第5話

「ありがとう、助かったよ」


 授業後、僕は白銀さんにお礼を伝えた。


「いえいえ、転校初日だとまだ持っていないんだろうなぁ……と思っていたので」

「白銀さんは本当に気配りが上手だね。羨ましいよ」

「そんなそんな……私なんて全くですよ」


 ここまでヘコヘコと謙遜されると、逆に僕が頭を下げたくなってしまう。でも、悪い気分になる訳でもないし、僕も彼女を見習わないとだね。


「あっ、机はそのままでいいですよ?次の授業でも教科書をお見せするので!」

「それだと今日一日お世話になっちゃうけど」

「全然大丈夫ですよ?転校生さんと仲良くなるチャンスですからね」


 机を持ち上げようとする僕を止め、優しく微笑んでくれる白銀さん。本人がそう言ってくれるのなら、僕は甘えさせてもらうとしよう。

 そう思ってもう一度お礼を言おうとすると、またあの3人組がやってきた。


「あなた、どういうつもり?麗子様と机をくっつけるなんて……」

「そうよ!F級がしゃしゃり出てるんじゃないわよ」

「麗子様の優しさに甘えないでもらえる?」


 口々に文句を言ってくる彼女らを、白銀さんは「まあまあ」と宥める。


「机の件は私の提案ですから。困っている人がいれば、助けてあげるのは当然ですよね?」


 まるで聖女のような声とセリフに、トゲトゲとしていた3人の心も次第に鎮まっていった。


「れ、麗子様がそう言うのなら……」

「私達に異論はありませんけど……」

「F級の人、あまり調子に乗らないでくださいよ?」


 彼女らはそう言って立ち去っていった。その背中を見送って、白銀さんはクスリと笑う。


「ごめんなさい、悪い子達じゃないんです。でも、男の子には少し厳しいみたいで……」

「大丈夫だよ、あーいうのには慣れてるから」


 僕のセリフに「あら」と声を漏らす彼女は、カクっと首を傾げながら聞いてくる。


「瑛斗さんって女の子慣れしている方ですか?」

「んー、慣れてないこともないかな」


 妹を色々と世話してる中で、女の子への接し方だとかその他諸々は教え込まれたからなぁ。


「そうなんですね……少し意外です」

「僕がF級だから?」

「いやいや!そういう事じゃなく、瑛斗さんはあまり女の子に興味が無いように見えたので……って、こんな言い方は失礼ですよね、ごめんなさい」


 すぐに頭を下げてくれる白銀さん。僕が気にしていないと伝えると、安心したように微笑んでくれる。

 それから2時間目の準備をしてきますと言って、教室を出ていった。


 僕は特にやることも無いから、ただただ席に座ってぼーっとクラスメイト達を見回してみる。

 イチャイチャしているカップルらしき2人組や、スマホで動画を見ながら大笑いしている男子生徒達、だらしなく足を広げて机に腰かけるギャル。

 色々な人がいるが、それほど昨日まで通っていた高校と変わりがあるようには見えない。僕自身が周りから避けられていることも含めて。

 バケツ男とモップ女はずっとこちらの様子を伺っているし、他にも悪意の含まれた視線を向けてくる人はチラホラといる。

 もしかすると、白銀さんのような優しい人の方が少ないのかもしれない。

 そんなことを思いながら視線を移動させていると、ふと彼女と目が合った。ホームルームの時に、騒ぐクラスメイト達を鎮めてくれたあの人。


 名前は確か――――――――――あれ?


 彼女はどうやら僕と同じで、周りに話し相手がいないらしく、スっと席から立ち上がると、慣れた動きで男子生徒の集団の横をすり抜けて、僕の机の前までやってきた。


「何見てたのよ」

「ごめん、名前思い出せなくて」

「……は?」


 思いっきり睨まれてしまった。

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