第17話新しい同僚

 公共依頼を受けられる見込みができ、ギルド職員を増やす必要性がでてきた。

 そんな中、ギルドを訪れてきたのは銀髪の十歳の少年レオン。オーナーであるマリーの実弟だ。


「レオン君をこのギルドの職員として雇いましょう」


「えっ、フィンさん⁉ 何を言っているんですか⁉ レオンはまだ十歳ですよ⁉」


 いきなりの提案にマリーは驚く。

 この王国では十四歳が成人。十歳で簡単な仕事をする者もいる。

 だが荒くれ者な冒険者を相手にするギルドで、十歳の子どもが働いているのは聞いたことがないのだ。


「たしかに一般的ではないです。ですがレオン君は普通の少年ではありません。必ず経営再建の力となる人物です」


 混乱しているマリーに、レオン君の隠れた才能について説明することにした。


「まずレオン君は挨拶がしっかりしています。これはギルド職員としてなによりも大事なことです」


 まだレオンはしっかりとした口調と敬語を使ってきた。

 また身内のマリーを紹介する言葉もちゃんとしている。まだ十歳だというのに、かなりの知識と対応力があるのだ。


「あと、私をひと目見て『フィンという新しい職員』と認識して、挨拶をしてきました。歳上を相手に、普通はできません」


 普通の十歳児は怪しげな成人男性を見て、そこまで的確な挨拶はできない。おそらくマリーから聞いていた新人職員の話を聞いて、記憶しつつイメージもしていたのだろう。しかも、かなり度胸もある。


 冒険者ギルドではあり得ない事件や、規格外の人物のやってくる場合がある。レオンのように高い対応力がないといけないのだ。


「あとレオン君は文上位共通語も読めますよね、オーナー?」


「あっ、はい。よく分かりましたね。弟は小さい頃から読書が趣味なんです」


 先日のライルたちが読めなかったように、上位共通語はかなり難しい。それなのにレオンは全て読み書きをマスターしている。たいしたものだ。


 ちなみに彼が上位共通語を読める、と確信があったのは先ほどのマリーとの会話。

『あれ、仕事の依頼もあったんだね、お姉ちゃん』という言葉から、レオンが上位共通語も読解できることを、オレは見抜いていたのだ。


「以上の数点の理由からレオン君ほどの適材はありません。必ず経営再建の力となる人物です、オーナー」


 説明を終えて二人の答えを待つ。


「そ、それは、たしに、レオンは昔から賢くて、この冒険者ギルドのことも詳しいけど……まだ十歳なんですよ⁉ 乱暴な冒険者が来たら、どうするんですか⁉」


「その辺はオレに任せてください。それを解決できるのなら、問題はありませんか、オーナー?」


「えっ……⁉ そ、それなら私はいいけど。身内であるレオンが助けてくれるのは、嬉しいしわ。でも本人が何と言うか……」


 防犯対策を心配するマリーの説得も成功。あとは本人の意思を確認するだけだ。

 だが、その確認作業は不要かもしれない。


「ほ、本当にボクが、この冒険者ギルドの再建の手伝いを出来るんですか、フィンさん⁉ 是ぜひ手伝わせてください! お爺ちゃんのギルドを……ボクたちの想い出の場所を、絶対に絶やしたくなんです、ボクも!」


 なぜなら話を聞いていたレオンは、ずっと目を輝かせていたから。

 誰よりも強い覚悟と意思で『ボロン冒険者ギルドを再建したい!』と両目に情熱を燃やしていたのだ。


「さて、本人の了承も得られました。よろしいですか、オーナー?」


「ええ、もちろん! これから頼んだわよ、レオン! 一緒に頑張っていこう!」


「こちらこそよろしくお願いします、お姉ちゃん!」


 当人と家族の承認が得られた。

 これでボロン冒険者ギルドに三人目の職員、十歳の少年事務員レオンが加入したことになる。


「でも、レオンと一緒に働くなんて、なんか不思議な感じね。あんた、朝とか大丈夫?」


「その辺は任せてよ。なんだったら、いつも寝坊なお姉ちゃんを、もっと早く起こしてあげるよ!」


「うっ……それは、ちょっとゴメン。低血圧だから朝は弱いのよ、私は……」


「でも、オーナーとして、もう少し規律ある生活をしないと、駄目だよ、お姉ちゃん!」


「は、はい……肝に命じておきます」


 姉弟で話をしているのと聞いていると、なかなかバランスが取れた二人組だ。

 しっかり者で真面目、なおかつ頭が良い弟のレオン。

 姉のマリーは欠点が多いが、何よりも行動力があり経営者としての大物の器がある。


 二人で短所を補い合い、長所を伸ばしていけば、必ず素晴らしいギルドの雰囲気になるだろう。


「それではレオン君は今後、朝十時から夕方四時までの出勤でお願いします」


 家事も行っている彼に、無理なシフトは難しい。朝はゆっくり出勤してもらい、夕方は早めに帰宅してもらう。

 あくまでもオレやマリーがいない間の、留守版係りという役割だ。


「はい、分かりました。よかった早速ですがギルドの仕事を教えてもらっていいですか、フィンさん?」


「はい、もちろん」


 今日は特に外回りする予定はない。レオンに冒険者ギルドの仕事を教えていくことにした。


「まずはき基本の受付ですが……」

「なるほど、分かりました! こうですね」


 教えてみて分かったことだが、レオン君は本当に才能あふれる少年だった。

 オレが教えていく冒険者ギルドの知識を、真綿のようにドンドン吸収していくのだ。


「あと、この帳簿は……」

「分かりました。こっちは、こうでいいですか?」

「はい、そうです。よく気が付きましたね」


 彼は幼い頃からこのギルドを遊び場代わりにしていた。そのためギルド職員の仕事の内容に関して、やけに詳しい。

 姉のマリーも同じだが、レオンは比べ者にならない知識量。その辺のギルド事務員よりも、知識と洞察力があるのだ。


「たいしたものですね、レオン君」


「ありがとうございます、フィンさん。実はお姉ちゃんと一緒に、昔はここで『冒険者ギルドごっご』をしていたんです。お爺ちゃんや他の職員を観察して、真似をしていたんです」


 なるほど。遊びながら学んだのか。

 たしかに子どもの観察眼は、大人よりも優れている、と言われている。

 記憶力が優れているレオンは、ここで数年間の『冒険者ギルドごっご』が実体験となっていたのだ。


(それにしても、冒険者ギルドを遊び場にしていた……か)


 マリーとレオン姉弟の家族は特殊なのかもしれない。

 オレは他人の家庭事情は聞かない主義だが、彼らにとって頼れる大人は祖父だけなのだろう。

 そのためボロン冒険者ギルドの中が遊び場であり、家代わりだったのだろう。


「昔お姉ちゃんは、よく、あの段差で転んでいたんでよ、フィンさん」

「ちょ、ちょっと、レオン⁉ そんなこと、フィンさんに言わないでよ!」

「えっへっへ……ごめんごめん」


 だが複雑な家庭環境を、二人は苦にしている雰囲気はない。むしろ楽しそうに思い出話をしいている。

 数年前までは賑やかだったボロン冒険者ギルドの中で、元気に駆け回る少年少女の姿が目に浮かぶ。


「さて。これで教えることは終わりです。何か分からないことがあったら、その都度教えていきます」


「ありがとうございます、フィンさん。今後もよろしくお願いいたします!」


 レオンへの研修は午前中で終わる。

 かなり複雑なギルド職員の仕事を、彼は短時間でほとんどマスターしてくれた。

 これでオレとマリーが外回りに出ても、安心して留守を任せておける。


「フィンさんが見込んだ通り、レオン凄いわね……でも姉としてプライドが危ういような、でも優秀な弟のことが誇らしいような……複雑な気分ね」


 マリーが複雑な表情をする気分は分かる。身内に才能があり過ぎる者がいると、劣等感に押し潰されそうになるのだ。

 オレにも“少し普通ではない”親代わりの師匠がいるから、その気持ちに共感できるのだ。


「あっ、そういえば、フィンさん。レオンが留守の時は、どうするんですか?」


 実習が終わり、マリーが訊ねてきたのはギルドの防犯に関して。

 いくらレオンが優秀でも、身体はまだ小さな十歳の少年。万が一、強盗や理不尽な冒険者が来た時に、力づくでは対応できないのだ。


「そうでしたね。防犯にはこれを使います」


 自分の鞄に手を入れ、【収納】から目的の品を取り出す。


 シュイーン!


 取り出したのは“一つのお面”。鬼のように角が生えたお面だ。


「不思議な形のお面ですね、フィンさん? どこかの民族品ですか?」


「さすがレオン君。これはオレの故郷の厄除け面です」


 収納から出したのは、オレが育った地方の厄除けのお面。これを置いておけば『心に悪いことを考えている者は、悪事に比例しうた恐怖を感じてしまう』不思議なご利益があるのだ。


 これをプレゼントしてくれた支障は、『恐怖を司る上位魔族の顔の皮』を使っていると言っていた。

 まぁ、オレを怖がらせるための作り話だろう。


「レオン君が留守番の時は、これをギルドに置いておきます。お守りみたいなものです」


 正直なところ、効果があるかどうかは断定できない。


 だが前に試しに使ってみた時は『周辺の盗賊団が壊滅。あと荒くれ冒険者たちが自主的に丸坊主にしてきた』という不思議な現象が何故か起きた。


 あまり当てには出来ないが、厄除け程度にはレオン君のことを守ってくれるだろう。


「うっ……うっ……そのお面を見ていると、なぜか胸が痛くなるんですが、私だけでしょうか……うっ……」


 何故かマリーが少しだけ苦しそうにしていた。

 たぶん生理的にお面のデザインが受け付けないのだろう。可愛そうなので彼女がいる間は、しまっておくことにした。


「これは凄い効果ですね! 本当に何から何までありがとうございます、フィンさん! これからよろしくお願いいたします!」


 新しい仕事仲間のレオンが加入して、ギルドに活気も出てきた。

 これで次なる問題の解決に着手をしていける

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