先に進むと、開けた場所に出た。


 薄暗い部屋、ここは良くない所だ。


 そこには彼らがいた。

 姿を消した彼らだ。

 女も赤子もいた。

 けれど彼らは姿を消した時のままの形を

 してはいなかった。

 一度、身体をバラバラにされて

 デタラメにまた縫い付けられていた。

 それでも彼らはまだ生きていた。


 痛い。苦しい。早く殺してくれ。


 そう言っていた。

 俺は彼らを送った。

 男も、女も、赤子も。


 部屋に漂う血と腐肉の匂いの中にある、

 別の存在の匂いを感じた。


 近くにいる。

 こちらを見ている。


 だから俺は『そいつ』を追った。

 速い。俺は姿を狼に変えた。

 里を出て森をいくつも抜けて、山を越えた。


 そしてようやく追い付いて

 『そいつ』の喉を噛み千切ってやった。


 しかしヤツは死ななかった。


 それからは丸一日ほど戦い続けた。


 何度も何度も殺してやったが、

 それでも死ななかった。


 そして最後には逃げられた。


(アイツと俺の関係なんてその程度だ。

 アイツは駄目だ。アイツは終わっている。

 もうどうにもならん。

 アイツはいつか人間も魔族も滅ぼす。

 ……次に会ったら必ず殺す)


 この人がブラドへあれほどの殺気を放ったのは

 そのせいだったのか。


 そしてブラドもまた自分が殺せない相手を見つけて

 楽しんでいるのだろう。


 この戦いはどちらかが死ぬまで

 終わりを迎えることはないのではないだろうか。


「ブラドは準備をしているって言ってたわね。

 何をしようとしているの?」


(知らん! どうせろくでもないことなのは確かだ。

 ……ただアイツは魔力を隠すことに関しては

 異常なまでに上手い。

 『天魔八将』という地位に居ながら

 何の咎めを受けていないのはそういうことだろ?

 なら気にしても仕方ない。

 後手に回らず得ないのは気に入らないが……)


 彼の言う通りだ。

 限りなく黒なのに証拠は今までひとつも出ていない。

 なのでブラドはこれまで一切の処罰は受けていない。


 今までは単なる『ヤバい奴』という認識でしかなかった。

 でも自分の身の回りで『こと』が起きて、

 ようやくアイツの危険性が理解出来た。


 同じ『天魔八将』として恥ずかしくなる。


(お前が気にしたってしょうがない。

 アイツはアイツ、お前はお前だ。

 いつも通りでいいんだよ)


「でも……。」


 私は『天魔八将』だ。

 私に何か出来ることがあるのではないか?

 彼のために。

 魔族のために。

 ここに住む『人』達のために。


ペロペロ


「~~~~~っ!」


 何! 何かされた!

 また何かされたっ!


(もう気にするな、何かあれば俺も動く。

 今度会った時がヤツの最後だ。だからもう考えるな)


 彼は私が最近知ったいつもの『彼』だった。


(さぁ~てと、そろそろ、夕飯が出来るかなぁ♪

 今日はなんだろな~♪肉!肉!肉肉肉~!)


 ……気を使ってくれたのかな?


 彼に舐められた辺りの感覚が今でも残っている。

 まだ気持ち良いものではない。


 けど動物のコミュニケーションも

 案外悪くないのかもしれないと思えた。

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