第14話 囚人たちをフレッシュに労働力にする方法


「仕事は順調か?」

「姉様」


 オウカの登場に、ナナミは子犬のように駆け寄り、腕に抱き着いた。


 やれやれ子供だな、と思っていると、飛行機で嗅いだ匂いが、鼻腔を刺激した。


「硝煙の匂い。オウカ殿、戦闘でありますか?」


 カナの問いかけに、オウカは鷹揚に頷いた。


「うむ。刑務所の囚人共が暴動を起こしてな。無傷で鎮圧するために出向いた」

「無傷で?」


 つい、声を上げてしまう。


 国王派の連中を片っ端から撃ち殺したらしいオウカのことだ。暴動を起こした犯罪者も、全員銃殺にでもするかと思った。


「何を驚いている。囚人たちの多くは貧困から犯罪に手を染めた、いわば暴君の犠牲者だ。できることなら、殺したくはない」

「おぉ、意外に優しい」

「もっとも、次、暴動を起こせば全員射殺すると言っておいたがな」

「返せよ俺の感動」


 俺は脊髄反射でツッコんだ。


 が、そんなものはどこ吹く風だった。


「射殺しなくても済むよう、囚人を管理する刑務官を増やそうと思うのだが、人手は回せるか?」

「オウカ殿、それは無理です。今こちらも、労働力不足について語っていたところです」

「頭の痛い話だな」


 オウカの眉間に、薄い皺が寄った。


 ナナミが腰に手を当て、不機嫌に息を漏らした。


「まったく、人手も食料も足りないのに、働かない囚人たちにタダ飯を食わせないといけないなんて踏んだり蹴ったりなのです」


 頭の中に、異世界転移計画書のとあるページが開いた。


「いや、それだ。囚人たちを働かせよう」

「無理だな」


 オウカが、にべもなく却下してきた。


「囚人を外で働かせるのは不可能だ。奴らを外に出せば逃亡する。逃亡できないよう監視する人員はどうする? 逃亡防止のための拘束具を用意するには予算がかかるし作業効率が落ちてしまう」

「それは簡単です姉様。逃げたら撃つと脅すのです」

「それで済んだら世話ねぇって話だよ」

「ムムッ、じゃあどうするのですかショウタ」

「逃げられないようにするんじゃなくて、連中に、ここから離れたくないと思わせればいい。オウカ、この国の酒事情は?」

「酒は高級品だ。輸入品は高いし、酒造メーカーは上流階級対象に販売している。庶民はあまり飲めないし、飲めても自家製の雑なワインだ。ブドウを潰して放っておけば作れる」

「なら、ビールだな。軍の倉庫から麦が見つかっただろ? その備蓄麦を使ってビールを作る」


 俺の案に、オウカは声を濁らせた。


「正気か? 貴君のおかげで食料不足はある程度改善されたが、まだ十分とは言い難い。なのに麦を食べずに酒を造るというのか?」


 威圧感のある声に、だけど俺は負けずに言う。


「食料はゴボウとワカメでギリ足りている。この程度の麦を配給して食べて終わるより、囚人を労働力として使うほうが優先だ」

「……貴君の言い分は解った。連中はビールを飲んだ事など無いだろう。働けばビールが飲める。それなら奴らは居着くかもしれん。だが、どうやってビールを造る? 酒蔵などの酒造設備はないぞ?」

「それなら安心しろ。ビールはやろうと思えば素人でも造れる。軍事施設なら大勢の食事を扱うからデカイ冷蔵室とかいろいろ設備があるだろ。それをフル稼働させるぞ! 造るビールは二種類、ラガーとエールだ!」


 ナナミ、カナ、オウカの未成年三人組が、同時に首をひねった。



   ◆



 ビールの製造方法はいたって単純だ。

 麦を水に浸す。

 発芽したら乾燥させる。

 細かく砕く。

 温水と混ぜて放置するとでんぷん質が糖分に変わって少し甘みが出る。

 これをろ過したらホップという植物を加えてから煮沸する。

 あとは放置すれば勝手にできる。

 三日で発酵、熟成には二週間。

 このとき、冷蔵設備で温度を低くしておくとスッキリ飲みやすく喉越しを楽しめる【ラガービール】に、常温にしておくとフルーティな香りと深い味わいを楽しめる【エールビール】に成るのだ。



 6月下旬。

 ビールが完成すると、俺、ナナミ、カナ、他、パシク解放軍の女性隊員十数名は、囚人たちに振舞うべく、ビールを刑務所へと運び込んだ。



 館内放送のマイクに向かって、俺は声高らかに語り掛ける。


「あー、マイク、テステス。うんっ。こんばんは囚人諸君! 我々はパシク解放軍。諸君らも知っての通り、我々は悪しき王を打ち倒し、我らがリーダー、オウカが新たに大統領の座に就いた! これより、新政府樹立を祝って、諸君らにビールを配給する。ラガーとエール、一人一杯ずつだ。よく味わって飲むように!」


 途端に、窓の外から歓喜の叫びが聞こえてきた。


 囚人たちは、かなり酒に飢えているらしい。


「よし、囚人たちにビールを配るんだ。みんなの気分が良くなったところで演説をするぞ」

「わかったのです」

「了解」


 ナナミとカナたちが放送室を出て行く。


 しばらくすると、窓の外、囚人たちを閉じ込めている舎房から、盛り上がる声が聞こえてくる。


 ビール二杯じゃ大して酔えないだろうけど、久しぶりの酒、それも生まれて初めて飲むラガービールとエールビールだ。味は無類だろう。


 そして、そろそろ『これじゃ足りない』『もっと飲みたい』そんな風に思い始めた頃だろう。


 そこで、俺は放送を再開した。


「諸君、我々からのプレゼントは喜んでくれただろうか? ビールを初めて飲んだ者も多いだろう。きっと皆、もっとビールを飲みたいと思っていることだろう。そこで朗報だ。明日から、こちらが指定した肉体労働に参加した者には、無条件でビールを一杯プレゼントしようじゃないか!」


 舎房から、歓喜の声が上がった。


「し、か、も! だ! 労働は10人1グループとし、仕事を早く終わらせた上位3グループには、ビールを三杯プレゼントする!」


 舎房から、歓喜の叫びが上がった。拍手まで混じっている。


 これは、異世界転移ラノベからの孫引きだ。


 大元は、歴史上の偉人、豊臣秀吉だ。


 ある日、城壁の修理が一か月経ってもちっとも進まなかった。そこで秀吉は、大工たちを100グループに分けて、早く完成させた順に多くの報酬を払うよう言った。すると、城壁はわずか三日で完成したと言う。


 それに、人間は飴と鞭、どちらがより力を発揮するか実験したところ、失敗したらペナルティよりも、成功したらボーナスのほうが力を発揮したらしい。


 それに、失敗したらペナルティじゃ、みんなもストレスだ。


 新政権の信頼性を上げるためにも、ここは太っ腹なところを見せたい。


 物音に振り返ると、ナナミが戻ってきていた。


「ショウタ、なんだかノリノリですね」

「当たり前だろ。これには俺の日本帰りがかかっているんだからな!」

「あ~、だからビール造り頑張っていたんですね……」


 ナナミが平坦な声を漏らした。


 俺の目標は、オウカのご機嫌を取って、日本に帰してもらうことだ。


 けれど、俺の推し進める計画が成功するには、まだまだ時間がかかる。


 でも、囚人たちを上手く使って、労働力問題と囚人の管理問題を同時に解決すれば、きっとオウカも機嫌を良くしてくれるだろう。

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