お時間ありますか?

樹 亜希 (いつき あき)

疲れちゃった

 三鷹駅前のターミナルの日差しの強かったことったらない。

私はかなり汗をかいていた。タオルハンカチはお気に入りのもので、ホワイトデーに敦からもらったものだが、ハンカチはここにあるが、彼はもう私の心の中にない。

 

 バスを降りたが、関前公園の前に私はまた立っている。

 よく敦とふたりでここを散歩したものだ、癖になってしまいまたこうして……。

 目前を一匹の白と黒となんだかわからないような色の猫が悠然と歩いていく。

 時々普通の猫の半分ほどしかない尻尾を左右に振りながらわざとらしく歩いていき、まるで私を誘っているようだ。


 そんな誘いに乗って敦と付き合ったけれど、彼には妻がいた。指輪をしていないのではじめは知らなかった。結婚して二年しかたたないのに、もう奥さんには飽きたとかいう変な男。大概こういう不倫体質の男はめぼしい女にこういうことばを投げかけて、妻以外の女性を探すのだろうな。特別イケメンというわけでもないのに、私はほんの少し遊んでみようと思い、そのフックに敢えて引っかかってみた。だが社内不倫はめんどうで、疲れる。私は彼の奥さんの美佳さんを少しだけ知っていた。同じ会社の経理で仕事をしていた、彼よりも二歳年上のひと。

 敦が言うには仕事帰りに一度したこま酒を飲んで、前後不覚になったところで気が付いたらホテルにいたと言う。嵌められたんだと、そのまま付き合うこととなり結婚まで持ち込まれたのだと。そんなのは誰でもが昔から使い古されたいいましじゃないか。

 でも、私はその時、訳もなく寂しい気持ちでいたので彼の心地よいことばに乗っかった。常識や良識などどうでもよかった。



 この公園で何度も手をつないで散歩したことも、きっと美佳さんよりも私のほうが多いだなんて笑いながら話す。私はその時はあの女性に勝ったとほんの少しだけうれしかったが、本当に敦のことが好きだったのか、雰囲気に呑まれていただけなのか思い出すこともできない。

 ただ、今はそれも虚しい。

 なのに、なぜ、またこんなところへ来てしまったのだろうか。

 思いで探し?

 過去の自分を壊しに来た?

 私はかなり疲れていた、彼に好かれることばかりに取り憑かれて本当に彼を愛していた気持ちの自分が好きだっただけなのかも。

 公園の中を訳知り顔で歩いていく野良猫についていく私は、公園に来たことが遅い時間だとわかっていた。これ以上ここにいても何もプラスにはならない。マイナスイオンを胸に吸い込むと同時に、思い出を探しに来たのだ。

 春には桜が満開で、小さな滝があってその前でキスをして。冬にはリスがいたりしてどんぐりを探してみたりした。何もかもが、つい先ほどのことのようだ。

 

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