第22話腹の探り合い

 公共依頼の話を聞くために、貧民街スラムにやってきた。

 数人の強面の男たちに連行されながら、オレたちは盗賊ギルドの地下室に降りていく。


「フィ、フィンさん、本当に大丈夫なんでか⁉ なんかヤバそうですよ⁉」


「心配ありません、オーナー。よかったら、ここから先はオレに任せてください」


「お、お任せします! 助けてください、フィンさん!」


 マリー経営者としての場数を踏んでいない。今回の交渉もオレが担当することになった。


「ここだ、入れ」


 盗賊ギルドの案内役に通されたのは、地下室の一室。一応は応接室なのであろうか。粗末な木のテーブルと椅子が置いてある。


 だが地下なので窓はなく、照明の魔道具も古びており、部屋の中はかなり薄暗い。パッと見たところ危険はなさそう。

 オレとマリーは椅子に座らされて、少しだけ待つことにした。


「ガメツンさん。こいつらが協会からの紹介で、“ボロン冒険者ギルド”という連中です」


「ほほう。そうか」


 案内役が呼んできたのは、目つきの鋭い男。状況的にこの男が担当者のガメツンなのであろう。


「ガメツンさんですか? 我々は冒険者ギルド協会から紹介を受けてきました“ボロン冒険者ギルド”の者です。今日は公共依頼の話を聞きに参りました」


 たとえ相手が盗賊ギルドでも、立場的にはこちらが仕事を受ける側。オレは低姿勢で頭を下げて挨拶をする。


「“ボロン冒険者ギルド”だと? 聞いたことがない名だな? 冒険者ギルドランクはいくつだ?」


 ガメツンは向かいの椅子に座りながら、鋭い口調で訊ねてきた。少し神経質そうな男だ。


 地下の応接室にいるのは、こちら側はオレとマリー。

 相手がはガメツンが椅子に座り、三人の男が背後に立っている。


「はい、当ギルドはギルドランクFです」


「はぁー⁉ ランクFだと⁉ 冗談を言っているんじゃねぇぞ⁉」


 ギルドランクを聞いてガメツンは声を荒げる。眉をひそめて、あからさまに嫌そうな顔になる。


「ひっ……」


 オレの隣にいたマリーが、身体をビクンとさせる。こうした怒声が飛び交う交渉の雰囲気に、まだ十五歳の彼女は慣れていないのだ。


「いえ、冗談ではありません。こちらが当ギルドのランク証明書の写し。あと、こちらが冒険者ギルド協会の副理事長の紹介状になります」


 オレは鞄から書類を取り出し、ガメツンの目の前に置く。

 ギルドランク証明書の写しは、常に持ち歩くようにしていた。あと協会からの紹介状は、ここまで移動中にゼノスから受け取った物だ。


「これは……ちっ、あの“鬼戦斧ゼノス”の紹介状か……」


 紹介状を確認して、ガメツンの表情が変わる。舌打ちをしながらも、怒声を上げることはなくなる。

 取り巻きの男たちも“鬼戦斧”の名を聞いて、ザワついていた。


“鬼戦斧”は現役時代のゼノスの二つ名。盗賊ギルド界隈にも知られてたいたのだろう。


「えっ……“鬼戦斧”ってことは、副理事長は、あの伝説のパーティー“血の疾風団”の一員だったんですか⁉」


「ええ、そうですね」


 小声で訊ねてきたマリーと、こっそり会話をする。

“血の疾風団”は有名な冒険者パーティーであり、数々の高難易度の達成した伝説的な六人組だ。

 その中の一人が“鬼戦斧”と呼ばれていた戦士、現役時代の副理事長ゼノス。

 現役時代の彼のことをオレは知らないが、“鬼戦斧”の二つ名は今でも王都では有名なのだ。


「ふん。どうやら紹介状は本物らしいな。だが冒険者ギルドランクFも本当らしいな。そんな低ランクで、ウチからの仕事を受けられると思っているのか⁉」


「はい。問題はありません。当ギルドは“ここ最近”の達成度は100%です。大船に乗ったつもりで依頼してください!」


 半信半疑なガメツンに向かって、オレは自信満々に答える。

 隣でマリーが口をパクパクさせながら『フィ、フィンさん⁉ そんな大見得きって大丈夫なんですか⁉』と、慌てているような気がする。


 だからオレも目で合図しながら『大丈夫です、オーナー。ここ一ヶ月のウチの依頼成功率は間違いなく100%です』と答えておく。


 これは嘘でも方便でもない。

 オレが働く前のボロン冒険者ギルドでは、依頼が一件も出していない。

 つまり直近の一ヶ月間の依頼はライルとエリンの一件のみ。つまり成功率は本当に100%なのだ。


 ちなみに女魔術師エレーナのバリン草の採取は、まだ続行中なのでギルドの経理上はカウントしないのだ。


「直近の100%の成功率だと? たいした自信だな、兄ちゃん? それが嘘だったら、生きては帰れないぞ?」


 冒険者ギルド依頼の成功率は、高くても60%しかない。だからガメツンは静かな声で、でも殺気を込めて睨んできた。


 隣のマリーが『ひっ⁉ 私たち埋められちゃう⁉』と小さく悲鳴をあげて、身体をプルプル震わせている。


「嘘ではありません。それは“賢いガメツンさんたち”なら、当ギルドの依頼達成率を分かっている、と思いますが?」


「……」


 オレの指摘に、相手が急に口を閉じる。

 周囲の部下に視線を向けて、何かを確認していた。盗賊ギルド側は何やらざわつく。


「フィ、フィンさん、どういう意味ですか、今のは?」


「ここは盗賊ギルドの支部の一つ。我々の情報も、相手にとっては手に取るように分かる、という意味です」


 大都市を縄張りとする盗賊ギルドにとって、一番大事なものは“情報”。いたるところスパイや諜報員を潜ませていて、常に最新の情報を集めているのだ。


 そんな彼にとって『弱小冒険者ギルドの直近の達成率』を調べることなど容易い。

 おそらくオレたちが上で名乗った時には、既に他の盗賊ギルドメンバーが裏で調べ始めたのであろう。


 方法は音声通信が可能な魔道具を使い、ボロン冒険者ギルドの情報を調査していたに違いない。

 仕入れたボロン冒険者ギルドの情報は、すぐにこの支部の担当者のガメツンに報告される。


 つまり少し遅れて入ってきたガメツンは、部屋に入ってくる前には、すでにボロン冒険者ギルドの情報を仕入れていたのだ。


 だがガメツンはあえて知らない顔で、こちらのギルドランクを訪ねてきた。

 相手の口から低ランクFであることを言わせて、交渉においてマウントを取ろうとしてきたのだ。


「えっ……この短時間で、ウチの情報を⁉ そんなことが可能なんですか⁉」


「そうですね。彼らが本気を出したら、国王の今日の下着の色すら、知ることが可能でしょう」


「厳重な城の中の、そんな情報まで⁉」


 マリーは信じられない表情で驚いているが、盗賊ギルドの情報収集能力は桁が違う。彼らとって情報こそが、何よりも価値があるのだ。


「なるほど。あの“鬼戦斧ゼノス”が紹介するだけのことはあるな。ボロン冒険者ギルドのフィンか」


 オレの予想は当たっていたようだ。

 まだ名乗っていない『フィン』の名を呼んできたガメツンが、それを物語っていた。


「お褒めの言葉ありがとうございます。たしかに今はギルドランクFですが、将来的には更に上の潜在能力があります。ですから安心して、今回の依頼をお聞かせください!」


 交渉の場において、ある程度ハッタリも必要。自信に満ちた笑顔で、話を勧めることを提案する。


「ああ、そうだな。それじゃ、さっそく本題に入るとするか。実は……」


 どうやら盗賊ギルド幹部のガメツンから、ある程度の信頼を得られたのであろう。

 こうして相手の話を聞くことになった。

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