第12話 24時間経ったアレ


 網にひっかかり、食えないから海に捨てるつもりだったというワカメ、タコ、ナマコを刻んで塩茹でにして、ウニは叩き割ってから中の身を直接スプーンですくって食べた。


 日本で舌が肥えているので、塩茹でのワカメ、タコ、ナマコはまぁまぁ、でも、ウニは日本でも食べたことが無いほど絶品だった。


 海の旨味が凝縮されだけどさっぱりしていて舌触りはクリーミー。なによりも、スーパーで売っているウニとは新鮮さが違う。


 ——ヤバイ、今まで食べてきたものの中で一番うまいかもしれない!


 つい、みんなに食べさせるのが惜しくなる程の美味さだった。


 漁師たちの集会所前に出したテーブルの上に塩茹で料理を広げながら、包丁でウニを次々断ち割っていく。


「ほらほらどんどん食え、日本じゃウニは高級食材だぞ」


 邪念を払いつつ、みんなにウニを薦める。


 すると、みんなウニの美味さに感動しながら、塩茹でのワカメ、タコ、ナマコも気に入ってくれた。


「うまいーうまいーうますぎるぅ!」

「ウニってこんなおいしかったのかぁ!」


 最初に会った漁師の男性が、俺の首に腕を回して、強引に抱き寄せてきた。


「ありがとうな兄ちゃん。これでまた稼げるぜ」


 歯を見せて豪快に笑う様に、俺は腹の底でニヤリと笑い、態度を合わせた。

こちらも肩を組んで、荒っぽくしゃべる。


「それは良かった。ところで感謝してくれるなら、もう一口儲け話を聞かないか? ワカメと一緒にタマハハキモクも一緒に獲ってくれ。そっちは食えないけど肥料には使えるんだ。お前らがとってくれた分だけ畑が潤って食料が増える」

「農村の連中に売れるのか?」

「のちのちな。俺はお前らの味方だ。そのために協力させてくれ」


 貴方の味方ですよと言って警戒心を解いてから、俺は舌を回した。


「お前らがタマハハキモクを取る。俺がそれを農村に配って肥料にする。作物の出来がよければ、農村の連中はもっとくれって言ってくる。そうしたら来年からは言ってやるのさ。『漁村で買ってくれ』って」


 俺は、ちょっと悪い笑みを作った。


「もちろん、農村の連中は渋い顔をすると思うぜ。タダでもらっていたものが急に有料になるんだから。でも、肥料としての効果に味を占めたら、連中は買わざるを得ない。そしてお前らは儲かるって寸法だ」

「おぉ、いいなそれ。邪魔な雑草が金になるってわけか」

「その代わりと言っちゃなんだが、わかめを市場に流通するとき、魚屋に貝殻の回収ボックスと魚の残飯の回収ボックスを設置するよう伝えて欲しいんだ」


 ようは、スーパーにあるリサイクルの回収ボックスだ。


「そんなことでいいのか?」

「おう、あと魚で売り物にならないのってないか?」

「死んで腐った魚や病気の魚や毒のある魚は売れないし俺らも食わないな」


 ナナミは無いと言ったけど、確認してみるもんだ。


「それもくれ。魚の毒は土で分解されるから肥料にはなる」

「いいぜ」

「商談成立だな」


 俺と漁師の男性は、笑顔と拳を合わせた。


 その様子に、ナナミは口を開けて、愕然としていた。



   ◆



 ケースいっぱいのワカメ、タマハハキモク、タコ、ナマコ、ウニをジープに積み込み終わった午前11時。


 農村へ戻る道すがら、助手席に座るナナミは、信じられない、と言った様子で尋ねてきた。


「あれはどんな魔法ですか? 本来ならこちらでお金を払い、買わないといけない魚、貝、海藻が全部タダで手に入る上にこちらが恩を売った形になりました」

「交渉術の基礎だな。交渉は相手に、自分が得した、と思わせるのが秘訣だ」


 さも当然とばかりに言う俺に、ナナミはますます愕然の色を強めた。


「先進国の学校はそんなことを習うのですか?」

「いや、ライトノベルだ」

「昨日、会議室でも言っていましたね。なんですかそれ?」

「小説だよ。小説はいいぞ。色々な人間の人生、価値観、経験値を数時間で自分のものにできる。人生の教科書だよ」


 ラノベの名言集を見れば、学校の先生よりも深く、心に響くことを言っている。


 国語や道徳の教科書の話を読んでも何も感じなかったけど、ラノベを読んで、俺は多くの感動を得た。


 そして今、異世界転移ラノベから得た知識で、俺は日本へ帰るための道筋をつけている。


 ラノベは財産。


 それが、俺の座右の銘だ。



   ◆



 村に帰ると、ナナミの母親であるナミカさんが出迎えてくれた。


「二人ともお帰りなさい。海の方はどうだった?」


 ナナミは親指を立てた。


「バッチリなのです」

「魚の残飯と海藻は貰えることになりました。あと魚介類を色々貰ってきました」


 ジープに積んだボックスを下ろすと、村の人たちが集まってきて、驚きの声をあげた。


「あの、その気持ち悪いの食べられるんですか?」


 ナミカさんが、みんなの気持ちを代弁した。


「食べられますよ。男性はこっちの海藻、タマハハキモクを細かく切って土山に混ぜて堆肥にしてください。女性陣は俺と一緒に調理をお願いします。お昼はみんなでこれを食べましょう」




 それから、俺はナナミやナミカさんたちと一緒に、ワカメ、タコ、ナマコのボックスを集会所に運び、台所で料理に勤しんだ。


 と言っても、ただ切って塩茹でにするだけだ。


 それでも、俺がやって見せることで、初めて目にする食材への抵抗感は薄れる。


「じゃああとは皆さんでお願いします。俺はちょっと席を外しますね」


 女性陣にそう言って、俺は外に出た。すると、俺の後ろを、ナナミがちょこちょこと着いて来た。

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