第29話 アイス

 夕食も終わり就寝の時間、直美達は自分の部屋に戻っていった。俺もソファーをベッドにして眠りにつく。


『幸太郎・・・・・・・幸太郎・・・・・・』また夢の中で聞いた声が聞こえる。この声は・・・・・・!


「お前は・・・・・・・モンゴリーなのか?!」虚ろな夢の中では気がつかなかったが確かにその声はモンゴリーのものであった。


『昼間の話の続きがしたいから、一人で公園まで来て・・・・・・必ず一人で来るのよ』モンゴリーが念押しするように重ねて言った。


「ああ、解った」ソファーから飛び起きて俺はモンゴリーの指定した公園に向かうことにした。皆を起こさないように物音を立てずに外に飛び出した。

 流石に人影は無い。時間は一時過ぎである。

 家から公園までは徒歩十分程度である。相変わらず空は雲で覆われており星ひとつ見えない。

 ここは公園というよりは神社という表現のほうが正しい。境内の下に子供達が遊ぶ遊具が設置されており、近所の人間はここを便宜上公園と呼ぶ。


「モンゴリー! 俺だ、幸太郎だ。約束通り一人で来たぞ!」照明の灯りが届かない闇に向かって彼女の名前を呼んだ。その暗闇の中からゆっくりと人影が現れる。

 胸元のジッパーを大きく開き、今にもこぼれそうな胸を強調するように腕を組みながらモンゴリーは歩いてきた。彼女は黒色のライダースーツを身に纏っていた。


「約束は守ってくれたようね」彼女は髪の毛を掻き揚げた。


「ああ・・・・・・・」俺は詩織さん達に内緒で来たことを少し後悔していた。神戸との特訓?によりかなり力が増したといっても、モンゴリーと戦う事になった場合、勝てるかどうかは甚だ疑問である。皆で戦えば、勝てるかもしれない。なにしろモンゴリーは魔界の中でも指折りの実力者であるらしいので・・・・・・。


「もう、時間が無いの。明日の深夜に奴らが行動を起こすはず。丁度この町の空に『扉』が開くわ」モンゴリーは空を見上げた。夜空には相変わらず雲が立ち込めている。それは微かに渦を巻いているような気がした。


「奴らって誰のことなんだ。天上界の住人か?」以前、天上界と魔界が微妙な関係であること聞いたことがあった。


「いいえ違う・・・・・・・もっと厄介な相手よ」モンゴリーは言葉を選んでいるようであった。彼女の目が俺の顔を見つめる。その視線が何故か痛く感じて俺は彼女から目を逸らした。

 あの時拾った傷ついた猫と目の前の美女が同一人物とは、今も信じられない。


「厄介な奴って・・・・・・、危険な相手なのか?」


「ええ、とっても・・・・・・」


「・・・・・・」


「だから、あなたの力が必要なの。元に戻る為にはそのブレスレットが邪魔なのよ!」言いながらモンゴリーは俺の腕を指差した。俺の手首にはそれぞれ黄色と黒のブレスレットが装着されていた。ただ、モンゴリーの意に反してこの装着具は俺の意思で外すことは出来ない。


「私の中に戻るのにあなたの両腕は要らない。なんなら、切断してあげても構わないわ」モンゴリーは両手を大きく開いた。その手に二本の刃が現れた。「大人しくこの体に返ってくるのよ」彼女は目の前で刀をクロスして構えた。


「俺を騙したのか! 冗談じゃない」指輪に手を触れて変身する。俺の体は少女に変わり魔法衣姿になった。俺もいつでも攻撃が出来るように構える。

 モンゴリーが前に飛び出して刀を振り下ろす、その切っ先を鼻先5センチ程度でかわす、もう一本の刃が横から俺の腹目掛けて一文字に飛んできた。 その攻撃を避けるように俺は後方に反り返るように飛び上がり宙返りの要領で着地する。地に足を着いた瞬間に俺はモンゴリーの方向に掌をかざすと電撃を発射した。モンゴリーは一方の刀を地に突き刺し、もう一方の刃で電撃を受け止めた。電流は彼女の体を駆け抜けて刀を伝わり地面に吸収された。間一髪いれずに、俺はしゃがみ込み土を握りしめてモンゴリーの目の前に投げつけた。砂はその一粒ずつが細かい爆発を起こしてモンゴリーの視界を塞いだ。


「ちっ!!」彼女は手で目の前を覆い爆発から目を守った。彼女の視界が遮られているうちに俺は背後に移動して身を隠す。そしてモンゴリーが振り向いた瞬間に体を発光させてもう一度彼女の視界を奪った。その瞬間彼女の体に触れてから転がりながら距離を置いた。


「まさか?!」モンゴリーの表情が強張った。そう、俺は彼女の着ていた服を爆発物に変えた。眩い光を発しながら彼女の体が爆発する。


「やりすぎたか!!」咄嗟の判断であったがモンゴリーが無事なのか少し心配した。激しい爆風が去った後、黒煙が立ち込めていた。俺は呆然としながらその光景を眺めていた。

 ゆっくりと視界が晴れていく。爆発のあった場所には人影が見えた。


「ちょっと、酷いじゃないの。私のお気に入りが台無しじゃないの」煙が消えた後には全裸のモンゴリーが立っていた。それは魔女というよりはビーナスのような美しいものであった。モンゴリーは軽く目を閉じると、口元で何か呪文を唱えた。体から美しい光が発し真紅の魔法衣に包まれたモンゴリーが現れた。「この姿になるのは久しぶりだわ」モンゴリーは両手の刃の先から二つの光源を発射した。それは俺の両腕に絡みつくと拘束具に姿を変えて張り付くように俺の体を地面に誘導した。


「ぐっ!!しまった!」身動きが取れなくなり俺の上半身の自由は完全に奪われた。

 俺の体の上にモンゴリーがまたぐように立つ。


「これでTHE ENDね。その腕を切断させていただくわ」モンゴリーは刀を振り上げた。

 そのモンゴリー目掛けて伝説上の動物、麒麟が飛び出してきた。モンゴリーはその突進をかわしながら側転を披露した。


「コウタロウくん、大丈夫?!」麒麟の上には変身したナオミが乗っていた。麒麟はナオミが出現させた使い魔のようであった。麒麟は大きな雄叫びを上げた。


「間一髪って処ね」見上げるとシオリさんの姿があった。彼女はしゃがみこむと俺の腕に触れて拘束具を外した。


「本当に私達が来ないと死んでいたかもね」神戸の姿も見えた。


「くっ! エリザまで・・・・・・・」モンゴリーが少し奥歯を噛締めて顔をゆがめた。


「有難うございます。助かった・・・・・・」俺は安堵のため息をつきながら両腕が無事であることを確認した。


「お兄ちゃん、イツミもいるよ!」イツミちゃんも駆けつけてくれていた。彼女は相変わらず無邪気な笑顔を浮かべている。この娘が状況を理解しているかどうかは怪しいものだ。


「モンゴリー、貴様は何をたくらんでおるのじゃ!」ファムの姿もあった。その横にはソーシャもいた。

 彼女達に気づかれないように家を飛び出したつもりであったが、どうやら感づかれていたようである。


「あらあら、幸太郎君には一人で来るように言ったはずなの・・・・・・・エリザまで・・・・・・本当に勢ぞろいね」モンゴリーが両腕を振り払うと手から二本の刃は姿を消した。公園の中は派手な魔法衣を着た少女達でコスプレ集団でもいるかのようであった。


「ワシの質問に答えろ! 貴様は魔界、天上界、人間界を敵に回すつもりなのか!」ファムは激しい口調で問いただす。容姿こそ可愛い女の子であるが、その迫力は鬼気迫るものがあった。魔界で初めて会った時のファムを思い出していた。あの頃はまさか、彼女が女性だとは思ってもみなかった。


「そう思われても仕方ないわ・・・・・・・、とにかく私には分が悪いようなのでこれで失礼するわ」そう言うとモンゴリーは片目を閉じて軽くウインクをした。


「ま、待て!」俺は叫んだが、その言葉に反応する事も無くモンゴリーは暗闇の中に姿を消していった。

 ナオミが麒麟の上から飛び降りると俺の前に駆け寄ってきた。 いきなり頬に衝撃が走る。


「なっ!」俺は驚きナオミの顔を睨みつける。俺の顔面にビンタを喰らわせた彼女の瞳から大粒の涙が流れた。そして大きな声で嗚咽を漏らすと俺の体に抱きついてきた。


「心配したんだから! もしコウタロウくんに何かあったらどうしようって・・・・・・・心配したんだから!!」彼女はパニックになったように慌てふためいていた。俺は彼女の頭を撫でながら「ナオミ、御免・・・・・・」彼女達に内緒で家を飛び出したことを改めて後悔した。


「お前がいないことに気づいた時のナオミは尋常ではなかったぞ」ファムななにやら含んだような微笑を浮かべた。それを聞いてナオミを見る。ナオミは耳の辺りを真っ赤に染めてうつむいている。俺はもう一度、御免と心の中で呟いた。


「なぜ、私達に一言も告げないでモンゴリーと会おうとしたの? それと、モンゴリーは何か言ったの?」シオリさんがタイミングを見計らうように問いかけてきた。


「すいません。モンゴリーに話があると言われてので・・・・・・それと、明日の夜、空から危険な奴らがやって来るって言っていました」モンゴリーに聞いた事を俺は説明した。


「危険な奴らとは何者なのだ?」ファムは前のめりになるように俺の顔を覗きこんだ。ナオミは慌てて俺の体から離れた。その顔は真っ赤に染まっていた。


「俺も聞いたのですが・・・・・・結局、その正体は教えてもらえませんでした」俺は自分の不用意な行動を反省するように返答した。


「どうして、モンゴリーは一人で戦おうとしているの? 私達まで敵に回して・・・・・・」ナオミは俺も感じていた疑問を口にした。どんなに強力な敵であろうと一人で戦うよりは、皆で協力したほうが、勝率が上がることは誰が考えても明らかである。


「それもそうだけど、どうして明日その敵が襲来してくることを彼女は知っているのかしら?」シオリさんの疑問も当然である。確かに空には黒い雲が立ち込めて何かを暗示しているような気はする。だが、モンゴリーはある程度時間まで把握しているようであった。

 敵の襲来と言っていたが、実際は俺達を騙しているのかもしれない。その真意は明日にならなくては解らない。


「判りません。ただ、俺はモンゴリーが嘘を言っているようには思えないんです」正直な感想であった。


「どうして、そう思うの?」ナオミが不思議そうな顔をしながら俺の顔を見た。


「・・・・・・・それも判りません」これも素直な感想である。


「貴方とモンゴリーは姉弟のようなものだから通じるものがあるのかもしれないわね」一つ溜息をつきながらシオリさんは腕を組み、頬杖をついた。


「でも、今度は一人で何処かに行っては駄目よ! ちゃんと私達も一緒に戦うから」ナオミは子供を叱る母親のような口調であった。


「はい・・・・・・」子供が返事するような感じで返答してまった。


「お兄ちゃん、小学生みたい!」イツミちゃんは相も変わらず無邪気にはしゃいでいた。貴方こそ小学生のようですよと心の中で呟く。


「とにかく、今晩は帰ってゆっくり休むことにしましょう。モンゴリーの話が本当となると明日は大変な事になりそうだから体力を溜めておかないといけないわね」シオリさんは髪を掻き揚げると変身を解いて普段の姿に戻った。彼女の服装はジーパンにTシャツとラフな格好であった。それに習うようにナオミとイツミちゃんも姿を変えた。


「幸太郎君、今日のバツとしてコンビ二のアイス奢ってよ」直美が照れ隠しでもするかのようにおねだりをしてきた。俺も男の姿に戻り尻のポケットからサイフを取り出して中身を確認する。二千円・・・・・・それが全財産であった。


「あの、百円のやつだったら大丈夫かな・・・・・・」情けない顔で直美を見た。


「駄目よ、姉さんは安いのは食べないのよ! ねっ」直美は詩織さんに確認するように目配せした。


「そうね、高級バニラアイスを要求するわ」詩織さんは悪戯っぽく微笑む。


「愛美は、イチゴのカキ氷でいいよ! ミルクの乗ったやつね!」それなら百円で買えそうだ。


「ワシとソーシャの分も忘れでないぞ!」ファムがソーシャの肩を抱いて要求してきた。いつの間にか二人は友達のようになっていた。ただしソーシャは少し遠慮しているようではあったが・・・・・・・・。


「判りました・・・・・・・・早く行きましょう」俺は全財産を失うことを覚悟して肩を落とした。公園を後にして、コンビ二でアイスを調達して家路についた。

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