第5話 強そうな人

「おお、ほんとにあったな。隠れ里」

 民家がまばらにあるのを丘の上から確認し、のんきにそう言ったのは黒髪の男だ。

 周囲の風景に溶け込む濃い緑色のマントを羽織り、腰には短剣を差している。


「速いですよ、フレド隊長」

 やっとの事で森を抜け、男に追いついた青年が息を切らしながら言った。青年も男と同じマントを羽織っているが、腰には二本の長剣が差してあった。

「お前らが遅いんだよ」

 悪びれもせずにフレドが言った。


「あっ、いたいた。お父さん! 転移魔術を見せびらかしたいのは知ってるけど、むやみやたらと使わないでよ! 追いつくの大変なんだから!」

 二人に遅れて森を抜けてきた少女が言った。二人と同じマントを羽織っており、肩まで伸ばした髪は父であるフレドと同じ黒。疲れが浮かんでいるものの、強い意志を感じさせる鳶色の目をしていた。

「嗚呼、アルカ、お前を亡くしてから十六年間、男手一つで育てたというのにこのアーシャは俺に向かって文句ばかり言うんだぜ」

 亡くなった妻の形見の指輪に向かって、わざとらしくフレドが嘆く。


「まーたはじまったよ。ほら、カイルもなんか言ってやりなさいよ」

 アーシャが青年に声をかける。

「いや、隊長の転移魔術は実際すごいから……」

 困ったようにカイルが言った。

「そんなことだからお父さんがつけあがるのよ。びしっと言ってやりなさい、びしっと」

「いやあ、見る目のある部下を持って俺は幸せだなあ。そうだ、今度おじさんがいいところに連れてってやろう」

「いいところ、ですか?」

 カイルが聞いた。

「おう。地上の楽園だぜ。かわいい巨乳の女の子がいっぱいいてよ……」


「やめなさい、この中年!」


 アーシャが父親に蹴りを入れた。

「いてえな、おい! あーやだやだ、これだから貧乳は――」


「お・と・う・さ・ん?」


 穏やかな声だったがアーシャの顔には怒りを超えた凄絶な笑みが浮かんでいた。

「ま、まあまあ。隊長も悪気があって言ったわけじゃ……」

 カイルがフレドをかばう。

「そうだそうだ。無い物ねだりはみっともないぞー」

 カイルの影に隠れながらフレドが言った。

 アーシャの瞳に怒りの火が灯る。元々気の強そうな瞳をしているだけに怒りを宿した姿は強烈だった。


「カイル、なんとかしろ」

 フレドがせっついた。

「そんなこと言われても……ええと、アーシャはとても魅力的だと思うよ」

 なんとか出てきた言葉だった。

「なっ⁉ なに言ってるのよ! カイルのくせに!」

 アーシャの顔が怒りとは違う感情で赤く染まった。

「カイルのくせにはないだろ、アーシャ」

 ため息をついてカイルが言った。

「う、うるさい!」

 アーシャはそっぽを向いた。

「おーおー。若者はいいねえ。俺もお前らぐらいの年の頃はアルカの奴とそれはもう激しく……」


「うるさい!」


 アーシャの鉄拳が炸裂した。

「とにかく、地上の楽園とやらはだめよ。わかった?」

「よーくわかりました」

 殴られた頬をさすりながらフレドが言った。

 そんな二人の様子をカイルは苦笑しながら見ていた。

「ほら、みんな来たわよ。しゃんとして」

 森の方に目を向けたアーシャが言った。


 アーシャの言葉通り、緑のマントを羽織った数人の男たちが出てきた。

 アーシャ、カイルと男たちはフレドの前に跪いた。

「よし。全員そろったな。みんな知っての通り、今回の任務は帝国の部隊が作ったって噂の隠れ里の調査だ。ぶっちゃけ眉唾ものの情報だったが、面倒なことに当たりだったらしい。よって、これより現地の調査を開始する。攻撃される可能性もなくはない。用心は怠るな。以上だ。では、いくぞ」

「はっ!」

 部下たちの声にフレドは満足げにうなずいた。




「なんだこりゃあ……」

 里に入ったフレドたちは困惑していた。 

 里で見つけたのは死体となって転がる住人たちだった。

「調査どころじゃなくなっちまったな……」

 ぼやきつつもフレドは警戒を怠らない。

「フレド隊長」

 民家の中を調べさせていた部下の一人が声をかけてきた。

「どうだった?」

「室内には争った跡があります。貴重品も盗まれているようです。それと、その……」

 部下が口ごもる。

「どうした、遠慮しないで言ってみろ」

「中に、あの……子供の死体が……剣で貫かれたようです」

「まったく……」 

 部下の報告を受け、フレドはかぶりを振る。

「ひどい……」

 アーシャは息をのんだ。

「隊長」

 別の家を調べていたカイルがやってきた。


「おう。報告を聞こうか」

「はい。こちらも争った形跡があって、住人と思われる人物の死体を発見しました。それとこんなものが」

 そう言ってカイルが差し出したのは短剣だった。

 鞘には双頭の鷲の紋章があった。

「ロプレイジ帝国の紋章だな。やっぱ大当たりか」

「賊にやられたのかしら?」

 アーシャが聞いた。

「それはねーな。この短剣を授けられるのは帝国軍の中でもそこそこ腕のいい連中だけだ。賊ごときに遅れは取らねーよ」

 フレドが首を振った。

「賊の数が多かったのでは? この里はそれほど規模が大きくないですし」

 カイルが言った。

「それもないな。それだけの数の賊がいりゃあ、もっと道が荒れてるはずだ」

 そう言ってフレドが指し示した地面にはほとんど足跡がなかった。

「じゃあ、これは一体……」

 不安そうにカイルが言った。

「情報が足りねーな。もっと調べてみねーと」

「隊長! フレド隊長!」

 部下が慌てて走りながらフレドを呼んでいた。

「何か見つかったか?」

「はい。生存者がいました。少し離れたところにある石造りの建物です」

「よし、よくやった」

「ただ、かなりの重傷を負っていまして、もう一人を残して手当に当たらせています」

「急いだ方が良さそうだな」

 真剣な面持ちでフレドが言った。




「だいたいこれで全部かな」

 アルヴァンは里の民家を回って集めた金目のものを革袋に詰めて、担ぎ上げた。


――こんなもんか。しけた里だぜ。


 不満そうにフィーバルが言った。革袋はそれほど大きくはなかった。

「隠れ里だしね」


――で、これからどうするんだ?


「とりあえずはここを出るよ」


――その後は?


「帝国と王国ってどっちを壊すのが楽しいかな?」

 右手に持った簒奪する刃の黒い刀身に目を落としながらアルヴァンが言った。


――さあな。少なくともここをぶっ壊したのよりは楽しいだろうよ。それによ、どっちにしろ両方壊すんだろ。


 フィーバルの言葉にアルヴァンは笑みを浮かべた。


――いいね。それでこそ俺様の相棒だ。


「そういえばさ、僕の体、乗っ取らないの?」


――あー、その件か。はじめは乗っ取ってやろうかと思ったんだがな。心の中をのぞいてみたら今までの連中とは違って、面白そうな奴だったんでな。だが、俺様が退屈だと思ったらすぐに乗っ取るぜ。ちゃんと俺様を楽しませろよ、相棒。


 底冷えのするような声でフィーバルが囁く。


「いいよ」

 アルヴァンはあっさりとそう答え、さらに続けた。

「君の方こそ、僕を楽しませてよね」


――くっはっはっはっはっ。この俺様に意見しようってのかよ。


「だって相棒なんでしょ?」

 不思議そうにアルヴァンが言った。


――そりゃそう言ったがよ……くっはっはっはっはっはっ。

 こらえきれないというようにフィーバルは笑い続ける。


――こんなに笑ったのはいつ以来だろうな。全く、いい奴に巡り会えたもんだぜ。


「僕もそう思うよ」


――この話はこれくらいにしとくとして、狩りの時間だな、相棒。


「うん、わかってる。強そうな人がいるよね」

 アルヴァンの瞳は期待に輝いていた。

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