第19話 全ては女王陛下の為に


 セシルはフレデリの書斎に行き、向かい合うようにしてソファーに座る。


 するとフレデリカが一度ため息を吐く。

 その表情は何処か困っているようにも見えなくもない。


 フレデリカがこのような顔をするのは珍しい。

 まだセシルには言ってない何かがきっとあるのだろう。


 セシルは自分から口を開いて質問をしてみる。


「その様子から察するに何かあったんですか?」


「ハッキリ言っていいのか?」


 質問に対して質問で返されたセシルは戸惑ってしまった。

 まさかそう来るのか……。

 と言うか、嫌な予感しかしない。


 逃げるなら何も聞いていない今しかないのだがどうするかな……。


「う~ん、でもなぁ……」と言ってフレデリカが腕を組んで考える。


 でも逃げてもフレデリカ相手に最後まで逃げ切れる自信がないのも事実。


 セシルはセシルで聞くべきか聞かないべきかを考える。


「ちなみにセシルは将来結婚したいのか?」


「はい、結婚願望は一応ありますが」


「うん、なら別にいいか。実はな今日の夜アスナ様がお見えになるんだが、女王陛下からその時に私かセシルのどちらかに付き添いをして欲しいと言われているんだが、二人も仕事があるだろうしと言う事で私に一任されたのだが今日の夜は暇か?」


「…………」


 セシルは言葉を失い、つい黙ってしまった。


 暇は暇だがそのような場には絶対に出たくないのが本音。


 なんで自分に結婚相手になって欲しいと言ってくる相手と最近ご機嫌が不安定な女王陛下の相手を自ら喜んで纏めてしなくてはならないのだ。


 そもそもその話しはいつ確定したんだ!? と思わずにはいられなかった。


 可能性としては昨日帰るとき表に待たせている馬車に向かう途中でアリスに伝言を任せてアスナ様がご帰宅されたときか……もしくは…………いやその時しか考えられないな。


「……では本日はお願いしてもいいですか? 今はアスナ様に会いたくないと言うか気まずいと言うか……」


「うん、そうか。なら女王陛下にはセシルはアスナ様一途なので今日は女王陛下のお世話をしたくないと言っていたと言っておくとしよう」


 ニヤニヤしながらフレデリカが言う。


 その表情は他人事だと思ってこの状況を楽しんでいるようにしか見えない。


 それにそんな事をフレデリカがもし仮に冗談でも言えば、女王陛下がしばらく口すら聞いてくれなくなるような気しかしない。


「……冗談ですよね?」


「勿論だ。ただ女王陛下とアスナ様がどう捉えるかは知らないがな」


「……わかりました。私が今晩は出ますので、絶対にその誤解しか招かない冗談は誰にも言わないでください」


「いいのか?」


 勝ち誇った笑みでフレデリカがセシルを見てくる。


 この人……初めから出る気がなかったなとつい思ってしまった。


「えぇ、その笑みを見る限り、出来るだけ私でと裏では言われているのでは?」


「なんだ勘が鋭いじゃないか。本当にそうゆう所はよく気付くな」


 そうゆう所と言われてもいまいちピンと来ないセシル。

 フレデリカは女心には鈍感の癖にと心の中で付け加える。


「まぁ私としてはこの国の制度を使えば、将来女王陛下だけでなくセシルとアスナ様も幸せになれると考えている。私としては女王陛下もだが、セシルお前にも幸せになって欲しいと思っている。ただし、今は制度以前の問題だがな」


 急にレナード国の制度の話しを始めるフレデリカにセシルの頭が置いてけぼりになる。


「えっと急に何のお話しをされているのですか?」


「勘が悪い奴め。少しは自分で考えてみろ」


 さっきは勘が良いと言って褒めてくれたのに今度は勘が悪いと言って怒られるセシル。

 それはあまりにも理不尽だと思ってしまった。


「すみません」


「では勘が悪い罰として今日の晩餐会の準備はセシルに任せていいか?」


「一応確認致しますが拒否権はないんですよね?」


「当然だろ?」


 結果論から言えばフレデリカに朝から使われ、夜の事まで任せられた感しかない。


 もっと言えば昨日の時点でフレデリカの所に女王陛下が来たと聞いた時に、これはもしかしたら何かあると気がつかなかった時点でこうなる運命だったのかもしれない。


 これでは間接的に女王陛下の思い通りに事が運んでおり、フレデリカはセシルではなく女王陛下の味方ではないか。まぁ、主従関係を考えれば当然と言えば当然なのだが。


 最近休みと言う休みがないセシルにとってはイマイチ気が乗らない仕事だった。


 だが決まった事に文句ばかり言っていても仕方がない。


「わかりました。では今から晩餐会の準備をしてきます」


「そうだな。では最後に一つ伝えておくとしよう」


「最後?」


「そうだ。ないと思うが今後カルロス家当主専属の執事が何かをしてきた時は気を付けろ。カルロス家はカルロス・ルーメルを婿に送り、王族になる事を狙っている。女王陛下が好きな人と結婚するにはカルロス家を阻止せねばならない。いいな?」


「わかっております。ちなみにフレデリカは女王陛下の好きな方をご存知なのですか?」


「当然だ。本人から直接聞いたことはないが、私から見たらバレバレだよ、昔からな」


 つまり女王陛下の好きな人は昔から変わっていないと言う事なのだろうか。


 となるとセシルが知らない誰かなのかもしれないとセシルは思った。


『いいなぁ~、一途にそう思われていて』と好きな人に少し嫉妬しながらもフレデリカと女王陛下が知っている共通の人物を探すがこれと言った人はすぐに見つからなかった。


「ちなみに誰なんですか?」


「本気で聞いているのか?」


「はい」


「…………はぁ。なら自分で聞け、多分教えてくれないと思うが」


 それがわかっているからこそ、前から気になっていた好きな人がこの場を通して自然な形で知る事が出来るいい機会だと思ったのだが、中々そうは上手くいかないらしい。


 ため息を吐くフレデリカを見て、何故か複雑な気持ちになってしまった。


 これはセシルが悪いのか? と思うほどに。

 だけど使用人。


 フレデリカのようにしっかりと女王陛下の一つ一つの行動や表情にもっと気を使えていれば恐らくセシルでも気が付く事が出来ていたのかもしれない。


 現にセシルは女王陛下が他の人に対する態度を基本的には見ているが、そこまで大きく変わらないと思っている。


 そう思っている、見えている、時点でフレデリカと同じ目線の高さで物事がまだ見れていないのかもしれない。


 そう考えると自分もまだまだ未熟者なんだなと思わずにはいられなかった。


 ――まぁアリス達と同じくこれからもっと自分も成長していけばいいか


 と前向きに物事を考えるセシル。


 いつかはセバスチャンやフレデリカのように立派な使用人――王家専属執事となるのがセシルの目標である。


 その時、ある事に気が付く。


 そうだ。

 女王陛下の好きな人が知りたいなら、もっと自分が成長すればいいだけの話しじゃないか。


「いえ、いつか私も女王陛下が何も言われずとも色々とお察しできるようになりたいと思います」


「そうか、なら頑張ってみるといい」


 セシルが笑顔で言うと、フレデリカも笑顔を向けてくれた。


 でもやっぱり気になるな……。


 もしかしたら王宮にいる使用人――執事の誰かなのかもしれない。


 あー…………モヤモヤする。


 セシルは中級使用人の中にイケメンが一人いた事を思い出す。基本的にその執事はセバスチャンの右腕として今は働いているのでセシルはあまり面識がない。フレデリカの右腕となるメイドも当然いるし、セシルの右腕となるメイドはアリスである。


 それとも、伯爵家のあの人なのかもしれない。


 最近は向こうが忙しくてお会い出来ていないようだが、とても仲が良い伯爵家の御氏族の方をセシルは知っている。女王陛下からも異性の友達でとても仲良しだと昔聞いた事がある。名前は確か……エトワール・べルート。エトワール家も上流貴族の一人である。


 その時、フレデリカの言いたい事がようやくわかった。


 女王陛下の好きな人はエトワール・べルート様なのだろう。


 そう考えると、納得がいく。


 昔からエトワール様とは仲が良く、セシルが知る限り女王陛下が一番笑顔を向ける男性である。それにいつもお二人の時は楽しそうにしていた。


 あー…………イライラする。


 最近お見かけになられなくなってから、女王陛下が自分の近くに来てくれたように思えていただけに。


 一言で言うなら嫉妬してしまった。


 俺が知らない所で女王陛下はエトワール様に甘えていたのだろうか。


 そう思うと心臓が締め付けられるように痛くなった。


「はい。私も今後はもっとフレデリカのように主の事をよく見ていこうと思います」


「そうか。なら今後の活躍に期待するとしよう」


「ありがとうございます」


 セシルはソファーから立ち上がり、フレデリカに一礼をしてから部屋を出ていく。


 女王陛下とアスナ様に失礼がないように色々と夜の準備を今からしなければならない。


 セシルは早速準備に取り掛かった。


 一人部屋に残ったフレデリカは呟く。


「とりあえず女王陛下のお望通りにはなったが、女王陛下がまさか嫉妬とはな。それ以前にあそこまでヒントを与えて何も気が付かないセシルは絶対に恋には向いてないな、クスクス、アハハハハハ!!!」


 フレデリカの楽しそうな笑い声が部屋に響いた。

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