第21話 詩織

 電車に乗って二駅、都心へと出かける。

 ファムは電車に乗るのは初めての様子で、幼児のように窓側に顔を向けて座席に両膝をついて外の景色を必死に眺めている。その奇行と西洋の少年のような風貌で車内の注目を浴びている。


「幸太郎! この電車という乗り物は凄いぞ! 魔界の馬車より上等だ」えらく電車が気に入ったようである。今は本当に無邪気な少年にしか見えない。

 目的の駅に電車が到着した。興奮冷めやらない様子のファムをつれてホームに下りる。改札に切符を入れ駅の外に出る。


「・・・・・・・どうかしましたか?」改札の機械を睨みつけるファムを見て俺は声をかける。


「ワシの切符を奪いよった! コヤツを成敗してくれる!」ファムは両手を額に当て、改札を破壊しようとした。


「あわわわ、それはそういう物なんです! 切符は返ってきません!」ファムの手を掴み俺はその場から逃走する。その様子を訝しげに駅員が見ていた。


「ここです。 きっとファム様がお探しのものがここにあります」


「幸太郎、ワシの名前に様を付けんでもよいぞ。ファムと呼び捨てにしろ」


「でも・・・・・・・」俺は躊躇した。


「人間界では、ワシは魔王では無い。 どちらかといえば、この姿はただのガキであろう」どうやら自覚があったようだ。


「わ、わかりました。ファム・・・・・・・ここが目的地です」


「そうか、そうか、やっとここまでたどり着いたか。ワシは感無量だ!」言いながら彼は両目に薄っすらと涙を浮かべていた。


「そんな、たいそうな・・・・・・・」その様子を見て俺は少し呆れた。

 俺達の目の前に、そそり立つ大きな建物。まるで城を連想させるようなコンクリートむき出しの壁、上から無数のタペストリーがぶら下がっている。


「ここに、ワシの、ワシの、アシュナがいるのだな!」拳を握りしめてファムは気合を入れている。


「た、たぶん・・・・・・・」


「魔王様、それに勅使河原君」振り返ると神戸の姿があった。


「神戸・・・・・・・どうしてここに?」驚きのあまり俺は目を見開いた。


「私の本分は学業ではないわ。学校より魔王様の護衛を優先しただけのことよ」神戸は真面目な顔で呟く。


「ふん、今日は男同士の時間じゃ。邪魔をするのではないぞ!」ファムは吐き捨てるように言うと建物目指して歩いていった。


「そんな言い方しなくても・・・・・・」神戸の様子を確認した。彼女は特に気にかけていない様子であった。


「珍しいわね。魔王様が男の子と一緒に行動したがるなんて」神戸は首を傾げていた。


「え、そうなのか?」


「ええ、貴方も見たでしょう。魔界でも彼の周りは女ばかりよ」神戸の言葉を聞いて、魔界に行ったときの事を思い出した。ファムは今とは違う成人の男の姿で豪華な椅子に腰掛けており、周りの美しい女性を侍らせていた。確かに男の姿は無かった。


「おい! 幸太郎、はよう案内せんか!」ファムは大きな声で叫ぶ。


「わ、解りました。今行きますよ!」


 俺達が飛び込んだ建物、それは大型の家電販売センターであった。


「おお! おった、ここにおったぞ! ワシのアシュナが!!」ファムは興奮のあまり体を震わしている。


「え、アシュナって誰のこと?」神戸は周りを見回した。しかし、俺達の周りには人影は無かった。


「ああ、アシュナはあれのことだ・・・・・・」俺が指差す先にはショーケースがあった。その中にはフィギュアが並んでいる。その中でほうきに腰掛けて飛んでいる少女の人形が真中を陣取っている。


「えっ、あれが・・・・・・・アシュナなの?」神戸は気持ち悪いものでも見るようにファムを見た。ファムはショーケースに顔を密着させ必死に観賞を続けている。


「魔界から地上を観察したときに、テレビ画面に映ったアニメにはまったそうだ。特に、この『プリプリ魔女っ子アシュナ』が気に入って、主人公のフィギュアを手に入れるために人間界に来られたそうだ」説明しながら、呆れている神戸の顔をみて、なんだか俺が恥ずかしくなった。


「ああ、学校休むんじゃなかったわ」神戸はガクリと肩を落とした。


「み、幸太郎、このアシュナをワシは連れて帰りたい!」ファムは人形を指差していた。その先に立っている人形は翻るスカートを押さえながら顔を赤らめているものであった。


「はい、はい、解りました」俺は同じフィギュアの入った箱を手に取り会計に向かう。ファムが嬉しそうに着いてくる。少ない小遣いをまさかこんなことに使う事になるとは思ってもみなかった。 ちなみに人間界に来られた魔王様はお金など一銭も持っていないそうである。魔界では、お金を流通させるという概念はないということであろう。


「ちょっと待って、勅使河原君!」突然、神戸が声を上げた。


「どうかしたか?」振り返ると険しい顔をした神戸がこちらを見ている。


「結界よ! 気をつけて!」彼女が叫ぶと同時に辺りが暗くなる。どうやら何者かが戦闘態勢に入る為に、特別な空間を作ったようだ。 俺達はまんまとその中に閉じ込められたということか。


「お、おお!!!」ファムが唐突に奇声を上げる。


「な、なんなんだ?!」


「アシュナが! アシュナが!」ファムが先ほどのフィギュアを見て驚愕していた。

 ショーケースの中のフィギュアが急に動き出した。 さらに陳列棚に並べられた箱の仲からも無数のアシュナが襲いかかってくる。


「くっ!」神戸が魔法でバリアを造った。バリアに弾かれてフィギュアは粉々に砕け散る。


「あ、ああ、ワシのアシュナが!」ファムは絶叫を繰り返す。

 神戸は髪を振り上げると同時に、魔法使いエリザの姿へと変わった。


「姿を現しなさい! 卑怯よ」その声に反応するかのように、先日の天使が目の前に姿を現した。


「今日こそは、その魔王様の命を頂戴するわ」天使は翼を広げると、無数の羽を飛ばして攻撃をしてきた。


「きゃ!」エリザの体を無数の羽が覆う。そしてあっという間に彼女の体は白い塊に変化してしまう。


「幸太郎! お前も変身しろ! この世界ではワシの力は役にたたん!」ファムが命令口調でいった。


「えっ、でも俺は・・・・・・・」ファムの言葉を聞いて驚く。 もしかしてファムは俺とコウが同一人物であることを知っていたのか?


「早くせい! エリザ一人では荷が重い!」

 ファムに促されるように、俺は指輪に触れた。 胸元が大きく膨らんだかと思うと着ていた服が飛び散る。 俺の体は既に女の体に変わっていた。

 新しい魔法衣が俺の体を包みこむ。


「おお、やはりその方が美しいのう!」


「初めから、俺がコウだって知っていたのですか?」


「当たり前だ、ワシを誰と思っておるのじゃ」ファムは自慢げに胸を張った。

 何処からともなくキーちゃんが現れて、俺の肩の上に飛び乗る。俺は体から電撃を発して天使を的にした。その攻撃を彼女は起用にかわした。


「キーちゃん! 神戸を助けてあげて!」俺が叫ぶとキーちゃんは頷きエリザの元に走っていった。


『愛美ちゃん! 愛美ちゃん!』テレパシーで愛美ちゃんの名を呼び。


『ふ、ふにゃー・・・・・・・幸太郎お兄ちゃん・・・・・・・』


『寝ていたのか? ・・・・・・・学校だろう、皆を連れて来てくれ! 今、天使に襲撃されているんだ!』


『解ったニャー』彼女の言葉を聞いて大丈夫なのか不安になる。

 近くに転がるフィギュアを手に取り、天使に投げつける。 フィギュアは天使の目の前で爆発した。


「ア、アシュナが!」ファムは涙を流しながら叫んだ。


「そんな場合じゃないだろう!」俺は両の手を重ねて天使にかざした。そこから強烈な光が放たれて、天使は目をくらませた。


「く、視界が・・・・・・」彼女は両目を手でこすった。

 エリザがその手に槍を表して天使目掛けて投げつける。それは、天使の腹部を貫通したかと思われた。


「えっ?!」何者かが、エリザの槍を片手で受け止めていた。その顔を見て俺は驚愕する。


「間一髪だったわね、ソーシャ」彼女は髪を掻き揚げながら、槍を投げ捨てた。


「あ、貴方は、感謝いたします!」天使の視界は復活した様子だった。


「な、なぜ、シオリさん!そいつを助けるんだ?!」俺は彼女の名を叫んだ。


「コウ君、御免なさい。実は私は人間ではないの」詩織さんの体が輝くと美しい翼を背中に供えた天使が姿を現した。その姿は、もう一人の天使とは比べ物にならないほど高貴なものであった。


「い、一体どうなっているんだ?!」俺は頭が混乱していた。


「お兄ちゃん! お待たせ、詩織お姉ちゃんは見つからなかったから、直美お姉ちゃんだけ連れてきたよ」目の前にイツミちゃんとナオミが現れた。


「シオリさんは・・・・・・」俺は天使に姿を変えたシオリさんを指差した。


「えっ?」意味が解らずナオミは聞き返した。


「御免ね、ナオミ、イツミ。私はあなた達の本当の姉ではないのよ」シオリさんは少し寂しそうな顔を見せた。 ナオミ達も意味が解らず言葉が出ない様子であった。

 突然、シオリさんは膝を床につけて語りだした。


「魔王様、数々の無礼をお許しください。 このソーシャは何も知らせずに任務につかせておりました」


「ふん、敵を欺くには、まず味方からと言う訳か」ファムは両手を頭に組みながら悟ったように呟いた。


「シオリ様?! どういうことなのですか?!」ソーシャという名の天使は驚きで顔を歪めていた。


「あなたには、後で詳しく事情を話してあげるわ。 それより、事の元凶は全て君が原因なのよ・・・・・・・コウ君」シオリさんは俺の顔を見た。


「俺が、元凶?」


「シオリ姉さん、どういうことなの?」


「モンゴリーそこに居て?」シオリさんは突然モンゴリーの名前を呼んだ。

 その声に反応するかのようにショーケースの上に黒猫が一匹姿を見せた。


「もうその姿でいる必要は無くてよ」そう言うとシオリさんは手裏剣のように羽を飛ばした。 モンゴリーは体を翻してそれを避けると人の姿に変わった。


「私も間抜けね、まさか三姉妹に天使が混ざっているとは思わなかったわ」モンゴリーであった女は鼻で笑うように言い放った。 その姿は、切れ長の目に高い鼻、真紅の唇。腰まで伸びた長い金髪。 胸の辺りが大きく開いた赤いボディースーツに身を纏っていた。 短いスカートから伸びた長い足。美しい大人の女の姿をしていた。


「モ、モンゴリー・・・・・・生きておったのか・・・・・・・?」ファムの表情が引きつっている。


「勝手に殺さないでちょうだい」金色の髪を掻き揚げてモンゴリーは言い放つ。


「コウ君、あなたはこの女の・・・・・・分身なの」シオリさんが突然言葉を放つ。


「分身・・・・・・・?」その言葉の意味が俺にはよく解らなかった。


「そう、もともとあなたはモンゴリーと一体だったのよ。この女は自分の器が一杯になったので自分の体を分離したの。そして最強の力を手に入れる為に、あなたを獣魔達と戦わせていたのよ。・・・・・・そして頃合を見計らって、もう一度あなたを自分の中に吸収しようと狙っていたのよ」


「俺を吸収して最強の力を・・・・・・? なんの為にそんな事をするのだ」


「当たり前の事を聞くのね。魔界、天上界、人間界の王に君臨する為よ。その為には、もっと強大な力が必要なの。それで力の回収を貴方に任せたのよ。そう貴婦人が獲物を回収する犬を野に放つようにね」モンゴリーは不気味な笑いを浮かべながら長い髪を手ですいた。


「そんな・・・・・・それじゃ俺は一体何者なんだ?」俺の存在が一体何なのか、人間ではないのか。その疑問が頭の中を駆け抜ける。


「すこし違うのだけれど・・・・・・・そうよ幸太郎、あなたは私の分身なのよ」言いながらモンゴリーは自分の体を撫でるように触った。その自分の手の動きを恍惚とした視線で眺めている。


「でも、私達・・・・・・いえ、私は子供の時から、幸太郎君のことも、詩織姉さんの事も知っていたわ」ナオミが突然言葉を挟んできた。


「ナオミ・・・・・・・私達には未来を少しだけ見る能力があるの。モンゴリーが自分の分身を幸太郎のお母さんに植え付けることを予見して、私も魂を卵まで還元してあなた達のお母さんの中に潜り込んだの。だから、姉妹としての記憶は本物よ。私も少し前まで天上界の記憶は無くしていたのだから」シオリさんは寂しげな表情を見せた。


「モンゴリーの策略はシオリから聞いていたが、ワシも知らないフリをしていたのだ。無用な争いは好まぬが、だからと言って天使の言葉を全部受け入れることもなかなか出来ない状況であったのでな」そういえば、以前天上界と魔界は仲があまり良くないようなことを聞いた覚えがあった。


「もう説明はいいわ。ちょっと思惑とは違うけど、実の収穫をさせてもらうわ」そう言うとモンゴリーは俺に向けて手を差し伸べた。彼女の手から黒いモヤのような物が発生して俺の体を包み込む。 引き寄せられるよいな感覚に俺は抵抗する。


「キーちゃん! モンゴリー、あなたの思惑通りにはいかないわ!」シオリさんが叫ぶとキーちゃんの体が輝く。


「やっと、僕の出番だキー!」


「おいらもいるグー!」グーちゃんも姿を見せた。 初めてこの二匹の声を聞いたはずなのに何故か聞き覚えのあるように感じた。二匹の体が四散したかと思うと、コウの両手首に黒と黄色のブレスレッドがそれぞれ姿を見せた。


「こ、これは?」そのブレスレッドが現れた瞬間、モンゴリーの呪縛から解き放たれたように体が自由になった。


「どういうこと、その獣魔達は一体何者?」モンゴリーは苦虫をすり潰したような顔でシオリさんを睨みつけた。


「コウ君が戦ったあの子達は獣魔では無かったのよ。私が用意した妖精達よ。モンゴリーの体にコウ君が戻らないようにする為に、この子達の力を吸収してもらったの。今の、コウ君は魔界人よりも、天界人により近い存在になっているはずよ。もうあなたと一緒になることは無いでしょう」シオリさんは髪を掻き揚げた。


「姑息な真似を・・・・・・!」そう言うとモンゴリーの体から黒いオーラのようなものが発せられる。


「気をつけて! コウ君の力が無くてもモンゴリーは強敵よ!」シオリさんが大きな声で叫んだ。


「ナオミ! 魔法円から魔物を召喚しなさい!」エリザが声を上げる。


「は、はい!」急に自分の名前を呼ばれナオミは驚いた様子であった。彼女が手甲を装着している手で円を描いくとその軌道に沿って闇が発生した。ナオミが開いた魔法円の中から、伝説の生き物『麒麟』が姿を現した。


「す、すごい!」俺は驚愕の声をあげる。


「ほ、本当に凄いわ! こんな強力な生き物を召喚するなんて?!」エリザは驚いた様子であった。


「モンゴリーをやっつけて!」ナオミが命令すると、麒麟は雄叫びをあげながらモンゴリー目掛けて走っていく。 モンゴリーは小さく微笑むと体半分横に移動して、麒麟の攻撃をかわしてから、彼の尻に回し蹴りをお見舞いした。

 麒麟は悲痛な雄叫びをあげながら、魔法円の中に逃げ帰っていった。


「あ、あれ?」ナオミが口を開いたまま唖然としている。


「・・・・・・見かけ倒しのようね」エリザは大きく溜息をついた。


「次、イツミ! イツミがやるね!」イツミちゃんは可愛く手を上げると、両手を組んで祈るような仕草をした。 彼女の体から黄色の光が放たれ魔法衣が弾け飛び、体が変化していく。 あっという間に、イツミちゃんの体が大きな竜に変わった。


「す、すごい!」俺は再び驚愕の声をあげた。


「本当に凄いけど・・・・・・・、さっきと同じじゃ」言いながらエリザはナオミをチラ見した。 ナオミは何かを誤魔化すように上を見ながら口笛を吹いている。


「行くよ!」竜に姿を変えたイツミちゃんは大きく息を吸い込むと、口から火炎を吹き出した。


「ちっ!」モンゴリー舌打ちをしてから炎を弾き返した。竜は間髪入れずに無数の火炎攻撃を繰り広げた。その攻撃も難なくかわしていく。

 竜の体力が激しく消耗して、炎の勢いが弱くなってきた。モンゴリーは薄笑いを浮かべたかと思うと、竜の尻辺りを指差して火炎を発射した。

 竜は大きな悲鳴を上げたかと思うと、イツミちゃんの姿に戻った。「熱っ! 熱っ!」尻の辺りを押さえながら彼女は俺達の回りを走り回った。シオリさんが指から冷気を発してイツミちゃんの尻を冷やしてやった。


「シオリお姉ちゃん、有難う・・・・・・」イツミちゃんはグッタリしていた。


「どういたしまして」


「どうやら、一旦引いたほうが良さそうね。改めて私の体の一部を回収にくるわ。コウ、それまで待っていてね、ウフフフフ」そう言うとモンゴリーは姿を消した。


「シオリ様・・・・・・・」天使のソーシャが情けない声を出した。


「今まで御免ね。ソーシャ」シオリさんは変身を解いて制服に戻った、そのまま優しくソーシャの頭を撫でた。

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