第36話気づいたら······?

「ん、おはよぉ凪くん」


能天気だなぁ。俺はこの三十分くらいずっと、もやもやして読書にも集中できなかったってのに。


「おはようございます。七海先輩」


七海先輩はゆっくりとベッドから体を起こし、まだ眠いと言わんばかりに目をこする。

寝癖が立っているのがどこか愛らしく、七海先輩の天然さを助長しているような気がした。

しかし、あらためて見てみると本当に七海先輩の髪って綺麗だなぁ。

透き通るような長い黒髪。手入れを欠かしていない証拠だろう。手入れをしていても長い髪というのは痛むらしいし毛先まであんなにきれいな髪は初めてといっていいほど俺の目に美しく見えた。


「七海先輩の髪ってなんでそんなにきれいなんですか?」

「ん~どうしてかなぁ。お母さんが小さなころから手入れをしてくれてそれが習慣づいてたからかなぁ」


習慣になっているなら納得だ。

七海先輩の性格だと、たまにやり忘れたみたいなことが多々ありそうだしな。

なんて失礼なことを考えていながらも七海先輩が気付くはずもなく、何事もなかったかのように話は進んでいく。


「凪くんも私の髪綺麗だと……思う?」


七海先輩は伏せ目がちに視線を向けてきて、俺の目にはそのきれいな黒の瞳に吸い込まれるようにして、その目に見入ってしまう。


「は、はい……とってもきれいだと思います」

「ありがと。綺麗なんて言ってもらえて私もとっても嬉しいよ」


七海先輩はうつむいてそう呟く。

その表情は見えない。

照れているのだろうか。はたまた、ただ俯いているだけだろうか。

さっきの先輩の声には抑揚もなく平坦にも聞こえた。

なんとなくそこには触れない方がいいような気がして、そのまま話題を移した。


「それじゃあ、本読みますか?」

「うん。そうだね。それがもともとの目的だったし」


そうして、俺たちはまた、各々の世界に没頭していった。



◇◆◇



ページを繰る音がとても心地よい。

空調からする少しの雑音でさえ、紙の音と相まって一つの音楽とさえ思える。

すると、鼻を先から何かにくすぐられているようなこそばゆさを感じた。

まるで長い長い瞬きまばたきを終えるようにして、目を開くと、真上には七海先輩がいた。


「七海······先輩?」

「あ、やっと起きた。おはよ凪くん。よく眠れた?」


起きたってことは俺は寝てたのか。

七海先輩に寝るなと言っておきながら俺は······。


あれ?

ここはベッドの上じゃないよな?

じゃあこの頭にある柔らかい感触はなんだ?

首は動かさずに目だけを動かして自分の状況を確認する。

ここって······。


――七海先輩のももの上!?


「あの、七海先輩?これって······」

「ん?これって?あーうん。凪くんも私が寝ちゃった時に寝やすいようにしてくれたみたいだったから私も何かした方がいいかなって。迷惑だった······かな?」

「迷惑なんてことはないですよ。むしろありがたいくらいです」


ん?俺は何を口走っているんだ?

ありがたい?これは俺が変態って思われるんじゃ?ていうかいつまで俺は七海先輩のももの上で寝ているんだ!?


「あの······凪くん?そろそろ恥ずかしいから起きてもらってもいい?」

「ごっ!ごめんなさい!!」


俺はももから逃げる脱兎のような勢いで体を起こした。

あの感触を思い出しそうになると顔が熱くなってくる。

俺の中の何かを鎮めようと俺は深呼吸をした。


すぅーはぁー。

そして顔を上げると、七海先輩が首を傾げて、こちらを覗くように見てくる。

彼女の黒く綺麗な、瞳に見られていると心を読まれそうな気がして怖くなってくる。


「なん······ですか?」

「ううん。なんか顔赤いなぁって思って。大丈夫?」

「······大丈夫です」


大丈夫じゃないよ。顔から火が吹き出て来そうだよ。どうしてくれるんだよ。恥ずかしいよ。

ただ七海先輩はなんで俺の顔が赤いのかに気づいている様子はなくて、下卑た事を思ってたなんて口が裂けても言えない。


ごめんね、七海先輩。


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