第一話「女魔王様の執事」

「いつか・・・私を救ってね」



 その言葉の意味も、誰が言ったのか、誰だったのかも分からないまま、俺は目が覚めた。



 ベッドから起き上がり、部屋のカーテンを開けるが、そこに朝日は差し込むことはなく、外は暗闇に覆われている中で、黒い太陽が満月のような月明りで輝いているだけだ。



 ここは暗黒エリア、人間達が住むエリアとは遠く離れた場所にあり、朝でも太陽を見ることはないし、当然ながら日の明かりを見ることもない。ここは、1年中、暗闇だけが広がっている。




「誰だったのだろう・・・夢に出てきた女性は??」


 俺は執事服に着替え終えると、顔をパンパンと2回叩いて自室から出た。


 本日、最初の仕事をする為に。


 部屋を出て、俺はこの城の長い廊下を目的地に向かってひたすら歩き出した、朝一の仕事をする為に。



 いつもより10分程遅く起きた俺は急ぎ足で15分程歩き、目的の部屋の前へと到着した。



 俺の目の前には、赤い大きな扉があり、扉には「魔王の間」と書かれた刻印が刻まれている。俺は、数回ノックをするも、中からの応答はない。



 いつものことだ。


 「失礼致します!」


 そう声をかけながら、俺は扉を開けて部屋へと入る。


 50畳はあるぐらいの広い部屋には沢山の美しい宝飾品や絵画等が飾られている中で、部屋の真ん中には大きなベッドがあり、その周りを隠すように両側には黒いレースのカーテンで仕切られている。



 「はぁ・・・またか。」



 そう俺はいつも通りの日課のごとくに溜息を吐いてから、一呼吸置いてから、大きく息を吸い込んで「魔王様、おはようございます!」と大きな声で叫んだ。



 突然の大声のせいか、ベッドから突然起き上がった人影が、足を滑らせて転げ落ちると同時にバタンっと床に落ちた衝撃音が部屋中に響いた。



 「あいたたぁ・・・」


 俺はいつもの日課のように、それを見ながら、床に転げ落ちた相手に対してもう一度大きな声で叫ぶ。


 「おはようございます、魔王様!」


 「んん~、もう、起きたよ・・・だから、大声は止めて」


 床に落ちた衝撃で腰を痛めたのか、腰を抑えつつ、その人はゆっくりと立ち上がりながら小声で俺に返事を返した。


 眠たそうな目で俺を見つめる相手、その瞳は蒼く、薄い水色の長い髪、身長170㎝の俺より20㎝は低いであろう小柄な体系、しかしそれに見合わない豊満なバスト、人間と同じ肌色をしながらも、人間には存在しない二本の小さな黒い角と背中に生えている黒い翼を持った、この方こそが俺の仕える主人だ。



 その名も女魔王エリス様である。


 俺の今日最初の仕事は魔王様を叩き起こす、いや、起こすことだ。というか、休日以外はほぼ毎日に渡り俺が行う仕事の1つだ。


 「ぼくは朝が苦手なんだよ、夜型だからね。」


 「朝が苦手なのは、深夜遅くまで暗黒TVの深夜お笑い番組を見てるからじゃないのですか?昨日は遅くまでお酒を飲んで、その前は・・・」


 話の途中に急に眼を逸らしながら、魔王様は「そ、そ、そんなことはないよ・・・ハハハ」と苦しい苦笑いをした後に言葉を続ける。


 「じゃ、ぼくは着替えるからユウ君は部屋から出てね」


 毎朝一人で起きれない魔王様に今日こそは説教の1つでもするつもりだった俺に対し、それを察知してか魔王様は俺の背中を押しながら強引に部屋から俺を退出させた。


「はぁ~」


 部屋から出された俺は扉に寄りかかりながら溜息をつきながら下を向いた。


 「どうしましたか?」


 そんな俺の目の前に、突然とメイド服を着た悪魔族のメイドであるレナさんが現れて不安そうに俺を覗き込んできた。


 「うわっ、ビックリしたぁ!いきなり現れたから心臓止まるかと思ったよ」


 レナさんはこの魔王城のメイドの中の1人で、緑の髪にショートカット姿の可愛くて真面目で仕事が出来る人だ。俺がこの魔王様の執事になる為の研修もレナさんであり、今は俺の方が立場は上でも、俺にとっては先輩なのだ。


 「フフフ、そんなに驚かないで下さいよ。その様子だと、相変わらず魔王様はお寝坊したわけですか?」


 「そうなんですよ、もうこれで二か月連続ですよ!レナさんからも魔王様に何か言ってやって下さいよ」


 終始笑顔を見せながらレナさんは、「そんな魔王様を起こすのもユウ君の仕事ですよ」と言った上で、「そして、魔王様を寝坊させないようにするのもね!」と付け加えた。


 あの魔王様が自力で起きるなんて滅多にないし、そもそも寝坊癖を治すことなんてかなり難易度の高い無理ゲーってやつだよなーって俺は心底感じている。


 「レナさんは、何か魔王様に御用ですか?」


 「はい、突然の業務連絡が入りましたので、それを魔王様にお伝えに来ました。」


 「そうなんですね、じゃ、朝食の準備を手伝いに行ってくるので、魔王様には8時までには食堂に来るようにお伝えして頂けますか?」


 「分かりました、お伝えしときます。」


 そして、ノックをした後にレナさんは魔王様のお部屋へと入っていった。


 「突然の業務連絡ってなんだろ?」


 少し気にはなったが、俺は次の業務をするべく調理場へと向かいその場を後にした。調理場に向かう道中、俺は魔王様の寝起き姿を思いだしては1人気持ち悪くニヤニヤしていた。


 「今日の魔王様も相変わらずに可愛らしい仕草をするし、何よりも美しかったな」


 俺は今の仕事が好きだ。


 俺は1年前に魔王城の側で倒れていた。それ以前に何をしていたかの記憶はなかったが、人としての知識等の記憶だけはあった。行く当てもなく、途方に暮れていた俺を執事として雇ってくれたのが魔王様だった。最初は魔王の執事なんて恐怖でしかなかったけど、魔王様は俺が考えていたような恐ろしい方ではなく、とても純粋な心を持ち、とても綺麗な容姿をして、とても優しい言葉を俺にくれる、俺を救ってくれたどこにでもいるような普通の優しい少女だった。


 この1年、彼女の下で半年間は見習いとして働き、現在は執事として彼女のお世話係をメインにこの城で俺は住み込みの生活をしているが、とても毎日が充実していて幸せだ。


 他の人間達からみれば、魔王の下で働くなんて考えられない頭のおかしい奴と思われるだろうが、それでも俺は魔王様の下でこの先も働きたい、彼女のお役に立ちたいと心に決めている。



 何故ならば、俺は魔王様のことが好きだからだ。

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