第11話 映画

「相変わらずどんよりとした鬱陶しい天気ね」詩織さんは綺麗な白のブラウスにジーパン地のミニスカートを履いていた。スカートから出た足が見事な曲線を描いて美しい。 まるで彫刻のようであった。

 すれ違う人達は老若男女を問わず詩織さんの歩く姿に目を奪われている様子であった。

 その隣を少しがに股で歩く俺はさぞかし滑稽であろう。


「本当ですね!」俺は精一杯伸びをした。せっかくの外出にあいにくの天気であった。

 詩織さんが少し祈るように両手を重ねた。

 俺達の周りだけ久しぶりに日光が当たるように雲に裂け目が出来た。


「ふふふ」詩織さんが微笑んだ。直美よりは少し大人びた笑顔だ。


「あれ? そういえば今朝のテレビで、今日は大雨だって・・・・・・・」朝のワイドショーの天気予報で、今日一日の降水確率が百パーセントと予報士が言っていたことを思い出した。


「えっ、そうなの? 知らなかったわ」詩織さんが何故か目を逸らした。


「詩織さん、まさか」彼女は『荒天術』という技をつかうことが出来る。自然界の物質を自由に操ることが出来て、天候の書き換えも思いのままであった。ただし、急激な変化は自然のバランスを崩してしまうので慎むようにモンゴリーから言われていたはずであった。


「少しくらい大丈夫よ」詩織さんは長い黒髪を掻き揚げた。


「本当ですか?」詩織さんが発した言葉の根拠はわからなかった。まあ、今更言ったところで手遅れなので追求はしないことにする。


「その、狐みたいな子、本当に貴方によくなついているわね」詩織さんは俺の肩の辺りを見ていた。 そこには、キーちゃんが大人しく乗っている。 普通の人間には彼の姿は見えないのだが、魔力を持ったものには彼の姿を確認することが可能であった。 初めて会った時の凶暴性は完全に消えていた。


「キーちゃんは、ここが指定席になっていますから」俺はキーちゃんの頭を撫でた。


「そう、完全な二人きりになるのは、なかなか難しいわね」詩織さんもキーちゃんの頭を撫でる。 彼はすごく気持ち良さそうに目を細めていた。


「ところで、今日はどうしたんです、何か俺に話しでもあるのですか?」詩織さんの事だから、最近のことで何か思い当たることでもあって、俺を呼び出したのだろう。 周りの皆を欺くために、デートを装って・・・・・・・・。


「いえ、別に何も無いわよ。ただのデートよ。私とじゃテンション上がらないかしら」詩織さんは少し意地悪そうな表情をした。


「いいえ、そんな・・・・・・・そうか、誰かに見られているかもしれないから、あくまでデートのふりをするということですね」詩織さんの本意が解って俺のテンションが上がった。

「えっ、本当にただのデートなのだけど・・・・・・」言いながら詩織さんが、歩いていく。 さすが、さすがで詩織さん! この人は徹底している。


「解りました、俺も敵に感づかれないように心がけます!」


「なんの事か解らないけど、まあいいわ」言いながら詩織さんは腕を絡めてきた。 豊満な胸が俺の肘に当たる。その感触に体が硬直するが俺はあくまでクールな彼氏を演じるつもりでいた。



「お兄ちゃんきっと勃っているよ! あれ」愛美が電柱の影から、幸太郎達の様子を観察している。


「もう、アンタ何言っているのよ! 下ネタ大魔王か?!」直美が愛美の頭をコツンと叩いた。


「痛いよ! お姉ちゃん」叩かれた辺りを両手でゴシゴシしている。


「アンタが変なこと言うからでしょう、全く・・・・・・・」直美は呆れ顔で両腕を組んでいる。


「あっ、詩織お姉さま達行っちゃうよ」愛美が指差す先で、幸太郎と詩織は移動を開始した。


「愛美、解っている?二人に感づかれないように尾行するのよ!」直美は人差し指を口元に当て少し声を絞って呟いた。


「解っているけど・・・・・・・なんで尾行なんか」愛美は少し納得がいかない顔をしていた。彼女の本心は自分の部屋でお気に入りのアニメを鑑賞していたかった。でも、姉の直美が二人っきりにしては駄目だと何度もいう為、仕方なくお付き合いしている。


「何処に行く気かしら」直美は少し歯ぎしりをするように、イラついていた。


「そんなに気になるのだったら、直美お姉ちゃんも幸太郎お兄ちゃんをデートに誘えばいいのに」愛美が直美を見上げて言った。


「な、なんで私が、幸太郎君とデ、デートをしないといけないのよ! 冗談じゃないわ!」言いながら直美は顔を真っ赤に染めている。 明らかに動揺しているのがわかった。


「はい、はい」愛美は呆れるように頷いた。




「幸太郎君は見たい映画とかある?」詩織さんが突然リクエストしてきた。俺は腕に当たる感触と緊張感でろくに考えが働かない状態であった。


「え、映画ですか? ・・・・・・・そうですね」何時の間にか、新しく出来たシネコンの前に来ていた。目前には大きなカウンターがあり、様々な映画のチケットを販売している。


「あれなんか、どうかしら?」詩織さんが指定した映画は、ファンタジーラブロマンス物であった。


「えっ、恋愛物ですか・・・・・・・・」どちらかというとSFアクション映画のほうが好みなのだが・・・・・・・。


「いいじゃない、たまにはこういうのも見ないと心が汚れるわよ」俺の希望は特に気にしない様子で詩織さんは映画のチケットを二枚購入した。「ポップコーンも買いましょう」詩織さんが支払いを済ますと店員がポップコーンの入った大きなカップを差し出した。

「で、でかい!」その大きさに俺は圧倒された。


「ちょうど、始まるから中に入りましょう」詩織さんは俺の手を引き、劇場に移動した。



「ねえ、詩織お姉さま達映画館に入っちゃうよ!」愛美は慌てるように言った。


「うっ、仕方ない。 私達も入りましょう」直美は詩織達の姿が見えなくなった事を確認してからカウンターに駆け寄った。


「お姉ちゃん。愛美お小遣いそんなに持ってないよ!」愛美は自分のサイフを覗き込みながら懇願した。


「わ、私が出してあげるわよ」直美は学生のチケットを二枚購入した。


「ねえ、ねえ、愛美もポップコーンとジュースが欲しいよ!」愛美はまたしても懇願した。


「わ、解ったわよ!」直美は愛美に言われるままに、ポップコーンとジュースを購入した。 今月のお小遣いはこれでスッカラカンであった。少し涙が出そうになった。


「そういえば、愛美の能力を使って劇場の中にテレポートすれば・・・・・・・・」お金が無くなったことで直美の思考は少し悪に偏っていた。


「悪い事に力を使っては駄目だよ」愛美がポップコーンを口の中に放り込みながら言った。身銭を切っていないので、彼女は余裕の様子である。


「ちっ」直美は少し複雑な表情を浮かべた。



 館内が少し暗くなってスクリーンに映像が映しだされた。

 毎度お馴染みの映画泥棒の映像が流れている。


「少し頂戴するわね」詩織さんはポップコーンを口の中に放り込んだ。


「ええ」とても俺一人で食べられる量では無いのでもちろん手伝って頂きたい。

 少し長めの映画予告が終了して本編が始まった。

 スクリーンの中の光景は真っ白な雲の中から、青い空に飛び出していく。ゆっくりとカメラアングルが下に移動していく、目の前には緑の雄大な台地が広がっている。なんとなく癒される光景だ。

 緑の中を、数匹の羊を連れた人影が歩いていく。俺と背格好がよく似た羊飼いの少年だった。


 

「ねえねえ、お姉ちゃんこの映画面白いの? 愛美はアニメのほうが良かったよ」言いながら彼女はポップコーンで口の中を一杯にしていた。 まるでハムスターが餌を隠しているようであった。


「しっ! 気づかれちゃうでしょ」直美は人差し指を口に当て、愛美の声を出さないように合図した。直美達の席は、幸太郎と詩織の席から斜め少し後ろであった。

 あまり、人気の無い映画なのか入場している観客は少なかった。直美は映像よりも、幸太郎達の様子を注視している。


「つまんないな・・・・・・・」愛美はひたすらポップコーンとジュースを交互に口に流し込んでいる。

「しっ! あっ、あんなにくっ付いて!」直美は頬を膨らませながら拗ねたような顔をしていた。


 なんだかよく解らない映画だ。わがままなお姫様が悪魔にさらわれて、お姫様に成りすました悪魔が城の中で暮らしている。そして求婚してくる他国の美しい王子達を片っ端から魂を抜いて彫刻にしていく。その異変に気づいた羊使いの少年がお姫様救出の為に悪魔に挑むというものであった。

 詩織さんはスクリーンに見入っている様子であった。 その横顔は凛々しくて美しい。

詩織さんの顔をジッと見続けるのもなんなので、映画に集中しようと努力する・・・・・・・、。俺は彼女に気づかれないように欠伸をかみ殺した。


「私とじゃ退屈かしら」詩織さんは小さな声で聞いてきた。


「い、いえそういうわけでは無いのですけど」


「そう・・・・・・」ポップコーンを一掴みして、彼女は口に含んだ。「たしかにあまり面白い映画ではないわね」彼女は肘掛に頬杖うをついた。

 もう一度、映画に集中することにする。

 俺がこの映画の中の役者だとすると、俺はあの羊飼いの主人公。 お姫様は・・・・・・・直美あたりであろうか、詩織さんは少し綺麗過ぎる。どちらかというと妖艶な悪魔の役が良いかななどと考えた。 それと愛美ちゃんは主人公の妹辺りかな・・・・・・・などと考えていると急に眠気が襲ってきた。瞼が重くなって眠りの底に意識は落ちていった。

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