第三話 『成人の儀』は仄暗く

「は……? はあぁぁぁ〜ッ⁉︎」


 屋根がすっかり吹き飛んで、瓦礫がれきが散らばる神殿で俺は思わず大声を上げた。

 未だにホコリがもうもうと立ち込めていて、里の面々は咳き込みながらも、俺の方を注視してる。


「いいから落ち着きなッ‼︎ アンタの加護は、だよ! 

……それとも何かい、アタシの言う事が信じられないってのかい?

アルフォンス! アンタはこの重き使命を担う定めにあるんだよッ!」


 司祭役のアーシェ婆が、怒気と共に魔力を溢れさせた。

 ただそれだけで、何本かの石柱を残して、神殿の壁が吹き飛んだ。


 後ろではダグ爺を始め、里の男性陣がガタガタ震えてるが、今はそれどころじゃない。


 俺の担当守護神と加護が決定して、アーシェ婆に告げられたけど、俺の人生は、この神殿みたいに何もかもが吹き飛ばされた気がしていた。




 ※ ※ ※




─── 数刻前


 その朝。

 俺は目を覚ますと、はやる心を鎮めるように、日課の鍛錬たんれんに出かけた。

 まだベッドには、俺の隣で黒い触手の塊が寝息を立ててたけど、またいつのまにかに潜り込んでいたらしい。

 このにも困ったもんだよ。


『……う〜ん。お兄ちゃん、おはよう』


 なんて、これが本当に可愛い『妹』だったら、それを聞くために起こしたかも知れないが、当然そうではないのでそっと抜け出した。


 なんか俺の体のあちこちに、の触手の粘液がついてる。

 またシーツ洗わなきゃいけないのか……と、一瞬凹んだものの、はやる気持ちは俺の背中を押し続けていた。

 身だしなみを整えて、外で剣を振っていたけど、やはり気持ちは嫌でもたかぶっている。



─── 成人の儀



 この世の子供は皆が憧れる、成人として認められ、真の大人になるための儀式だ。

 そして、成人になるってだけじゃなくて、自分の運命を確定される日でもある。


  との契約、そしてが与えられる日だ。


 細かい事は知らないけど『マナのしずく』と呼ばれる石に触れる事で、自分の守護神が判明して契約が結ばれるのが『成人の儀』だ。

 この儀式をしてこそ、生来与えられていた、その加護を受けられる。

 自分の守護神との、本契約の時なんだとか。


 加護の運命は強く、生涯の職業がほぼ決まるくらい強大で、逆に言えば人は儀式を受けられる十六歳までは弱く曖昧な存在だとも言える。


 ……それより先にマナの雫に触れても、自身の持つ魔力の弱さと、それまでに確定している運命の不確かさで反応しない。

 理由は分からないけど、十六歳になった頃からじゃないと、この儀式は意味を成さないらしい。


 一般的には守護神も大事だけど、その加護の内容が大事だ。

 中にはいいとこのお嬢様が、良い神の一柱に選ばれたものの、よりにもよってに適した加護を受け、家を追い出されたなんて話もある。

 とにかく守護神と加護が、一体何なのかが大事って事だ。


 そして何より皆が憧れるものと言えば、かつて魔王フォーネウスを倒した勇者ハンネスと、その守護神『調律神オルネア』と、その加護『オルネアの聖騎士パラディン』……!


 三百年前に調律神オルネアの加護を受けた勇者ハンネスは、当時のアルザス王国の全面協力のもとに魔王軍を討伐。

 力と知恵、そして人々の希望を奇跡に変えて……


─── 魔王フォーネウスとその配下の魔公将まこうしょう四柱を倒し、世界に平和をもたらした


 世界中の子供たちは皆、これを物語にした絵本を読んで育ち、強く強く憧れるものだ。 

 もちろん俺だってその一人だし、年甲斐もないとは分かっていても、もしかしたら自分がって期待してた。

 まだこの里に来る前に、義父さんに買ってもらった『勇者伝』は、ボロボロになるまで読んで、今も俺の本棚にいる。


 そんな事は有り得ないって思ってても、やっぱり憧れるものだよ。

 そのもしかしてが、今日はっきりすると思うと、諦めの気持ちを払拭するように、期待は膨らんでいた……『オルネアの聖騎士パラディン』に選ばれる事を!


 まだラプセルに来る前の旅の途中、何処かの街で成人の儀を見た事があった。

 荘厳そうごんな教会の中央で、法衣を着た僧侶と沢山の人に見守られて、数人の若者が順番にマナの雫に触れていた。


 成人前の魔力は皆、無色透明で弱々しくまとっているものだけど、それが雫に触れた途端にそれぞれの加護を現す色に変化して膨れ上がる。

 その状態で祝福を受けた紙に触れると、その守護神と加護が描き出されていた。


 偶然その時、一番弱々しい人が『戦士』の加護を受けて、皆が大盛り上がりしてたっけ。

 お兄さん真っ赤になって喜んでたなぁ。


 流石に俺が『オルネアの聖騎士』の加護を受ける事は無いにせよ、やっぱり自分が何者になるのかは気になる……!


 そうこうしている内に、時間が近づいた。

 お湯も出せるってのに、浴室であえて水浴びをして身を清め、いつもよりちょっとだけちゃんとした服に着替えて、里の奥にあるアーシェ婆のいる神殿へと向かった。


「いよう! アル坊、一丁前に緊張してんのか? うははは‼︎」


 里の雑貨職人ガセ爺だ。

 ドワーフ族らしくやかましくて、大の酒好きだけど、元はどっかの都で有名な鍛治師かじしだったらしい。

 ちなみに朝からもう酒臭い。

 昨日の酒か、朝からもう始めたのか……。


「おはようガセ爺! そりゃあ緊張もするさ。一生もんだし」


「なぁに、どんな守護神だろうが、どんな加護だろうが関係ねぇ。お前さんにやりたい事がありゃあな! うははは‼︎」


 笑いの沸点が低いというか、ガセ爺の場合は語尾のように大笑いが入る。

 普段から大鎚おおづちを振るってるから、脳が揺れすぎたんじゃないかとアーシェ婆は言ってるけど……。

 そんな状態で、俺に鍛治仕事と武器の扱い、物の流通とか経済の概念を教えてくれたのだから、何とも不思議なものだ。

 大雑把に見えて、金の計算とか、必要な資材とか資金の勘定は色々心配になるくらい速く正確。


 まあ、この里は基本物々交換、もしくは対価労働が主な支え合い社会なので、それが役に立った事は意外と少ない。


「おお、もうみんな集まっとるな! ほら早う行ってこい! うははは‼︎」


─── ドッパーンッ!


 ドワーフの馬鹿力で背中に平手打ちの気合いを入れられて、あまりの痛さにちょっとだけ涙目になったけど、祭壇の中央を見て直ぐに気持ちが引き締まった。


 すでにほのかな光をたたえて、マナの雫がそこに浮いている。

 その先には司祭役のアーシェ婆が、いつもは着ない法衣をしっかり着こなして、神々しい錫杖しゃくじょうを持って立っていた。

 見慣れた神殿が、何も変わってはいないのに、いつもより厳かで品格のあるものに見えさえするから不思議だ。


「よう来たなアルフォンス。さあ、今日はお前の晴れの日。覚悟を決めて『マナの雫』に触れるが良い」


 アーシェ婆の厳かな声にいざなわれ、祭壇の前まで歩いて、俺はふと後ろを振り返った。


─── 後見人で武術の師ダグ爺

普段見たことの無い、前合わせの見事な民族衣装を着て胸を張ってる


 鍛治師のガセ爺。

 何故か真新しい作業服とエプロンで、ニッコニコで鼻をすすってる。


 イケメン薬師のシモン。

 シンプルな出で立ちで、いつもよりちょっとキレイめにしただけなのに、その姿はダイヤモンズ。


 教師で医者で精霊術の師セラ婆。

いつも清楚だけど、珍しく白を基調とした、華やかなレースの美しいドレスを着て、早くも涙ぐんでハンカチを口元に当ててる。


 そして魔術と呪術の師アーシェ婆。

初めてみる格式高い神官風の礼装で、黒を基調としながらも、要所に金糸銀糸の刺繍ししゅうが散りばめられた神々しい姿に、弟子として誇らしくもなる。


 これがこの里の住人達の全て、俺の家族だ。


 俺を育ててくれた人達が、俺の将来を見守ってくれている。

 ダグ爺なんか涙交じりに、父さんの形見の曲刀を誇らしげに掲げていたし、住人のみんなから温かく背中を押してもらえている気がした。


 そこから一歩飛び出した足元には、俺のペットの『妹』もウネウネと触手を振っている。

 後でちゃんと下に垂れてる粘液拭いておかなきゃな。

 可愛いやつめ……。


─── 胸が熱く高鳴る


 雫に触れた時、俺にはどんな魔力が宿るのだろう。

 俺の進むべき道は、一体どんなものなのだろう。


 もう一度祭壇にある雫に向き直り、目を閉じると、心をただ静かに鎮める。

 そうしていたら、呼ばれたような気がして、気がつけば手がマナの雫へと伸びていた。


 そして、俺はそっとマナの雫を両手で包み込む。


 固い石の手触り、しかし、自分の肌のように温かい。

 ……そう感じた刹那、俺の体から轟音ごうおんと共に紫がかった黒い魔力が爆発的に膨れ上がり、青白い光が天へと突き抜けた。

 更に膨張を続ける魔力は、神殿の石柱をいくつか吹っ飛ばして、俺の周りをゴウゴウと渦巻く。

 あれ? 体が光る程度じゃねえの⁉︎


 呆気に取られて立ち尽くすしかない。

 いや、魔力を抑えようにも、こんな膨大な魔力を制御する術なんて俺は知らない……!

 その魔力は空気と激しくぶつかって、強烈な光を発しながら、何度も爆発しつつ膨張を続けていた。


 魔力の爆風に吹き飛ばされたアーシェ婆が、防御結界ごと後ろの壁にめり込んでいるのが薄っすら見える。

 わぁーこれ、後で怒鳴り殺されるやつだ……。



─── ドクッ……ドクンッ ドクンッ……



 首の周りと胸元に焼け付くような痛みと、強烈な脈動が起こった。

 それは段々と背中の何ヶ所かにも広がり、一段と熱量を上げると、やがて静まっていく。


 脈動が治るに連れ、魔力の膨張が収縮し、辺りは死滅したマナの残滓ざんしょうで黒い霧が立ち込めている。

 それに触れたそこらの小さな精霊達が、真っ逆さまに地面に落ち、仄かな光を発して消えていった。

 なんだか凄く申し訳ない。


 瓦礫の落ちるガラガラとか、パラパラって音がなくなる頃、住人達が這い出て来る気配がした。


 みんなすすだらけだけど無事らしい。

 ダグ爺も、ガセ爺も、シモンも、セラ婆も、後はよく知らない美少女も、黒い霧を払いながらこっちを見ていた。

 皆んな一張羅いっちょうらで来てくれてたのに、酷く申し訳ない……


─── あん? ⁉︎


 十三〜四歳って所だろうか。クリクリの赤毛に真っ白い肌と真紅の瞳。

 女の子に免疫がないとは言え、それがどエライ美少女である事は確かで、まだ幼い顔なのに思わず見惚れてしまった。


 言っておくが俺はロリ好きじゃない。

 それでも釘付けになる程、可愛いというより、信じられないくらい美しい少女だった。

 その子がこっちを見て口を開く。


「……大丈夫? 


 だ、誰⁉


 なんかこっち見て『おにいちゃ』とか言ったけど。

 あれ? もしかして俺の後ろに、この子のお兄ちゃんでもいるの? 爆発に巻き込まれちゃった?

 混乱し切った頭でそう考え、少女の視線の先は俺だけども、その先の更に後方の祭壇に向き直る。


 いや、そこには壁から剥がれるように落ちたアーシェ婆が、咳き込みながら錫杖しゃくじょうを杖代わりに起き上がろうとしているだけだ。


「だ、大丈夫か……アーシェ……婆……⁉︎」


 怪しい光を放つ両目で俺を睨んだアーシェ婆は、黒い霧の中、自らの懐に手を入れてまさぐりながら、俺に向かってツカツカと歩いて来る。

 美少女に見惚れた直後にこのギャップか!


 思わず後ずさる俺に手を伸ばし、ガッチリ掴んだ俺の手に、アーシェ婆は懐から取り出したカードを掴ませた。


 成人の儀で、加護以外にもうひとつ人々が手にする大人のステータス。

 守護神と加護の詳細が表示される『加護カード』ってやつだ。


 余りの出来事の連続に、完全に忘れてた。

 アーシェ婆が急に自分の乳いじくり出したのかと思って頭真っ白、肝が冷えっ冷えで思わず『チェンジッ』って言いそうになったわい。


 落ち着いて、渡された加護カードに気持ちを向ける。


 うわ、ちょっと温か〜い……。

 とか思った瞬間、カードが薄ぼんやり光って、文字が浮かび上がる。

 その瞬間、ヒートアップしたアーシェ婆に、俺の加護カードがひったくられた。


「……こ、これは……ッ!」


 その文字を読んでアーシェ婆が目を見開いた。

 普段感情的な彼女ではあったが、驚きや恐怖の表情を見せる事は、あまりなかったように思う。

 そのアーシェ婆が打ち震えるとは。


 あれ、これはもしかして……もしかして……‼

 俺の守護神と加護はあの勇者と同じ……⁉︎


「な、何て書いてあったんだよアーシェ婆! 早く、早く教えてくれよ‼︎」


 不安と期待の混じり合った興奮が、思わず声を荒げさせてしまう。


「いや……そんな、まさか……アルフォンスが……」


「─── ッ! い、いいから教えてくれ‼︎」


 小刻みに肩を震わせて、アーシェ婆は顔を伏せ、俺にカードを見せないように握り込んでいる。


「俺、どんな運命でも受け入れるから! もう覚悟は出来てる!

……婆ちゃん達に教わった事、大切にするからさぁ……。教えてくr」


─── バッ!


 俺が言い終わるより先に、アーシェ婆はうつむいたまま、震えた手でカードを提示した。


「えーと守護神は……。

…………? ⁇ ……! ……⁉︎」


 俺の言葉が詰まった瞬間、アーシェ婆は勢いよく顔を上げ、続きを読み上げた。



「守護神は『幼女』ッ! 得た加護は『幼女の騎士』ッ!

ぶふっ、アルフォンス。お主は『幼女』との契約を果たしたの……ぐふふ……じゃッ!」



 後ろの方でダグ爺が曲刀を落とす音がした。

 いや、俺の中でも色んな何かが落ちてく音が鳴り響いていたけどね?


─── そこからは冒頭の通りさ


 ……まさか、ここから旅立たなきゃいけない事になるとは思いもしなかったよ。

 混乱する事が多過ぎて、この時は何が何だかわからなかったなぁ。


 ……だいたい『幼女の騎士』ってさ、幼女を守る騎士なのか、幼女が騎士なのか曖昧すぎるしね。

 その時は俺が幼女になって、騎士になるのかなって、血迷いまくったよね─── 。




『【アルフォンス・ゴールマインの懺悔】より』 

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