第5話 なんでテロリストなんかに協力してんだろ俺



 一時間後。


 俺は会議室のテーブルに着いて、紙にボールペンを走らせていた。


 生育が早くてすぐ食べられる作物の種類と、植える時期、必要な気候をリストアップすると、メンバーの一人に手渡した。


「そこに書いてある作物の種と苗をできるだけ集めてくれ。適した気候でないと育たないから、国内の土地と気候のデータをまとめて。あと国民を管理するために住民の戸籍、マイナンバーも作るように頼む。それから使用可能な農地、使えなくなった農地、湿地帯、乾燥地、痩せた土地のデータと、どこの村で家畜は何を飼っているかもまとめて欲しい」


 なんで俺、こんなことしているんだろうとは思うも、連中の腰に挿している銃を意識すれば、逆らう気にはならなかった。


「あと肥料とか詳しいことは、紙に書くよりもどこかの村で直接指示してやらせて、村の人たちがどんどん周りの村に広めていったほうが早いと思う」

「そうか」


 俺が縄を解かれてから、初めてオウカが口を開いた。


 オウカは立ち上がると、威圧感たっぷりに歩み寄ってくる。


 ——ひぃ、美人だけど怖ぇ。


「私はオウカ、本日をもって、この国の大統領に就任した。貴君の名を聞こう」

「た、たかはし、しょうたです」

「そうか、ならばショウタ、貴君に任務を与える。ナナミ、お前の故郷は首都郊外の農村だったな。ショウタを案内してやれ」

「え、こいつを私の村にですか?」


 ちょっと唇を尖らせて、ナナミは嫌そうな顔をした。


「そうだ。ショウタは貴君が連れてきたのだ。最後まで責任を持って管理しろ」

「りょ、了解です」


 しぶしぶ、ナナミは承諾した。俺だって行きたくねぇよ。


「言っておくがショウタ」

「はい!」


 ドスの利いた声に、思わず声が裏返ってしまう。


「貴君の話が嘘だった場合。また、逃げ出せばどうなるか、解っているな?」

 オウカの一言で、会議室の全メンバーが、腰の銃を引き抜き、不穏な音を鳴らした。


「ヒィッ!?」


 銃口を向けられながら、俺は頷いた。

 ――あぁ、余計なことを言うんじゃなかった……。

 俺は、一時間前の自分を猛烈に攻めた。



   ◆



 それから俺は、宮廷の駐車場に案内された。


 赤道に近いパシク国の気温は高く、六月なのに真夏日並の気温と日差しがキツイ。


 今すぐエアコンの効いた室内でアイスを食べたいも、拉致られた俺にそんな自由はない。


 しかも、目の前にあるのは、天井のないオープンタイプのジープだ。

 これでは、車内のエアコンも期待できない。


「お前の故郷って遠いのか?」

「安心してください。車なら一時間もあれば着きますよ」


 ――このクソ暑い中、一時間も車に乗るのかよ。


 早くも愚痴を言いたくなった。


「ほい、エンジン始動です」

 ぱっと見、俺より年下に見えるナナミが、慣れた手つきで車のキーを挿して回すのは、なんだか違和感があった。


「よし、じゃあお前が運転するのです」

「え、俺は人質だろ?」

「だからですよ。運転で手がふさがっていれば逃げられないでしょう」

「いや、俺、車の免許持っていないんだけど?」

「免許? 車を乗るのにそんなものがいるのですか?」

「この国ねぇのかよ。とにかく、運転なんてしたことないからわかんねえよ」

 カルチャーショックを受けながら俺が断ると、ナナミは可愛い眉間にしわを寄せた。


「四の五の言うなです。車なんてアクセル踏んだら進んでハンドル回せば曲がってブレーキを踏めば止まるんですから。子供でもできますよ」

「わかった、わかったから銃をしまえ」


 拳銃をチラつかせながら脅してくるナナミに屈して、俺はジープのドアを開け、運転席に座った。


 代わりに、ナナミは助手席に座って、拳銃片手に前方を指さした。

「では行くのです。あ、発進するときはクラッチを半分くらい踏んだ状態でアクセルを踏むのを忘れないように」

「あー、いわゆる半クラってやつか」


 半分がわからないので、一度完全に踏み込んでクラッチペダルの最大値をはかってから、俺はやや浅く踏んだ。


 ——これぐらいかな?


 それから、ゆっくりとアクセルを踏むと、ジープは徐々に動き始めた。


「おう、走った」

「そりゃ走りますよ。車ですから」


 ゲームセンターのレースゲームを思い出しながら運転すると、割とスムーズにジープは動いてくれた。


 そこからは、ナナミの指示に従って宮廷の敷地から出て、外の道路を走った。


 街の中を走るのは不安だったけど、道路はガラガラで走りやすかった。


 物資不足でみんなガソリンが無いか、貧しい国で、車が普及していないのが原因だろうか。


 ――ていうか俺、どうして人質なのにテロリストの国内統治に加担しているんだろ。まさか、これで共犯扱いされて将来逮捕されたりしないよな?


 日本の新聞に、テロリスト一味として自分の顔が載るのを想像すると、不安が募ってくる。


 本当は、今頃はハワイなのに。ビーチで水着美女たちと戯れている筈なのに。


 そうした想いが溢れて、俺は堪えられずに叫んだ。


「ああもう! 俺のハワイ修学旅行返せよぉおおおおおおおおお!」

「と、突然何なのですかお前は!?」


 助手席で、ナナミがぎょっと声を上げた。


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