元いじめっ子(?)ですが、崖っぷち伯爵家だけは守り抜いてみせます!

逢坂青

はじまり

第1話 死にました

 更木さらき沙羅さら、高1、16歳。



 もっと正しく言うならば、享年16歳。

 どうやら、あたしはさっき死んだみたい。


 何故こんなにも冷静なのか。それはあまりにも唐突であっけなかったからだと思う。

 学校に行く途中、歩道橋で足を踏み外し、首が妙に大きく嫌な音を立てたのは聞こえた。

…そして現在に至る。

 

 気がつくと、まばゆい光の中にいた。どんな音も吸いこんでしまいそうなほど静かで、でも嫌な感じはしない。暖かい何かに包まれているような、穏やかな場所だ。


 ぐるりと辺りを見渡してみるも、周りには人がいないどころか、何も見えない。目がくらみそうになる程遠くまで光の空間は続いているようだった。

 ついでに自分の手元を見てみると、安心したことに体はちゃんとあるようだ。……光る半透明の体をと表現して良いのであれば、だが。先程まで気づかなかったことに驚くくらい、沙羅の体は煌々こうこうと照り光っていた。…いやなんでだ。


 「やっぱり、どう見ても死んでるよねこれ…」

 予想に反し、そんな独り言はコンサートホールのように大きく響いた。体は半透明なのに、振動は感じるので変な感じだ。


 さて、これからどうしたら良いのだろうか。沙羅は十中八九あの事故で死んでいる。それはもう理解できた。だけど、この状況が分からない。

 (待っていたら、お迎え的なのが来るんだろうか…)

 待つべきか、あてが無くともとりあえず歩いてみるべきか。悩んでいたときであった。


 「……ぁ……っ」

 ふと、先程の沙羅の声の反響に混じって、別の声が聞こえた気がした。沙羅よりも随分低い、男の人の声だ。


 反響が良すぎてどこから聞こえてくるのか分かりにくいが、よくよく耳を澄ますと、その声は断続的に聞こえてくる。

 今のところその声以外に事象といえる類のものが一切ないので、とりあえず声の方向を探りながらそちらに向けて歩いてみることにした。



 時間の感覚が定かではないが、大体15分近く歩いただろうか。肉体が無いせいか体力的に疲れたりはしないけど、少々気疲れしてきた。

 訳のわからない発光物になっている位なのだ。飛ぶなり瞬間移動なり出来れば良いものを、そこらへんの物理法則は遵守せねばならないらしい。発光しているくせに。


 だが歩き続けた甲斐あってか、声は着実に大きくなってきている。間違った方に向かっていなかったことだけが救いだ。


 そして声が大きくなるにつれ、気づいたことがある。まだはっきりとは聞こえてこないけれど、この声はどうやらのだ。


 「……ょ…さらぁっ……ら…」

 文脈として意味を為す言葉は聞こえない代わりに、さっきから何度も「さら」という単語は耳に入ってくる。

 その度に、もう動いていないはずの心臓が、何かに締め付けられるような気分になり落ち着かない。


 (あたしを…呼んでいるのかな。…でも誰が?)


 無意識に頭に浮かぶ人を、次々と打ち消していく。ありえない、そんなはずがない。

 悔しいのは、それでもなお思い浮かぶ人の顔。



 「んぶっ!!??」


 よっぽど脳内の攻防戦に熱中してたのか、気がついたら目の前の壁にぶつかっていた。というか壁あったんだこの空間。というか半透明なのにぶつかるんだ、あたし。


 気が付かなかったのも仕方ないと思う。光を吸い込むくらい真っ白な壁だった。地面との境もよく分からない。しかしどうやらここでも物理法則は発動しているようで、壁を撫ぜるとつるりとした感触があった。なんとも中途半端な世界である。



 壁を認識した今でも、気を抜いたら壁の位置が分からなくなりそうな程見えにくいので、壁に触りながら壁伝いに歩くことにした。

 幸いなことに、それは予想してたよりも早く終わりを告げた。壁にぶつかってから恐らく5分もしない内に、初めて壁と私以外の異物を見つけたからだ。



 それは扉だった。


 レバーのところだけ銀色に磨かれているので、最初はレバーが浮いているのかと思ったが違った。

 どうやら、壁の向こうに行けるみたいだ。

 そして恐らく、あの声はこの扉の向こうにいる。確証はないが、確信はある。


 残念ながら扉の前に立っても、先程聞こえたくらいの声しか漏れ聞こえてこない。果たして防音性が高い扉なのか、それとも扉を開けた更に遠くにいるのか。


 沙羅は緊張しながら、ゆっくりと扉を開けた。





開けて、








開けてすぐ、後悔した。

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