03:学校

 目を覚ました。


 ん? ここはどこだ?


 あー、そうだ……。


 俺、飼い犬になったんだった。


 なんだか懐かしい夢を見ていた気がする。


 ここに来てもう10年か……。


 そういえばあのときの男は

 なんであんなことをしたんだっけ?


 あ、思い出した。


 確かソフィアさん(クレアの母)に

 言い寄っていて、邪魔に感じていた

 クレアを森に連れていって

 わざと置き去りにしたんだ。


 ま、そこを俺が助けたんだけどな。


 あの森は狂暴な獣も多い森らしい。


 子供が一人で生き残ることは

 ほとんどないってことだった。


 そんで残されて悲しみに暮れる

 ソフィアさんを落とそうとーー


 ハッ! 浅はかだ。実に浅はか!


 思い出したらムカついて来た!


 今度見かけたら噛み殺そう。


 ソフィアさん、今でも若くて美人だからな……

 言い寄ってくる男も多そうだなぁ。


 あの日から、俺の生活は一変した。


 侵攻してくる魔族や冒険者達人間との、

 殺伐とした戦いと争いの日々から、

 悠々自適……とまではいかないものの

 平和で穏やかな日々を過ごしている。


 俺の今の仕事は、この店とこの家の番犬。


 そして最も大事な仕事ーー


「ただいま! ウル!」


 クレアの顔を見てしっぽを振る。


「ウル~♪」


 クレアに名前を呼ばれてしっぽを振る。


「ウルはフカフカだねぇ」


 クレアに撫でられてしっぽを振る。


 とにかく彼女にしっぽを振ることが

 俺の一番の仕事だ。


 べ、別にクレアに構って貰えて

 嬉しい訳じゃぁ、な、ないんだからね!


 勘違いしないでよね!


 今は本当に幸せだ。


 これが幸せってやつなんだなぁ。


 前世でもこんなに幸せを


 感じたことがあっただろうか?


 いやない!


「んー……? ウルー? もう起きたのー?」


「ワウッ!」

(おはよう、クレア)


「……うん! おはよう、ウル!」


 クレアは俺のことをウルと呼ぶ。


 ウルフだから「ウル」。


 今では彼女も15才。


 実は同い年だった。


 人の姿の俺はもうちょっと上に見えるけど。


 この世界は意外と一般家庭も充実していた。


 学校はちゃんとあるし、

 治安も衛兵が見回りをしているので

 普段はそんなに悪くはない。


 上下水道も完備!


 クレアは今はもう学生だ。


 この世界では8才から7年間学校に通う。

 希望するものは5年に短縮できる。


 家業を継ぐものや職人になる者が短縮することも

 少なくはない。


 全く持って犬で良かった。

 ※狼です。


 今さら学校に通うなんて面倒の極みだ!


 今年でクレアも卒業か、早いものだ。


 クレアも学校に通い始めの最初は

 俺と離れるのは嫌だとだだを捏ねていたっけ……。


 それが今ではーー


「お母さん! いってきます!」


「いってらっしゃい、クレア! それにウルフも!」


 一緒に学校へ通うことになろうとは……。


 なぜこうなった。


 この世界の学校は寛容だった。


 クレアが俺と一緒がいいと泣きわめき、

 ソフィアさんが学校に相談したところ、

 大人しくしているなら連れてきていい!

 となったのだ。


 なので俺も休日以外は毎日学校へ行っている。


 ちなみにリードなどは着けていない。


 俺は大人しくクレアの横を歩いている。


 首輪はつけているが……。


 首輪は最初は抵抗があったが

 ネックレスかチョーカーだと思うようにした。


 首輪という響きがなんだか背徳的な気分がして

 嫌だったのを覚えている。


 何のプレイ?って感じだ。


 それに考えて見てくれ!

 今は犬だが中身は……

 ※狼です。


 いや、考えなくていい。


 最初の頃は『大きな犬』の俺を見て

 驚かれたりもしたが今では皆、

 見慣れた光景になってしまって

 気にする奴もいなくなった。


 そもそもこの辺には狼がいないらしい、

 狼を見たことがない人ばかりだから

 俺も犬としてすんなり受け入れられたのだろう。


「おはよう! マリア!」


「おはよ! クレア! あとウルフ!」


「ワウッ」

(おはよー)


 学校では最初の頃は校舎の外で待っていた。


 だけどいつの間にか校内教室の後ろ方が俺の定位置になっていた。


 しかし学校でのクレアの様子が

 見られるのはありがたい。


 クレアはモテる。


 朗らかで、可憐で、誰にでも優しい。


 肌は白く透き通る様で、

 綺麗なブロンドのゆるふわ女子だ。


 言い寄ってくる男共は数知れない。


 だが!

 あの子に悪い虫が付かないようにするのは

 俺の使命の一つだと考えている!


 そう天命だ!


 俺は言い寄って来た連中を

 ことごとく脅かしてやっていた。


 学校にはバレないように……。


「あー、彼氏欲しー」


 彼女はクレアの親友のマリアだ。


 学校に入ってすぐに友達になった子だ。


「マリア、この間告白されてたでしょ?」


 マリアもモテる。


 まあ、クレアほどではないが。


「あー、あれかー。あれはないかなぁ。

 告白するのに友達連れてくるって、

 女子かよ! って感じじゃない?」


 マリアはなんというか……元気だ。


 髪はショートヘアで

 活発そうな印象を受ける。


 竹を割ったようなハッキリとした性格で、

 男女共に好かれている。


 そして貴族の一人娘だ。


 この世界では貴族から一般民への差別意識もなく、

 一般の学校に貴族が通うのも珍しくはない。


「でも、マリアは本気で彼氏作る気ないでしょ?

 好きな人がいるとか聞いたことないし」


「あら、ばれてたか。欲しいとは思うんだけどねぇ。

 率先して作ろうとは思ってないかなぁ。

 そういうクレアはどうなの?」


「私?」


「クレアは好きな人はいないの?」


 何!クレアの好きな人だと!

 ……詳しく聞こうか。


「私はウルがいるからいいかなぁ」


「ウルって……犬じゃん!今は彼氏の話だよ!」


「うーん……私もまだよくわからないかなぁ」


「そうだっ!彼氏の条件とかないの?

 顔がいいとか、性格がいいとか!」


「そ、そうだなぁ……。

 ウルと仲良くなってくれる人かなぁ?」


 よしっ!なら全ての男は不合格だ。

 ザマーみろぉ!


「えーと、犬以外の条件はないの?」


「あとは……髪はサラサラで」


「おお!いきなり具体的な条件が出て来たねぇ!」


「目付きが鋭くて、体が大きくて……」


 なに!クレアは意外とヤンキーっぽい

 強そうな男に憧れるタイプか!

 こうしちゃいらんねぇ!

 この学校のヤンキー狩りだ!

 学校には内緒で!


「ね、ねぇ……クレア?

 なんでさっきからウルフを見ているの?」


 ーー今日も無事学校が終わった。


 結局、この学校にはヤンキーはいなかった。


 そんな学校があるんだなぁ。


「ウル、帰るよぉ。」


「ワフッ!」

(りょ!)


「あんた達、いつも一緒だねぇ。

 別々になることはないの?」


「うーん、あまりない……かな?」


 そういえばほとんど一緒にいる気がする。


「無いてぇ。あっ!そんなに一緒にいるんなら

 お風呂やトイレは大変だねぇ!」


「そんなことないよ!

 ウルをお風呂に入れるの楽しいし!」


 一瞬、マリアが凍る。


 俺は風呂は嫌いではない!

 犬だけど!

 ※狼です。


「え? 本当に?

 お風呂も一緒? ト、トイレも?」


「トイレも着いて来てもらうかな?」


 一つだけ訂正したい。


 トイレは……扉の前までだ!


「あと寝るときも一緒だね!


 裸で抱いて寝ると凄く気持ちいいだよ!」


「は、裸!……抱いて!

 き、気持ちいい……って」


 なんだかワードだけ聞くと少し卑猥だが

 普通に寝るだけだから。


 ……たまに裸だけど。


 めちゃくちゃ身体中をなで回されるんだよなぁ。


 この姿だとまるで女の子に対して

 『そういう』気持ちにならない。


 これは俺が人狼だからか?


 それともクレアだからかな?


 これが妹のような存在、

 または娘のような存在って感覚なのか?


「でもお母さんに叱られるからたまにだけどね。

 あ、今度マリアもしてみる?

 凄く気持ちいいんだよ!」


「えっ!わ、私もっ!い、一緒に!

 わ、私はその、まだ大丈夫かなぁ……

 私はそのノ、ノーマルだから……」


「ノーマル?」


 マリアはなにか誤解していないか?


 いや、そんな訳ないか!

 だって人と犬だしね!

 ※人と人狼です。


 でも、なんだかマリアのクレアことを

 見る目が変わった気がする。


「ま、まだ間に合う……まだ……

 親友を正しい道に戻してあげないと……。

 い、犬とだなんて……そんなっ……!」


 帰り道、マリアは真剣な面持ちで

 ずっと独り言を繰り返していた。

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