第14話 誘拐


 セシルが上級使用人になったのは私が女王陛下としてその座についた時だった。


 私達の国では、代々国王、女王陛下となった時に、王城にいる使用人もしくは外部から使用人を一人側に置く事が許されている。基本は護衛や話し相手となる事が多いので同性を選ぶ事が多い。


 お風呂とかでもし倒れた時の事を考えると裸を見られる可能性だってあるし、同性にしかわからない悩み事、特に女の子には生理とかもある。流石に幾ら信用していてもそんな生々しいお話しの相談相手になってくれとは言いずらい。というか言えない。


 生理の時はイライラするし、お腹が痛い! と言っても男性だったら困るだろう。


 後は身体の成長についてもそうだ。


 女性なら胸が膨らんで大きくなるのは当たり前と思っている男性は多いだろうけど、胸が大きくなるときって胸が痛みを覚えるのって正常? と仮に聞いても「はっ?」ってなると思う。


 それだけじゃない、男性は短髪の人が多いけど女性はその逆。

 髪の毛が伸びれば伸びる程手入れをちゃんとしないとすぐに髪が痛んでしまうんだけどそんなお話しをしたらこれも同じく「はっ?」って言う顔をする人が多いと思う。


 そう言った身近な相談相手にもなるからこそ、基本は同性の使用人を選ぶ。


 だけど私はそれをしなかった。


 そう言った事を全て正しく理解しておきながら、当時何とか頑張って中級使用人になったばかりの使用人――セシルを指名して無理やり上級使用人へとした。


 セバスチャンとフレデリカには頭を下げて、何か合った時はセシルをサポートして欲しいとお願いした。最初は二人もまだ早いと反対していたが、私は一歩も引かなかった。


 だって女王陛下になるって事はそれだけ自分の両肩には目に見えないプレッシャーが掛かると知っていたから。そんな時に、すぐに頼れる人間と考えた時、私はセシルしかいないと思った。


 だってセシルは私が初めて素直になれた相手で初恋の相手。


 そしてセシル以上に心を開ける人間は残念ながら近くにいなかった。


 好きな人に支えて貰えるなら頑張れる!


 これからはお互いに今からの立場に慣れていかなければならない中途半端な者同士。


 だからこそ、お互いの苦労がわかり合えると思った。


 そんな私の思いを察してかセバスチャンとフレデリカは最後の最後で首を縦に振ってくれた。


 それから二人はセシルに自分達の全てを教えると言って、上級使用人となったばかりのセシルとは最初の一か月ばかりは半ば強引に離され、その間はフレデリカが私の面倒を見てくれた。


 そして一か月後、成長したセシルは私の前に姿を見せた。


 ちょっと前まで見ていた初々しくてちょっと頼りなさがまだ残る執事は僅か一か月で大きく成長して私の前に姿を見せた。


 その時、セバスチャン、フレデリカ、セシルの三人は目にクマを作っていた。


 全ては私の為に何も言わず頑張ってくれていた。


 そこからのセシルはいつも凄かった。


 私が困っているといつも笑顔でお話しを聞いてくれていつも支えてくれた。


 かと思いきや、セシルはアリスと言う私と同い年の使用人の面倒も裏では見てあげて、同性にしか相談できない事はアリスにと言って一人前のメイドを私の為に派遣してくれた。


 私が不安に思っていた悩みの種をセシルは私の僅かな表情や感情から読み取って一つずつ無くしてくれた。


 だけど恋の悩みだけは鈍感なのか全く対応してくれない。

 それどころかイライラする程増やしてくれる。

 どれだけ私が甘えるの内心めっちゃ恥ずかしいと思っているのよ! と耳元で叫びたくなるぐらいに。

 でも私の心と身体はそれでも喜んでくれているらしく、私がツンツンしようと思っても気が付けばデレデレしている。


 ――本当にムカつく!


 だけど最近はそれがセシルだからこそ、そうなっているのだと感じている。


 だって夜狼になってくれないかなとか内心思ってるちょっとエッチな私がいるから。


 私も女の子。だからこそドキドキさせて欲しいなってやっぱり期待しちゃうの。


 ダメ元で三年間毎日言っていた効果があったのか、最近では添い寝をしてくれるようにまでなった。残念ながら朝起きたらいない。けどそれでも良かった。セシルの温もりを感じながら寝た日はいつも快眠できて、幸せな夢を見れるから。


 最近繋がりで。


 実は少し前からセバスチャンとフレデリカには相談していたんだけど、セシルを二人と同じ王家専属の使用人にするって話し。


 二人はまだ早いと言っていたが、もしセシルを上級使用人では出来ない案件に巻き込むような事があるときはその時はと二人とも言ってくれた。


 セバスチャンとフレデリカは私とセシルには黙っていたみたいだけど、いつそんな日が来てもいいように二人も準備をしている事は薄々気づいていた。


 後はタイミングだけだなと思っていた時、カルロスが豹変した。


 きっと私を誰かに取られると焦ったのだろう。


 カルロスは昔から少し強情と言うか欲張りな所があったから。


 私もそのことには幼い頃から気付いていたから、今まではカルロスに気を使って上手くコントロールしていた。その為、王城には基本カルロスを入れる事を拒んだ。誰かがその事に気が付くとかなり面倒くさい事になりそうだったから。


 だけど、求婚のお話しが増えた時、そのコントロールが効かなくなった。


 私は頭をフル回転してフレデリカを王城から呼ぼうとした。


 同性のフレデリカの方がセバスチャンより呼びやすくて、相談相手になってくれると思ったから。正直ここまで追い込まれると二人の言っていた通りセシルではまだ不安だった。


 だけどそう思った時。


 ある日フレデリカが私に言った言葉が鮮明に蘇って来た。



「セシルが今まで女王陛下のご期待に本当の意味で答えられなかった事がありますか?」



 たった一言。

 だけどその一言を思い出した時、セシルは私の期待に全て今まで答えてくれていた。


 そして決断した。

 王城にいるアリスに頼み、急いでセシルを呼んだ。


 その時、セシルは私の頼みを一人で解決する為、貴族相手に正面から喧嘩を売った。

 身元がバレれればどうなるかはわかっていたはずなのに。

 だから一応念の為にと思い、セシルを王家専属の使用人にした。


 王家専属の使用人となれば、それ即ち女王陛下の代理人とまではいかないがそれに近い立場に身を置いていると言っても過言ではない。中流貴族達では簡単に文句を言えない。


 例えそれが上流貴族でも私の意思を反映させた行動や言葉であれば、簡単には反論できない。なぜなら王家専属使用人は主から直接指示を受ける事が多く、その反論は間接的に王もしくは女王に文句を言っている事とこの国では変わらないからだ。


 そうなったセシルは私から見たら――正体隠す気ないでしょう!


 と言いたくなるぐらいに簡単な仮装と言う名のライオンの被り物と違和感しかない変な言葉遣いで私とカルロスの結婚の話しを強引に引き延ばしてくれた。


 そして今日。

 私はセシルが昔言っていた「いつか一度でいいからサーカスが見たい」と言う願いを叶えてあげたくてサーカスを見たいと言った。


 その為、裏ではアリスに相談してスケジュールを調整した。

 アリスは最近物騒だから考え直して欲しいと言ってきたが私はそれを断った。

 だってこの機会を逃すといつセシルと一緒にサーカスを見に行けるかわからなかったから。


 そして私はサーカスを見にセシルと出かけた。


 初めてサーカスを見たセシルは途中から私の呼びかけにも答えないぐらいに集中して楽しそうな目でずっとサーカスを見ていた。

 それはそれはどちらが使用人なのかと言いたくなるぐらいに私以上に楽しんで一人声を上げ盛り上がっていた。


 そんなセシルを見て、私はつい嬉しくなった。

 でも恥ずかしいから私の我儘って事にして私が見たいって事にしたけど。


 無事サーカスが終わり、セシルの笑顔を見て気が抜けていた私は少しぐらいなら大丈夫だろうと思いセシルに飲み物を買って来てもらう事にした。


 その結果がこれだ。


 これじゃ私セシルに迷惑しかかけてない。

 ただ喜んで欲しかっただけなのに、最後の最後で心配をかけて私バカみたい。

 幸い縄で身体を縛られているだけで、抵抗さえしなければ暴力を加えるつもりはないのだろう。


 私達を誘拐した男の二人が馬車の中で話しをしている。


 内容を聞く限り、私の近くにいた為に巻き込まれた恐怖で声すら出せない令嬢と一緒に私達を高値で売るつもりらしい。これがこいつ等の誘拐の目的。その為、下手に暴力を加えて傷物にしたくないのだろう。


 あぁ……これならセシルの言う通り馬車でくれば良かった。


 そうすればきっとこんな事には……ゴメンね、セシル。


 私の目から涙がこぼれ落ちていく。


「へへっ、チョロいな」


「あぁ、これでしばらくは遊んで暮らせるぜ。この馬車も盗んだ物だ、最後に売れば多少の金にはなるだろう」


「だな、アハハ!」


 男たちは逃げ切ったと確信しているのか笑っている。


 流石の私も今回ばかりは諦めている。


 馬車相手に人間の足で追いつけるはずがないからだ。


 こんなことなら素直にセシルが好きって、あの時しっかりと伝えておけば良かったなと後悔した。


 だけどもうそんな後悔に何の意味もない。


 だってもうセシルには会えないのだから……。


「後十分もすれば港に着く。そうすればこんな国ともおさばらだな」


「あぁ。よし俺達の国に着いたらまずは一杯やろうぜ!」


「勿論だ!」


 その時、馬車が急に速度を上げる。


 まるで何かから逃げるように。


「おい! あぶねぇだろ。急に速度をあげるな!」


 馬車の中から男の一人が御者をしている男に叫ぶ。


「うるせぇ! お前達がバカ言っているからだ!」


「あはは! わかった、わかったって。この女共を闇市場に売る前にお前に好きな方と一発やらせてやるよ!」


「ホントお前はすぐに女と一発やりたがるよな! 一年中発情期なのもいいけど程々にしてくれよ、あはははは!」


 その言葉を聞いた瞬間、思わず身体が身震いした。


 嫌……。止めて……。私……まだ誰ともした事がないのに……。


 こんな男達に私は犯されるの…………。


 そう思うと、悪寒までしてきた。


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