第6話新たなる問題

 廃業寸前のボロン冒険者ギルドに再就職、経営改革することに。

 手始めの営業活動で、三個の仕事を受注することができた。


 今日の営業活動は午前中で、一旦終了。

 王都の下町にあるボロン冒険者ギルドへと戻る。


「ただいま戻りました、オーナー」


「あっ、フィンさん! どこに行っていたんですか⁉」


 ほおを膨らませて待っていたのは銀髪少女。

 今のボロン冒険者ギルドの経営者マリー。自分が置いていかれた、と勘違いしていたのだ。


「実は営業稼働にいってきて、こんな感じで仕事の受注をしてきました」


「えっ、本当ですか⁉ すごい、しかも三件も!」


《ヤハギン薬店》から受けてきた注文書の数を見て、マリーの表情が変わる。

 ここ数ヶ月、ほとんど依頼受注がなかったボロン冒険者ギルドにとって大快挙だ、と大喜びしていた。


「ねぇ、内容はどんなのですか⁉」


「バリン草の採取と、その他二件の“初心者向けの依頼”です。張り出しの紙は、自分の方で作っておきます」


「あー、バリン草とか、か……やっぱり、なかなか大きい仕事はないのねー。でも、これも経営改革への第一歩! 今までのゼロから、数百ペリカの前進ってところね!」


 バリン草の依頼はギルドにとって、少額の手数料しか入らない仕事。だがマリーは愚痴ることなく、前気にとらえて喜んでいる。


 正直なところ彼女は経験が少なく、頼りない経営者。

 だが、こういったプラス思考な性格は素晴らしい。前職の酷い上司と同僚とは比べ物ならない。

 ボロン冒険者ギルドに就職して良かった、とオレは感慨深くなる。さて、前向きなオーナーためにも、次の作業に移るとする。


「ちなみにオーナー、留守中は冒険者や依頼人は来ましたか?」


「うっ……それを聞くのね。ゼロよ! 誰も来なかったわ! というか、ここ一ヶ月くらい、冒険者は誰も来ていないわよ!」


「なるほど。やはり、どうですか」


 この崖っぷちの状況は、ある程度は予想していた。


 最初に気がついたのは、オレが入ってきた時の、マリーの嬉しそうな態度から。

 あと《ヤハギン薬店》の男性職員の言葉と態度で、店の状況を推測していたのだ。


「ずばり言いますが、オーナー。このままここで待っていても、冒険者は誰もきません」


「えっ……それって、どういうこと⁉ お爺ちゃんの代は、凄く登録冒険者がいたはずなのに⁉ どうして⁉」


「それなら簡単に説明します……」


 状況がつかめず混乱するマリーに、オレは分かりやすく次のように説明していく。


 おそらく先代の経営者ボロンさん……マリーの祖父の長年の頑張りのお蔭で、数年前までは勢いはあったことを。

 この店の規模的に最盛期には、数百人の登録冒険者がいたのだろう。


 だがボロンさんの持病が悪化してからは、なかなかギルドの経営の先頭に立てなかったのだろう。

 経営者の動きが悪くなると、ギルド自体の勢いが下降していく。そこで何割かの冒険者が、他のギルドに移籍していったに違いない。


 更に追い打ちをかけたのは、持病が悪化して、ボロンさんが店を閉めていた期間だ。ほぼすべての冒険者が他に移籍したのだろう。


 今、街頭で調べたら、きっと『ボロン冒険者ギルドは店を、もうとっくに閉めたんだろう?』という噂が、王都には流れているはずだ。


 だから数ヶ月前からマリーがギルドを再開しても、誰も冒険者が訪れなかったのだ。ボロン冒険者ギルドが営業を再開したことを、多くの冒険者たちは知らないのだろう。


 更に追い打ちをかけているのが、このギルドの立地の悪さ。

 ここは冒険者が誰も歩かない、街外れの下町通り。雰囲気的に再開発のあおりを受けて、冒険者の同線から外れてしまったのだろう。


 つまり薬草採取を張り出しても、店でマリーが待っていても、新たな冒険者が登録に訪れる可能性は、ゼロに等しいのだ。


「……というのがオレの推測です。心当たりはありませんか?」


「うっ……たしかに。お爺ちゃん時の登録冒険者は、他に移籍した噂があったかも。あと、この通りも都市開発で行き止まりになっちゃったの……」


 どうやらオレの推測は全て当たっていたらしい。思い当たることばかりで、マリーは顔を真っ青にする。


 きっと『このままギルドを経営しても、昔の登録者は誰も来ない。さらに新規登録者が飛び込みで来る可能性も皆無。まさにゼロからのスタート……いや、マイナスばかりの再スタートなの⁉』と絶望に打ちひしがれているのであろう。


「ど、どうしよう……せっかくフィンさんが仕事を取ってきてくれたのに、このままじゃウチは……」


「大丈夫です、オーナー。登録冒険者がいないのであれば、新規で勧誘すればいいんです」


 既存の登録者に依存せずに、新規登録者を勧誘するのは冒険者ギルド経営の常識。経験が少ないマリーに提案する。


「た、たしかに! あっ、でも、こんな冒険者通りが少ない立地だと……」


「その問題解決の方法も考え済みです。それではオーナーも一緒に来てください」


「えっ、でも、店番は⁉」


「誰も来ないのなら、留守番をしても意味はありません。張り紙をして、二人でいきましょう!」


 ギルドの入り口に鍵をかけて、張り紙に『外出中。夕方には戻ってきます』と書いておく。これで来訪者が来ても、なんとかなるだろう。


 準備を終えて、マリーと一緒に出発。ギルドから一番近い、大通りの広場にやってきた。


「なるほど。予想通り、こっちはかなり冒険者が歩いていますね」


 ここは街の城門から伸びた大通り沿い。そのため多くの冒険者の集団が、ひっきりなしに往来している。

 見た感じ王都の中でも、冒険者の通行量が多い通りだ。


「ん? あそこに冒険者ギルドがあるな。さすがは好立地だな」


 広場の周りには、冒険者ギルドが三件ほどあった。どの店も登録冒険者が多いのだろう。かなり繁盛している雰囲気だ。


「うっ……あそこは、いいですね。ウチもこんな場所にあったらよかったの……」


 勢いのあるギルドの様子を、マリーはうらやましそうに見つめていた。再開発によって人の流れが変わってしまった、自分の店の立地事情を悲しんでいる。


「さて、オーナー。見ているだけは、ウチに新規登録者は来てくれないです。行動を起こしましょう」


「えっ、でも、どうやって?」


「簡単です。ボロン冒険者ギルドの存在を、この広場で宣伝をするんです」


「あっ、なるほどね! ん? でも、待ってください、フィンさん! さすがに他のギルドの前で、冒険者を引き抜きするのはマズイですよ!」


 なにかマリーは叫んでいるが、今はじっくり聞いている暇はない。早くしないと冒険者の通行量が、減ってしまう時間帯になる。


 オレは新規登録者を増やすための第一作戦……“宣伝活動”を行うことにした。


 ――――もちろん“普通”の宣伝活動を、だ。

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