第3話 義兄妹に友達ができた!?

 たった二日前に新しい家族ができた。新しい母ができた。新しい妹ができた。

 義理の兄妹となって、一つ屋根の下で共に生活を送ることになった。

 王道といえるラノベ展開に、最初は少しトキメキもした。期待だってした。

 だって、新しくできた義妹はとてつもなく可愛かったから。


 ――でも、失望した。


 喧嘩したのだ。それがつい昨日のことだ。

 互いに創作者で、これほどの運命的出会いにはもう遭遇しないだろうってくらい、とんでもない確率だというのに。奇跡と呼んでも過言ではないというのに。

 それなのに、このクソ女は僕の作品に非難をつけ、挙句の果てには読者をも愚弄した。


 批判されるのは慣れっこだけど、アイツは……あのクソアマはっ!!


 ――叶人なんかぜっっったいにプロになれないから!


 悪態をつくだけでは留まらず、そう言い放ったのだ。創作者が創作者を貶めるなどあってはならないことなのに。

 可能であれば金輪際関わりたくなんてない。でも神様は意地悪だ。同じ家に住む以上それは叶わない。


 だって――たった今、その憎たらしい義妹と玄関で鉢合わせているのだから。


「……私、先に行くからね」


 新調した制服――白シャツにブレザーを羽織り、僕の履いているズボンと同じチェック柄のスカートを身につけている。これがどういう意味かは、もう察せれるだろう。


「どうぞ好きにしてくれ。僕は少し時間が経ってから家を出る」


 大きな隈を作っている僕に、義妹はガンを飛ばしてくる。

 嫌われる遠因はあれど、直接的に彼女になにか悪さをしたわけではないはず……この対応は如何なものか。

 高校の入学式初日だというのに、憂鬱だ。さらに学校が同じで倍、憂鬱だ。


「あらあら〜、二人揃って仲良しそうね。安心だわ」


 リビングから現れた杏奈さん。

 きっとこの状況から変に察し勘違いしたのだろう。義母は「一緒に仲良く登校してきなさい〜」と、無理難題を押し付けてきた。


「う、うん……わかったお母さん」


 意外にも夢花は断らなかった。

 杏奈さんに心配をかけたくないのか、それとも母という存在に弱いのか。どっちでもいいけど困ったな……。


「叶人くん頼むわね、この子って方向音痴ですぐ迷子になっちゃうから」


「お母さん!? そ、それは昔のことで、迷子になんて絶対にならないからぁ!」


 ほぉ、それはそれは……。


「わかりました……(ふっ)」


 杏奈さんにバレない範囲で鼻で笑ってやった。


「(うぅ〜〜〜〜あとで覚えといてっ)」


 ニコニコと笑顔を浮かべる杏奈さんに見送りされ、僕は義妹と肩を並べながら通学路を辿って行った。

 閑静な住宅街を曲がり進み、それを繰り返していくと自然と同じ制服を着ている学生が増えてくる。


「近寄らないでよ、私の神聖さが汚れるでしょ」


「こっちこそ、お前なんかといると僕のクリエイターとしての品位が下がるから消えてくれ」


「なっ――!? そこまで酷いこと言ってないもん!」


「僕のこと汚物だって言っただろ!!」


 プクッと頬を膨らませてそっぽを向く義妹。


「第一、僕と隣にいたら変な噂が流れるんじゃないか?」


「私はあなたの義理の妹で、あなたは私の義理の兄。それ以上の関係でもなければ、男でも女でもないもん」


「まぁ、僕はデタラメな噂が吹聴されても気にしないからいいんだけどさ」


 変に意地っ張りなんだよな、コイツ……僕と付き合ってるなんて誤解が歩き回ったら、それこそストレスになりそうなのに。

 それからしばらく沈黙が続いて、僕は夢花に一つ尋ねた。


「夢花ってさ、プロデビュー目指してるんだろ? イラストの場合、どうやってデビューするんだ?」


「なに急に……うーん、とにかく高校卒業するまではピクシブやツイッターにひたすらイラスト投稿して、人気出すしかないんじゃないかな?」


「それで声かからなかったら?」


「今の市場はソシャゲがブームだから、ゲーム会社に所属とかかなぁ」


 へぇ……かなり厳しいんだな、イラスト業界って。

 様々な出版社は新人賞を開催しているだけでなく、小説投稿サイトで人気爆発した作品にも声をかけていたりする。


 倍率的に言えばそんなに変わらない気もしなくないが、イラスト業界のデビュー方法は明確ではないので難度は高いだろう。


「でも、なんでまたそんなことをー?」


「特に。強いていえば今後ラノベのネタに使えそうだなって――いてっ」


 横腹を小突かれた。


「この私様のことをネタに使おうなんて100万年はやーいっ!」


「お前なんてネタにすらならないよバーカ!」


 北○百裂拳ならぬ、夢花百裂拳が発動されポコポコと僕の方をパンチングしてくる。

 ウザい痛い可愛いウザい……。


「いいもん、私は叶人より早くデビューして有名になってやるもん!」


「夢花が二年以内にプロデビューしたらの話だけどね」


 義妹は首を傾げた。僕の言葉の意図を上手く掴めていないらしい。


「あと二年――あと二年以内に僕は書籍化させてみせる。実現しなかったら書き手を辞めてもいい。それくらいの自信と覚悟は持ち合わせてるつもりだ」


 書籍化という明確なゴール地点。

 ただし、二年以内というリミット付きのマラソンだ。

 この二年という期間に対して深い意味合いはない。強いて言えば高校デビューという作品の面白さには少しも直結しない、くだらない肩書きが欲しいくらいだ。


 ただこの方法が最もたる、僕がやる気を出す秘訣である。焦燥感に追いやられることが、全力を出せる唯一無二のチートなのだ。

 自分の覚悟を再認識したところで、隣の存在がいないことに気づいた。後方を見やると、夢花がポツリと佇んでいる。


「…………ふ〜ん。ま、せいぜい頑張ったらっ! 私の方が早くデビューするけどね!」


「とかいって、夢花は永遠にデビュー出来なかったりして」


「縁起でもないこと言うな〜っ!」


 通学鞄を振り回し、追っかけてくる夢花に対して僕も距離をとった。


「はいはい。じゃあ、ここらで別れよっか」


 校門付近までたどり着くと、僕はそう言った。


「んえ、なんで?」


「やっかみを買いたくないんだよ。そんなことに時間を割きたくないからね」


 この調子で丁々発止を繰り広げれば、注目されるとともに羨望の的にされるだろう。コイツ地味に可愛いし、地味に。

 そんなしょうもないことで、僕の創作時間を削減してしまうことなどあってはならないのだ。


「ってことで、僕は行くから。それじゃ」


 僕は進行方向を変えて進むと、夢花を一瞥して手を振り教室へと向かった――。





***





「ふっ――やっかみを買いたくないんだよ」


「うぜー……」


 僕の声真似をする夢花のウザったい声が、一つ後ろの席から飛んできた。

 完全に盲点だった……席順が名簿順で、コイツが僕と同じ苗字だということに。そりゃあ前後の席になるはずだ。


 顔から火を噴きそうな羞恥と、義妹に対する憤怒が脳内で葛藤した。


「やっかみをやっかみをやっかみを買いたくないんだよ!!」


「……うっさい黙れっ!」


 後方に振り向くと、義妹は僕が去っていた時と同じくして手を振った。

 僕が浅薄だったことが瑕疵だったのだが、扇情的にせせら笑いする夢花への苛立ちが止まない。


「やっかみを――」


 パシャリ。パシャリパシャリ。


「夢花の盗撮画像をピクシブにあった活動名と一緒に、ツイッターにあげてやるからな」


「だ、だめっ! それだけはだめっ!」


 僕はニヤリと口元を歪ませた。

 なんとなくだが、義妹攻略の糸口が掴めた。これならギャルゲルートどころか、脅迫材料を振りかざしてエロゲルートまで……って、なに考えてるんだ僕は。ないだろ、リアル義妹はゴミだ。


「じゃあ、言うことあるだろう?」


「…………ごめん」


「なんて?」


「ごめんなさい……」


 ふっ……勝った! 圧倒的なまでの勝利! ざまぁみろクソ義妹!!

 溜まりに溜まった嘲笑は堪えきれず、堰をきった。


 みるみると悔しそうな表情をする夢花は、バンッと机を叩きつけて――


「叶人のばかあぁぁぁぁぁっっっっっ!!!!」


 大声で怒号した。


「うるっさ……」


 耳の奥がキンキンする。

 クラス中に声が轟き、僕たちは耳鼻を集めた。


「…………最悪だ」


 ムスッとして腕を組み、顔を逸らす夢花の姿に目も当てられなくなる。

 深いため息を吐き出すと、クラスメイトから声をかけられた。


「「二人とも面白いね!!」」

「「面白くないっ!!」」


 左と右から、挟まれるように僕らを囲う男女の二人。

 僕よりも5センチくらい身長が高そうな、スタイルの良いフツメン男子と、夢花よりも5センチ身長が低そうな爆にゅ……ごほん、巨乳女子がなんの用だろうか?


「ははは〜、息ぴったりだねぇ! それよりなんて名前? スリーサイズは? 可愛いね、わたしと付き合ってよぉ!」


「だ、誰この子……」


 目をハートにしながら、たゆんたゆんに揺れる胸を顔に押し付けられて、夢花は苦しそうに藻掻いている。

 いいぞ、その調子だもっとやれおっぱい!!

 密かに巨乳少女を応援していると、フツメン男子が僕に声をかけてきた。


「オレは興梠優雅! 苗字よりも下の名前で気軽に呼んでくれよな! 虫は嫌いだからよ!」


「お、おう……コオロギくんね、よろしく」


「おいいいいっっっ!?」


 素っ頓狂な声を荒らげる彼はさておき、興梠ってことは……。


「君、僕の前の席なのか……仕方ないから優雅って呼んであげるよ。僕は佐伯叶人」


「そうしてくれ叶人! よろしくな!」


 にまぁっと、満開の笑顔を咲かせる優雅。


 それに食いつくように、おっぱい少女は優雅に指さした。


「ゴキブリ!? ゴキブリが教室にいるぞー! ゴキジェットはいずこ!?」


「オレはゴキブリじゃなくてコオロギだッ!!」


「死ねケダモノ! ゴキブリ! 気持ち悪い! 殺虫剤口に突っ込むぞーっ!」


「ふえぇ……す、すとーっぷ! どっちも落ち着こうよ!」


 両手を広げて仲裁に入る夢花。


「はぁ……」と、僕は呆れて瞑目した。


 僕の最悪な高校生活の幕開けだ。余談だが、騒ぎすぎて先生に叱られたのは言うまでもない。





***





 無事、初日を終えて放課後。僕の自室を優雅が舐めるように見渡していた。


「エロ本屋敷だなっ!」


「違うわいっ!」


 まじまじと僕の本棚を眺める優雅に殺意が沸いた。

 ライトノベルを読んだことのない人間からしたら、そう見えるのも仕方ないけど……ヤッテイイダロウカ? 失礼なやつだ。


「でもエロ本だけじゃなくて、一般文芸も揃えてるんだなぁー」


「そりゃあ一般文芸の作品は文章力がおしなべて高いし。それに、ラノベだけじゃ読む本がなくなってしまう」


「……は?」


 ポカンと口を開く優雅。


「だから、毎月刊行されるラノベだけじゃ読書量が足りないんだよ」


 文庫本は二日間で一冊読む習慣をつけているため、毎月10冊程度しか購入しないラノベではストックが尽きてしまうのだ。

 ラノベにプラスして、一般文芸を月5冊買うのが僕のサイクルである。

 驚愕したと言わんばかりに優雅は目を見開いた。するとバナナ一本分くらい余裕を持たせた拳握りをし、上下に揺らしだした。


「嘘、だろ……っ!? 見た限り、軽く500冊はあるこのエロ本だけじゃ抜き足りないって言うのかッ!?」


「よーし、いい度胸だな表出ろ!!」


 全国のラノベファンを代表して僕が血祭りにしてやるっ!!


「じ、ジョーダンだって、な? 目が血走ってるから、おい、それ以上オレに近づくなよ!?」


「……鈍器、刃物……あ、リビングに」


「誠に申し訳ございませんでしたァァァッッッ!?」


 跪き、両手を床につける優雅に侮蔑の視線を向けて冷笑した。


「次やったらコロス」


「はい……」


「まあ演技だけど。意外と面白いね、優雅って」


「はは、そりゃあどうも……お前、小説家より役者の方が向いてるぜきっと」


「それはないよ。それより、僕の小説読むんだろう?」


 目途を思い出した優雅は、「そうだった」と僕のベッドに腰をかけた。


 すかさず、登録済の優雅の連絡先に作品を送りつけた。ふふん、夢花のやつは感性がおかしかったけど、優雅なら分かってくれるはずさ。

 なにしろコイツの趣味は読書だからな。それを聞いていなければ、僕の家に連れ込むこともなかっただろう。


「……じゃあ早速」


 スマホの画面をスクロールしていく優雅の表情は、晴れて曇ってのどんでん返しだった。

 展開に緩急をつけ、テンポの良い文章運び。昨夜、一読者の夢花からの罵詈雑言で苦い思いをし、新作を早速書き上げた。

 ほぼ徹夜で完成させた2万文字程度の短編だが、自信はある。


「……おもしれぇな、これ」


 優雅の口から感想がポツリと吐露された。

 ふっふっふ、そりゃあそうだよ。なんたって僕は天才だからな!

 上がりそうになる口角を必死に抑えながら、僕は「ありがとう」とだけ告げた。


「文芸派で普段からラノベを敬遠するオレが面白いと感じたんだから間違いねえ。天才だよ、お前」


 少し早口で、興奮したように彼はそう断言する。


「知ってるよ、そんなこと」


 ただ、こんなことでは喜んでいられない。

 優雅が面白いと感じたのも、ライト文芸よりのジャンル、ストーリーで作品が構成されていたからだ。ライトノベルの短編にはそこまで需要がないからね。

 なにより、課題点であったキャラクターは改善に改善を重ねた。これで面白くないわけがないのだ。


「僕の作品、山ほどあるけど他にも読む?」


「ん〜いいや、今日はお腹いっぱいだぜ」


「そうか」


 じゃあ、また後で全作品を送り付けておくか。


「下にゲームあるけど、やるかい?」


「やるやる! オレってばスマブラでもフォトナでもマリパでも行ける派だぜッ!」


「よ〜し、その自信を僕がぶち壊してやるッ!」


 僕と優雅は揃ってリビングに向かった。

 作るはずのなかった友達が出来ちゃったなぁ……。

 それでも、悪い気分になれない自分がいた。

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