第5話「魔王様の街巡りの真意」

「おおぉー、これが街ー! なんて、輝いているんだー、凄い!」


 「ちょっ、魔王様、大きい声は出さないで下さい。 あと、両手をバンザイしない! 怪しまれますよ。」


 黒ずくめのフードを被って、テンション高めに喜んでいる魔王様に注意をして俺は溜息をついた。 やはり、街に連れて来るのはヤバかったのではないかと。


 いくら魔王様の魔力で作り出されたこの魔法のフードを被っていれば、その魔力によってフードの中の人物を隠す能力があり、この大きな暗黒街フェルミを歩く者達には魔王様とバレることはないとしてもだ。


 俺達は魔王様のお部屋を出た後、魔王城から堂々と抜け出せたのもこのフードがあったからこそ。しかし、一定以上の魔力が高い者には効果がないらしく、お城で側近である3武将や魔力が強い者に出会わなかったのは運がいいだろうといえた。


 「すっごい多くの種族達が歩いているねぇー! こんなに多くの民を見るのは初めてだよ、それに見たことない作りの建物も多いし、お城とは段違いな雰囲気でとっても新鮮だよ」


 この暗黒街フェルミは、暗黒エリアの街の中でも都市部に辺り、多くの者達の往来もあって過密化しているし、何よりも周辺の町や村にはまだ発達していない魔法科学が発達しているからだ。 ビルと呼ばれる高層建物やネオンと呼ばれる電気を使って明るい看板を掲げてアピールするお店が数多く存在する。 街のあちらこちらには機械で作られたという人を乗せる車というもの、それを走る専用の道もあり、その大型版であるバス、電車という物まで存在する。



 「そうですね、魔王城では見れない光景であることは確かですが。 で、魔王様はどのような目的で街に? ただ、街を見たかっただけではないのでしょう??」


 「うん、ぼくはね礼拝堂という場所に行きたいんだ。」


 先程までの高いテンションの時のキラキラした目とは変わり、魔王様の目はどこか寂しそうな目に変化していた。


 「礼拝堂ですか?」


 「うん、ぼくは祈りという儀式を行ってみたいんだ。」


 「祈り、ですか。」


 それ以上は聞かずに、俺は魔王様に「分かりました」とだけお伝えしてから、街の中心街から離れた場所にある、この暗黒街フェルミ唯一の礼拝堂を目指した。



 「はぁはぁ‥‥‥はぁ、つ、着きましたよ、魔王様」



 中心街から離れた静かな地帯にある、この礼拝堂までへの道のりは実に大変だった。街の商店や露店を通る度に、魔王様の我儘が相次いだからだ。アレは何、これ食べたい、あの服欲しい等、特に中心街ではピンクのネオンを掲げている怪しいお店に興味を持ったり、気が付けば見知らぬ者にキャッチされてそのまま怪しいお店に行こうとしたり等、キリがないぐらいに苦労をさせられたのは言うまでもない。



 「これが礼拝堂・・・じゃ、行こうか」


 「ちょ、魔王様、少し休ませて」


 疲れでぶっ倒れそうな俺の言葉を最後まで聞かずに、魔王様は俺の手を取り強引に礼拝堂の中へと入っていく。


 礼拝堂の中に入ると、奥には大きな女神の銅像があり、そこまでの通路の両脇では多くの長椅子、その長椅子に座り数人の獣人や魔導士らしき者が祈りを捧げていた。 そして、通路の終点では神父と思われる亜人種の老人が祈りを捧げながら女神像の前で立っていた。


 「ちょ、魔王様! 今はマズいですよ、お祈りの最中ですから」


 「祈りの最中?」


 「はい、だから、終わるまでは、あそこの長椅子で待ちましょう」


 珍しく俺の言うことを素直に聞いた魔王様は、長椅子へと座り、ずっと目を閉じていた。 神父による祈りの最後の言葉が終わると、神父は後ろ向きの姿勢から向き直した。 すると、礼拝堂にいた数人の者達全員が神父の前へと一列に並び、一人ずつ神父の前で祈りを捧げ終えると礼拝堂から退出していった。


 「もし、そちらの二方は初めてですかな?」


 参列していた者達が全員退出すると、神父は俺達に話しかけてきた。俺は立ち上がり、神父に返答をした。


 「あ、はい。お祈り中に勝手に入り、申し訳ありません。」


 「構いません。して、そちらの不思議な力を放つフードを被られた方が祈りの希望者ですかな?」


 もしかして、この神父には魔王様の魔力が込められたフードの効果が効かないのかと思ったが、もし魔王様の顔が見えているなら、こうも自然な態度はとれていないだろう。


 「そう、ぼくが祈る為に、ここまで来たんだ。 祈りを捧げても構わないかい神父くん?」


 「神父くん? ゴホン、してお主が祈る理由とは?」


 神父の問いに魔王様は5秒程の時間をおいて寂しそうに小声で答えた。


 「亡き母君と父君の為・・・」


 「ふむ。では、女神アルテミスの前で祈りを捧げるとよい」


 そう言うと、魔王様は長椅子から立ち上がり、神父のいる女神像が祭られている場所へとゆっくり歩き出したので、俺もその後に続いた。


 魔王様が神父の目前に来ると、神父は「両手を重ねて、目を瞑り祈りなさい」と指示をした。魔王様は無言で頷くと、神父の言う通りに従い祈りを始めた。 それを見た神父は再び女神像の方向に向き直し、女神への詠唱を開始した。


 俺は3歩程下がったところから、魔王様が祈りを捧げる後ろ姿をただじっと見ていた。 その姿はとてもこの暗黒エリアを支配する魔王とは程遠く、か弱い一人の女の子に俺には見えた。


 魔王様の父君である先代魔王は5年前、母君は俺が魔王城で働く3年前に亡くなったと聞いている。 魔王様には兄弟もいないので、事実上は天涯孤独ともいえる。 また、魔王様は両親にとても可愛がられており、また魔王様自身も両親の事が大好きだったと聞いたことがある。 普段は明るく我儘な方で決して悲しい顔を見せないが、本当は日々寂しかったのかもしれない。


 祈りを捧げている魔王様の後ろ姿をみて、俺はもっとこの方のお力になりたい、そう思った時だった。


 突然、礼拝堂の扉が何者かに壊されたのか、俺の目の前まで扉の破片が大量に落ちてきた。そして、それと同時に何十もの人影が視界に入った。


 「な!?」


 俺は絶句したと同時に思った、何故、こんなところにいるのだと。


 何十もの人影、その正体は紛れもなく人間であった。


 しかし、人間ではあるが、まるで生気を感じない、おぞましい姿と表情であった。


 俺は考える以上に早く咄嗟に言葉が出た。


 「ゾンビ? それも人間の‥‥‥か」

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