第30話楽しいですか?

「風とそれに乗ってくる潮の匂いがいいね」

「ばか、先輩のばか······」

「ごめんね凪くん······」


俺は完全に恥ずかしくなってしまって、ベンチに座りながらタオルに顔を突っ込んでいた。唯花先輩のばかと唱えながら······。


実はもう恥ずかしさは無くなっているのだが、唯花先輩がアタフタとしている様子が面白くて一分くらいずっとこんな様子を保っている。

とにかく話をずらそうとしているが、話そうとする内容があまりにも薄すぎて上手く便乗も出来ない。

唯花先輩は焦るとポンコツなんだなぁ。

新たな発見を一つ。これからはこれをネタにいじれるぞ。

まあ、そんなにたくさんいじる機会は無いのだが。


「先輩。時間もいいですしそろそろお昼食べに行きましょ」

「えっ!?凪くん?なんでそんなに普通そうに······」


そこで唯花先輩は何かに気がついたような表情をした。


「凪くん······?先輩をからかったね?」


先輩からは目に見えぬ圧力。何歩か俺は後ずさったが運悪く後ろには柵が。その後ろは真っ青な海だ。


「せ、先輩?」

「凪くん。動かないでね?痛くはしないから。一思いにグッとしちゃうだけだから」

「先輩それだめっ!!死んじゃうやつ!!」

「先輩をからかう悪い子にはおしおきが必要だから覚悟してね?」


そこで俺は目を瞑った。

そして頬に痛みが······。あんまりしなかった。

恐る恐る目を開くと、蠱惑的に笑った唯花先輩の顔が。そして俺の左頬に伸びる彼女の右手。頬にあるもちもちとしたすらっと長い指の感触。

先輩は俺の頬を摘んでいた。


「凪くん可愛いね」


あまりにもいたたまれなさすぎるこの状況に俺は唯花先輩の頬を摘み返した。


「むぅ、凪くんセクハラだよ?」

「唯花先輩は頬を摘んだだけで訴える人じゃないって信じてますよ」

「凪くん。それはずるいよ」

「先輩。お腹すきました。早く中華街に戻りましょうよ」

「ねぇ、話しそらさないで?」

「先輩はお腹減ってないんですか?」

「減ってるけど······」

「ならいいですね!早く行きましょ!」


俺は話を無理やり逸らして、中華街にまた足を進めた。


向かっている間、ずっと唯花先輩に説教っぽい事を言われ続けた。少しだけ腹が立ったので、「混んできたので手繋ぎましょう」と言って繋いだら、「ふぇ!?」とか意味わかんない音を出していた。可愛かったです。

あと手汗が出ないようにするので精一杯でした。唯花先輩の手はとってもひんやりとしてて、ちょっとだけ小さくて、女の子っぽかった。




「先輩?何食べます?」

「食べたいものはね、決めてきたんだ!チャーハン食べよ!」

「いいですね!じゃあお店もチャチャっと決めちゃってください」


食べ物に関しては全投げだな......俺。

唯花先輩が優柔不断じゃなくて良かった。

そうじゃなかったらきっと足止まってたよ。




先輩は直ぐにお店を決めて入っていく。

すごい楽だ。唯花先輩がどれだけ楽しみにしてたのかが伺えるな。

俺は先輩を楽しませて上げれてるだろうか。


「先輩。楽しいですか?」

「ん?とっても楽しいよ!また来たいくらい!」


唯花先輩は満面の笑みに加え、これでもかと言うほど明るい声で俺を誘ってくれた。

午後はもっと楽しませてあげれるかな?

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