第37話毒マムシの追及

 ボロン冒険者ギルドに強制調査のメスが入る。

 オーナーのマリーが一人で、調査官ヒニリスに対応していた。


「こんな極端な帳簿は見たことがありません。残念ながら、こちらではボロン冒険者ギルドでは『不正な経営』が行われている可能性が高いです」


「えっ……そ、そ、そんな⁉」


「では、『不正な経営』の可能性が高い理由を、指摘していきます」


 ヒニリス調査官はここ最近の帳簿を開いて、マリーに掲示していく。


「まずはこの部分です。『《ヤハギン薬屋》から《究極万能薬エリクサー》の素材』を受注していますが、“翌日”にはいきなり依頼が達成されています。これは明らかにおかしい内容です」


 ヒニリス調査官が最初の指摘してきたのは、オレが受けてきた《究極万能薬エリクサー》の材料の採取について。ライルとエリンに最初の出した採取の依頼だ。


「ご存知かと思いますが、この《究極万能薬エリクサー》の素材は《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を討伐する必要があります。ですが《究極万能薬エリクサー》が生息している一番近い場所の《火炎山脈》までは、どんな腕利きの冒険者でも往復で一週間以上はかかります。これはどう説明されますか、マリーさん?」


「えっ……そ、それは……たまたま凄く足が速い人か、瞬間移動ができるスキル……がある冒険者だったとか? わ、私たちギルドは、顧客のスキルまで調べる権利はないので……」


 言葉を濁しながら、マリーは上手く答える。この対応は午前中にオレが彼女に教えたものだ。


 冒険者ギルド協会の規則にある『冒険者ギルドの職員は登録冒険者のプライベートや個人能力を深く詮索してはいけない』という一文を応用した答えだ。


「ほほう? ということは、この駆け出しの冒険者の『ライルとエリン』の二人組が、その特殊なスキルと力で、いきなり《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》を討伐した、ということですか?」


「えーと、依頼を完遂したのは、たしかにその二人です。ですが、二人の個人的な能力については答えられないです、ギルド的には。申し訳ありません」


「ふむ、そう答えてきましたか。なかなか上手い答えですね。なるほど、たしかに協会の規則では登録者の詮索は禁じられていますから」


 マリーの答えを聞いて、ヒニリス調査官の眼鏡がキラリと光る。公正取引委員会の調査官ともなれば、各ギルド協会の規則にも通じていた。


 マリーに上手くはぐらかされても、ヒニリス調査官の顔にはまだ余裕がある。まるでマリーの答えする想定していたかのようだ。


「では次の質問をします。帳簿によると同じように《寿命延長薬マナ・エーテル》の素材も、《ヤハギン薬屋》に納品しています。専門家であるマリーさんはご存知だと思いますが、《寿命延長薬マナ・エーテル》の素材は南の灼熱草原に巣くう《極楽不死鳥バーニング・フェニックス》です。こちらもたった一日で討伐して、素材をこのギルドに持ってきたのですか?」


 ヒニリス調査官が最初の指摘してきたのは、同じようにオレが受注した《寿命延長薬マナ・エーテル》の材料の採取に付いて。

 こちらは支払金が必要なために、オレが個人的に採取した“簡単な依頼”だ。


「えーと、その依頼を達成した冒険者の人も、たまたま特殊なスキルを持った人なのかもしれません。わ、私たちギルドは顧客のスキルまで調べる権利はないので……」


「ふむ、やはり、そう答えてきましたか。ですが、こちらも明らかに異常な結果です。何故なら《極楽不死鳥バーニング・フェニックス》は不死に近い、不死身の再生能力がある超巨大な魔鳥。Sランク冒険者ですら討伐するには数日間はかかった、という記録があります」


 ヒニリス調査官が指摘してきたのは、《極楽不死鳥バーニング・フェニックス》の強さについて。


「ですが記録によればこの『冒険者ダーク』という者は、たった一人で、しかも一日という短時間で、《極楽不死鳥バーニング・フェニックス》を討伐して帰還しています! こんな規格外の結果は、大陸中のどこの協会にも残っていません! これはどういうことななんですか、マリーさん⁉」


 ヒニリス調査官は少し興奮しながら、帳簿を指摘してきた。

 彼の指摘してきた『冒険者ダーク』という正体は……実はオレだ。


極楽不死鳥バーニング・フェニックス》から素材を手に入れた後に、《ヤハギン薬屋》で換金するために、架空の冒険者名をボロン冒険者ギルドに登録しておいたのだ。


 ちなみに協会の規則では『ギルド職員の冒険者登録』は特に禁じられていない。つまり、なんの違法行為もないことだ。

 ちなみにこのことはオーナーのマリーも知っている。


「えーと、そのダークさんという方は、とても不思議な人で私もよく分からないんです。でも頼もしい方で、依頼はちゃんとこなしてくれるので助かっています。まぁ、でも、あまりにも尋常でない人なので、私も今で混乱してしまいます……はぁ……本当に何者なんでしょうか、あの人は……」


 マリーは説明をしながら、オレの方をチラ見してため息をついていた。

 まるで本当に『ダーク』という冒険者の規格外さに、心の底から呆れているような表情。傍から見ているオレでも分からないほどの、マリーの迫真の演技だ。


「むむ、今度は、そう答えてきました。では私も率直に説明しましょう。実は私が行った事前調査によれば、『ライルとエリン』は一般的な冒険者でした。そんな未熟な彼らに《火炎巨大竜レッド・ドラゴン》の討伐は可能でしょうか? いや、否です!」


 ヒニリス調査官の表情が変わる。マリーの想定外の手強さに、作戦を変えてきた。

 公正取引委員会が独自で行うことが許可されているのだ。


「これは私の推測ですが……その『冒険者ダーク』が全ての黒幕……という可能性が高いです。ですが、これもあくまでも推測。この私にすら尻尾を掴ませない『冒険者ダーク』という者は、いったい何者なのでしょうか……ふっふっふ……」


 ヒニリス調査官の表情が、更に変わる。独り言をつぶやきながら、口元に不敵な笑みを浮かべ始める。

 まるで『手強い好敵手を存在を見つけて歓喜』しているような表情だ。


「あ、あのー、ヒニリス調査官さん、大丈夫ですか?」


「ごほん。失礼しました。では次の質問に移ります。お聞きしたいのは、『冒険者ギルド協会』から受けた、この不自然すぎる公共依頼についてです!」


「あっ……それは……」


 こうして《毒マムシ》ヒニリス調査官の執拗な調査は、最終ラウンドへと移行するのであった。

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