第3話

 それから泰明と楓は夕食をとり、今後のことを話し合った。


「過激派の行動について、共存派や同盟関係の人達には?」

「もう報告した。先ほどの電話で、双方にな」


 だから時間が必要だったということか。

 長電話の理由を知り、楓が納得していると、泰明は真剣な表情で続けた。


「どうやら以前から過激派の関与を疑っていたらしい。一連の失踪事件が誘拐事件で、過激派の仕業ということも明確になったから、積極的に奴らのアジトを探す方針になったそうだ」

「つまりこれからは警官だけでなく、共存派の魔物もパトロールに加わるということなの?」

「そうだ。全員優秀だから安心しろ。あいつらがいれば、過激派も迂闊に誘拐事件など起こせないだろう」


 泰明の言葉からは、仲間への信頼が感じ取れる。

 表情も誇らしげだ。


「問題はお前の現状だ」

「私?」

「達也はお前を誘拐し損なった上に、事件の黒幕が過激派だという話もお前に聞かれた。そのことを、奴は間違いなく過激派のメンバーに報告するはずだ」

「あっ……!」


 思わず楓は声を上げて青ざめた。

 自分の状況の危うさに気づいたのだ。


「過激派がここの住所を調べ上げて……近い内に襲撃してくる可能性が高いってこと……?」


 呟き、震える楓。

 そんな彼女を安心させようとするように、泰明は穏やかな表情で口を開いた。


「心配するな。しばらく共存派のアジトにかくまってもらえるよう、俺が頼んでおいた」

「共存派の?」

「セキュリティは万全で常駐のメンバーも多いから、ここよりは安全だ」


 彼が言い終えた直後。

 外から車の走行音が聞こえてきた。


「来たか」


 窓の方へ歩み寄りながら呟く泰明。

 楓も後に続き、問いかけた。


「どうしたの?」

「お前をアジトにかくまう許可をもらった。その迎えの車が到着したんだ。もちろん尾行を警戒しなければならないから、そのままアジトへ直行するというわけではないがな」


 そこで楓の方へ顔を向けると、泰明は申し訳なさそうな表情を浮かべた。


「すぐにお前の安全確保をするならこれしか方法がなかったが……勝手に話を進めてしまってすまない」

「そんな……謝ることないわ……!」


 楓は慌てて言った。

 泰明は彼女の安全を考え、早急に解決策を実行しただけだ。

 感謝こそしても、咎めるわけがない。


「そうか……ありがとう」


 短く会話し、歩き始める両者。

 玄関に向かいながら、楓は思った。


(守られているだけなのは……嫌)


 泰明と達也。

 彼らの戦いを、楓は見ていることしかできなかった。

 完全に足手まといだったのだ。

 魔物の強さを考えれば当然であり、本来なら決して気に病むことではない。

 しかし楓は守られるだけの自分を情けなく感じている。

 元々、誰かに頼りっぱなしなのを良しとする性格ではないのだ。


(私も強くなりたい……父さんと肩を並べて戦えるぐらいに……!)

 

 心の中で、楓は決意した。



 ※※※



 町中にあるビルの一室。

 机と椅子、本棚以外は何も置かれていない殺風景な部屋に、二名の男性がいた。

 片方は達也。

 そして残る一名は椅子に座り込み、白いスーツを着た黒髪の大男だ。

 氷のように冷たい眼光と、二メートル以上の長身が印象的である。

 肩幅の広さや全体的な筋肉の厚みは達也を遥かに上回り、その巨躯にみなぎる力強さは凄まじい。

 只者でないことは明白だ。


「報告は以上です、神威かむいさん」


 言い終えると、達也は姿勢を正した。

 緊張しているのだ。

 かなり長い付き合いだというのに、まったく慣れることができない。


(神威さん……少し機嫌が悪そうだな)


 達也は心の中で呟き、生唾を飲んだ。

 機嫌が悪くとも、神威は部下へ当たり散らして暴力を振るったりしない。

 そんなことは分かっている。

 しかし彼のあまりにも強烈な威圧感と異質な闘気には、どうしても敬意と同時に恐怖を感じてしまうのだ。

 達也に限らず、過激派の魔物は全員そうだろう。

 

「百人目も駄目か」


 低い声で、神威は言った。


「分かっていたことではあるが、やはり成功率は低いようだな」

「はい」


 即座に同意する達也。


「ですが、まだ数多くの実験体が残っています。その内の誰か一人でも成功していれば良いのですから、そう絶望的な状況でもありませんよ」

「ああ」


 相槌を打つと、神威は目の前の机に顔を向けた。

 視線の先には分厚いファイルがある。


「……」


 それを手に取り、静かにページをめくっていくと、数秒で神威は動きを止めた。

 

「まさか泰明に引き取られているとは、思わなかったぞ」


 小さな写真が幾つも貼られたページを眺めながら彼は呟いた。

 正確には、その内の一枚。

 そこに写っている少女は楓だ。


「楓と名付けられたらしいが、彼女は成功してそうだったか?」

「どうでしょうか……検査してみないことには分かりません」

「確かにな」


 言って忌々しげな表情を浮かべる神威。


「それに誘拐事件の黒幕が過激派ということを、泰明に知られてしまった。ならば奴を通じて、共存派にも情報が伝わったと考えるべきか」


 椅子の背もたれに寄りかかりながら、彼は続けた。


「今までよりも慎重に実験体を誘拐していく必要があるな。少なくとも計画の最終段階へ至るまでは、共存派との本格的な戦いは避けたい」

「分かっています。だから今まで隠密行動と証拠隠滅を徹底させてきたのですから」

「ならば、泰明が一緒にいる状況で楓の誘拐を試みるのは避けてほしかったな」


 呟き、神威は眼光を鋭くした。

 それだけで室内の空気が重くなったように感じ、達也は大量の冷や汗を流してしまう。

 次第に心臓の鼓動が早まり、呼吸も荒くなっていく彼に対し、神威は静かな口調で続けた。


「楓を狙うなら、彼女と泰明が一緒にいない状況で狙うべきだった」

「はい……申し訳ありませんでした……!」

「分かったなら結構だ。二度と同じ失敗をするな」


 その言葉に達也が小さく頷いた直後。

 神威はファイルを閉じ、机の上に置いた。


「今後パトロールに共存派の魔物も加わるはずだ。迂闊な行動は控えろ」

「承知しました」

「後は楓をどうするかだな。泰明なら襲撃の可能性を考えて、彼女を他の場所へ移動させるはずだ。あるいは既に移動中かもしれん」

「楓と泰明が住んでいる家の住所は既に調べてあります。今すぐ向かえば間に合うかと思います」

「ああ。尾行は綾乃と以蔵に任せるとしよう」


 綾乃、以蔵。

 どちらも隠密行動技術に優れ、尾行や監視を得意としている。

 もちろん直接戦闘でも弱くはない。


「楓の移動先が共存派関係の施設だったら手を出すなと、しっかり綾乃達に厳命しておかねばならんな。今のところ、楓だけにこだわる理由もない」

「確かに」

「お前や他のメンバーがやることは、今まで通り誘拐だ。くれぐれも慎重にな」

「はい!」


 返事をすると達也は一礼し、部屋から去っていった。

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