第8話 許婚登場



 王子との結婚騒動そして侵入者の一件から三日後の朝。


 侵入者は先日女王陛下に求婚を申し込んでいた国の男――使用人だとわかった。

 犯人は最初王子が謁見の間の来た時に後ろにいた使用人の一人。


 アリスによればどうやら女王陛下の弱みを握ろうと城内に侵入したがそこを偶然フレデリカに見つかり失敗に終わったのだとか。


 何でも本当は結婚の為に情報を得てから王子がこの国に来るはずだったらしい。


 しかし城内のセキュリティーが固く、手こずっている使用人にイライラした王子が自ら女王陛下に会いに来てしまったらしい。それからも王子からの命令で決闘までには何としても弱みを握ってこいと言われたらしく使用人は城内の警備の隙を見て夜な夜な密かに行動していたとか。


 捕まった使用人は反省している事から、セバスチャンとフレデリカの判断でもう二度とこの国に来ない事を条件に開放をしたと報告を受けた。


 でも本当に暗殺とかじゃなくて良かったとセシルは安堵していた。



 セシルは椅子に腰を降ろし、自室で今日は仕事もないし久しぶりにゆっくりできると思い大きく背伸びをする。女王陛下は一時間前に護衛の使用人達とカルロスの屋敷へと向かい今は城内にいない。カルロスとは女王陛下の許婚となっている人物であり、こうして定期的に女王陛下が会いに行っている。屋敷の場所は馬車で三十分と距離も近い。本当は行く方と来る方が逆なのだが、女王陛下は城内にカルロスを入れたくない理由が個人的にあると聞いている。


 そして部屋の窓から見える街並みを見て今日は快晴で気分も清々しいなと感じていると、扉がノックされた。


 コンコン


「は~い。どうぞ~」


 ガチャ!


「失礼致します、アリスです」


 ゆっくりと扉を開けて、アリスが中に入ってくる。


 たまにはゆっくりアリスとお話しもいいなと思っていると、人の心を読んだように口を開くアリス。


「少しお話しをしたいのですが?」


 アリスは申し訳なさそうな顔をして呟く。


 困ったアリスは何処か可愛いなとつい子供を見る感覚で見てしまった。


「うん、いいよ」


 なんたって今日は休み。


 使用人の面倒を見てあげるのもセシルの立派な役目。


 ここは先輩らしくアリスを助けてあげようじゃないか。


「今お電話で女王陛下から『セシルに今すぐカルロスの屋敷まで来るように伝えて。いい! 今すぐよ!』と伝言を頼まれたのですが……お願いできますか?」


 最早女王陛下の呼び出しという名のラブコールにセシルの平和な休日が早くも終わってしまった。


「一応聞くけど、俺に拒否権は?」


「ないと思います。『もしセシルが渋ったらカルロスにあの日の事を言うから』と言って脅せと女王陛下から伝言を……」


 セシルの頭の中で、緊急非常事態宣言が発令される。


 ――素直に来るか、社会的に抹殺されるか


 つまりこのどちらかを選べと遠まわしに女王陛下は言っているのだと理解した。


「マジで!?」


「……はい。私にはよくわかりませんが何か弱みでも握られているのですか?」


「あれは何かの間違いです」と言ってカルロスが許してくれるとは正直思えない。

 ましてやカルロスは女王陛下と違って短気でどちらかと言うと独占欲が強いのだ。


「最早それは弱みじゃなくて……キョウハクダネ☆」


 アリスは首を傾げている。


 やっぱりアリスは素直でいい子。

 何より時々見せてくれるその困った顔も可愛い……ってそんな呑気な事を言っていられなくなった。


 どうしてこんなことになったのか。


 嫌な予感しかしない。

 

「それでどうされるおつもりですか?」


「行きます!」


 聞こえないはずの女王陛下に元気よく返事をして急いで屋敷へと向かった。




「女王陛下!」




 屋敷に着くとすぐに女王陛下がいる応接室に案内された。


 扉を開けると女王陛下とカルロスが対面になるようにテーブル一つ挟んで座っていた。


 銀色ツンツン頭に長身尚且つ美形のカルロス家次期当主は、偉そうに足を組んでいる。


 対して女王陛下は礼儀正しく座り、用意された紅茶を飲んでいる。


 これ立場が逆転してないか?


「えっと……急いで来いとアリスから伝言を受けて飛んで来たのですが……女王陛下。私は一体何の為に呼ばれたのでしょうか?」


「あら、意外に早かったわね。今日カルロスの屋敷に一晩泊まる事になったからよろしくね。流石にカルロスの使用人に我儘言うのは間違っているかと思って」


 紅茶を飲みながらチラッとセシルを見て呟く女王陛下。


 その時の僅かなアイコンタクトだけで、何か理由があるとわかった。今のは建前で本音は違う所にある。女王陛下の側で働き続けてセシルは時折そう言った瞬間があると過去の経験から学んでいる。


「かしこまりました」


「だから遠慮するなと何度も言っているだろう。わざわざ王城から使用人を呼ばずともここにいる使用人を使っていいと。何故そうやって俺からの提案に対していつも遠慮するんだ。今夜は父上も母上も護衛の使用人共と一緒に出掛けている。そこで今夜は久しぶり二人で一緒に過ごそうと言っているだけではないか?」


「だからよ。二人で過ごすのに女王陛下である私がここにいるって悪い奴らにバレたらカルロスの命だって狙われるかもしれないでしょ。そうなったらカルロスの使用人はカルロスを護るだろうけど、その時私は誰に護ってもらうのよ?」


 カルロスがここで納得したように頷く。


「確かに、それは一理あるか」


「でしょ。それに二人の時間を大切にしたい以上、命の安全つまり信用できる使用人が一人は近くに欲しいの。いつもいる使用人が急に全員いなくなったら流石の私でも不安が邪魔してカルロスとの時間を大切に出来ないわ」


「フムフム。なら最初からそう言ってくれれば良かったじゃないか。まぁそうゆう事なら一人ぐらいはまぁいいだろう」


「でしょ。ありがとう」

 セシルは部屋の片隅で女王陛下とカルロスの会話を聞きながら、どうもカルロスが女王陛下に言いくるめられているようにしか見えなかった。普段は絶対に結婚は嫌と言っている人間が急に二人の時間を大切にしたいと本心から言うとは到底思えなかった。


 これは何か裏があるな、と一人心の中で呟くセシル。


 よく見ていないと気が付かない変化ではあったが少しだけ女王陛下の口角が上がった。


「それでお前はセシルと言ったな?」


「はい」


「悪いが少し席を外してくれないか。俺達は今から将来の段取りについて話す。貴族でもないただの使用人にこの話しが聞かれて変な噂になると正直困るのだ」


「え? 今からするの?」


「当たり前だ。本来であれば俺達は来月結婚する予定だったのだ。それなのにお前は仕事が忙しいと言って延期して欲しいと言った。だが具体的な事は何一つ決まっていない」


「そ、それは……」


「この際だからハッキリ言おう、お前は美しい。そのせいで最近他国の王子から結婚して欲しいとよく言われているな。悪いがこうなった以上、俺とすぐに結婚してもらう。と言うわけだセシルとやら少し席を外せ」


 カルロスの言う通り、選ばれた貴族と王族との結婚話しに使用人の一人でしかないセシルに口を出す権利はない。ここは黙って従う事にする。


「かしこまりました」


 セシルは女王陛下とカルロスに一礼をしてから部屋を出ていく。


 その時にチラッと見えた、女王陛下の不安そうな顔が脳裏に焼き付いた。


 正直不安しかないが、ここは一人で何とかしてもらう事にする。


 立場があればどうしてもその分だけ人の目があり、自分の思うようにならない事も出てくる。だがその度にセシルが助けていても女王陛下は何一つ成長しない。時に辛くても女王陛下の成長を促す事もまた使用人の役目だとセシルは心得ている。


「やれやれ。これは思った以上に面倒な事になりそうですね」


 セシルは屋敷の長い廊下を歩きながら一人呟く。


 セシルを此処に呼んだ理由もこれで何となくわかった。


 女王陛下はカルロスとの進展を恐れているのだと。


 だが本音を突き通してばかりもいられない立場である以上、できる限り時間稼ぎをしたいのだろう。


 廊下のあちらこちらには王城で見るような一目で高級品とわかる装飾品が置いてあった。


 どの時代に置いても力と金が権力に少なからず影響してくるのだなとつい思ってしまった。


「やれやれ。とは言っても今回ばかりは私でもどうする事は出来ませんよ、女王陛下」


 カルロスの年齢は二十二歳。


 なので結婚を急ぐ年齢ではない。


 だがカルロス本人が言っていた通り女王陛下の美貌に沢山の男が魅了されている事もまた事実。


 きっと内心は他の男に取られたくない一心で慌てているのだろう。


 権力が目的なのか、女王陛下を本当に心から愛しての結婚なのか、はたまたその両方なのかセシルにはわからない。だけどやっぱり女王陛下には自ら選んだ相手と幸せになって欲しいとは思っている。


 今の内にと屋敷の中を一通り見ておくことにする。


 何かあった時の脱出経路の確保だ。


 ――屋敷の中を一周してセシルが応接室に戻る。


 コンコン


 軽く扉を叩くと中から返事が聞こえた。


「入れ」


 セシルが中に入ると、表情が暗い女王陛下がいた。


 カルロスは相変わらず偉そうに足を組み、微笑みを浮かべている。

 そのまま扉の近くで静かに見守る。


 やはり一人ではどうにもならなかったか……。


「おぉ、セシルちょうど良いところにきたな」


 このイケメンは何か勘違いをしているのかもしれない。


 セシルは女王陛下の使用人であってカルロスの使用人ではないのだが。


「よく聞け! セシル!」


 わかったから、そんなに大きい声を出さないで。


 なんか見ててイラッとするから。


「俺と遥は来月結婚する事になったぞ!」


 …………え?


 話しが急展開過ぎて全くついていけないセシル。


 何がどうなったら、いきなりそんな事になるのだと。


「……すみませんが、話しが大きすぎてついていけません。とりあえずおめでとうございますと言えば正解なのでしょうか?」


 コイツバカだと思わずにはいられなかった。


 さっき自分で結婚は大事な話しだからとセシルを部屋から追い出しておきながら、今度は何も聞いてもいないのに自分から言ってきたのだ。


 どうせ後から女王陛下から聞く事になるのだから、別にどっちから聞いても内容は同じだと言えば同じなのだが一体何がしたいのかがよくわからない。


「当たり前だ! この国に新しい王が誕生する。そして遥が俺の妻となるのだ」


「女王陛下それは本当ですか?」


「…………うん」


 いつもの元気がある女王陛下ではなかった。


 生きる希望を失ったかのようにか細い声。


 セシルは心の中で大きくため息をつく。


 ――このままではこの国の舵取りにまで影響が出てきそうだった。


 何よりそんな落ち込んだ女王陛下なんて見たくない。


「それで具体的にはいつご結婚されるのですか?」


「来月の末だ。それに合わせて今後はより定期的に会い詳しい段取りを決めていくことになった。それでさっき決まったのだが今夜は遥と夜を共にする」


 とても嬉しいのか次から次へとベラベラと爆弾発言しかしないカルロスについ愛想笑いをしてしまった。


 もうどう反応していいかがわからないのだ。


「……そうですか」


「それになさっきキスをしようとしたら今は恥ずかしいからと言って照れて必死に抵抗して来たのだがその時の初心な遥がとても可愛かったのだ。そして『今は我慢して』その声を聞いた時俺は思った。やはり俺には遥しかいないとな!」


 セシルはどうしても確認しておきたい事を聞いてみる。


「それでキスは夜までお預けと?」


「そうだ」


 よかった、女王陛下はまだキスをしていない。


 でも夜を共にすると言う事は夜の営みをするのだろうか。


 女王陛下の純血が目の前にいる男にとうとう奪われるのかと思うと胸が締め付けられるように痛かった。


 そしてセシルの知っているカルロスとは大分変っていた。


 最後に会った三年前はもっと相手の気持ちを考えてくれる紳士だったのだが。その時は別の使用人が付き添いをしており、セシルが直接話す事は一度もなかった。


 だけど今のカルロスを見るに恋心はどうやら人を変えてしまうのかもしれない。


 歴史上、恋心一つで国が滅びた事もある。

 ――それを考えれば、この変わりようにも納得ができた。

 

「ねぇ、私ちょっと疲れた。少し部屋で休んでいい?」


「そうだな。大事な話しをしたからな。なら俺も一緒に行くとしよう」


「……ゴメン。出来ればセシルとも今後の仕事の話しをしないとだから、セシルと二人きりにしてくれない? 実はまだ明日しないといけない仕事とかも残ってるから」


「……なるほど。まぁそれなら仕方ないか。お前がいつも使っている部屋を使え。ベッドは一つだが、椅子ならある。わかっていると思うがセシル、お前が椅子だぞ!」


「かしこまりました」

(普通に考えてそうだろ!)


 言葉で言っている事と心の中で思っている事が珍しく違ったがセシルは気にせず笑顔で誤魔化して女王陛下と一緒に部屋に行く。

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