09.影
計画が立っていた亀裂への再調査の日が来た。
俺は前回とほとんど変わらないメンバーとともに再び例の亀裂の前にいた。ヘッドライトのみが照らす暗闇の中で亀裂を確認する。
「見た感じ前とほとんど変わらない。あの生物はいないみたいだ」
『わかった。探査用の水中ドローンを使ってみてくれ』
そういわれて俺は同僚から手渡されたドローンを起動する。その同僚はといえば、潜水艇とドローンをつなぐ電波中継装置を組み立てていた。水中での作業に少し手間取っていたがそれも終わったようだった。
「どうだ?何か映っているか?」
操縦器とモニターはど潜水艇の中にある。俺たちは光が届かない亀裂の中を覗いていた。
『この中は本当に広いようだ。手前の岩の壁は横に広がっていて、奥の壁はおろか海底も見えない』
これ以上は電波が届かない。ドローンは帰還し、水中発破で亀裂を広げ、潜水艇ごと中に行くことが決定した。
『本部の許可も下りた。全員で中に行くぞ』
「了解した。こちらも準備完了だ」
水中発破を設置し大きく離れる。合図を送ると、少し遅れて大きな爆発が起こった。潜水艇が通れるほどの穴が開き、外に出ていたものは潜水艇に戻ることになった。
ゲートをくぐり中に入ると体から水がしたたり落ちていく。潜水服を脱ぎながら奥に向かう。
「全員帰艦したな? それでは中に侵入する」
上司の声とともに潜水艇は少しづつ速度を上げていく。
「亀裂に突入します。あと20メートル」
研究員の女性の声がしてまもなく、小さな窓から見える外の景色が限りなく暗くなった。
ライトが当たる物体がなくなって、こちら側に向く光がほぼゼロになったということだ。
「うお、本当に広いな……」
同僚達と小さい窓を身を寄せあって覗いているが、当然何も見えない。広がっているのはただただ海水が満ちた広大な空間なのだから。
しばらく進んだあと、上司の声が響く。
「ドローンで探索した地点まで到達した。ここからは何があるか未知なため、1度停止して超音波を使い障害物がないか調べる」
首をこちらに寄せた同僚が小声で囁いてきた。
「なあ、超音波の調査っていつだか亀裂の外からやったよな?」
その質問に俺も小声で答える。
「あー、前やった時は亀裂が小さいのとか色々あって結局うやむやになったらしいな」
はー、なるほどなと納得する同僚を尻目に外を眺めていると潜水艇が停止した。超音波が放出されるようだ。
「……ダメです、何も反応無し、音波はどこにも反射していないようです」
「クソっ、どんだけ広いんだここは!」
上司の焦ったような声。正直俺も焦っている。
ここまで広い空間が今まで見つからなかったことを考えると、ここには人類が全く未知の物質、生物、環境が広がっている可能性がある。俺たちの手に負えるものでは無いのかもしれない。
何も無いことが確認されたので、潜水艇は長音を出しながら前進を始めた。エンジンが唸る音が腹に響く。
「これは……また収穫なしのパターンかもな」
同僚がぽつりと呟いた。
「まあ、ここの広さが分からないってことが分かっただろ」
釈然としない顔の同僚。そんな顔するな。俺だってそうさ。
「ち、ちょっと待ってください。反応ありました。距離10km弱」
彼女の声にそこにいた全員が操作パネルを見た。
確かに大きな岩のようなものが写りこんでいる。
「壁…ではないな。巨大な柱か、底面の隆起だろう」
上司は逆に困惑しているようだ。
まあ確かに、ここまで何もなかったのに急に柱だか岩だかが見つかったら不自然ともとれるが。
「ひとまずここに向かう。加速しろ」
パネルに写った影を指でさしながら上司が言う。と同時に少しのGが体を襲う。うぉっと、と同僚がよろけた。気をつけろよ、と体を支えてやる。
ピコッ、ピコッと超音波調査の結果が上書きされていく。定期的な電子音と共に、少しずつ影がパネルの中心に近づいていく。
違和感の正体にはすぐに気づいた。
強ばった口を開く。
「おい、この影、動いてるぞ」
潜水艇が近づいているということだけでは説明できないほど速く。
その何かの影はこちらに近づいていた。
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