第48話:戦いの意義

 魔力の酷使により、刺すような激しい頭痛が続いている。


 ついに勝った。そう安堵した瞬間、魔物が霧散した地点が、爆ぜた。


 黒紫の光が拡散し、数人の村人を襲う。それから、すぐに光は収縮し、球体状の渦となってその場にとどまった。


 しかし、光を浴びた村人たちの体が、さきほどのヒュドラのように、黒紫の光でおおわれている。体を炎で焼かれているように、全身を払いながら、村人たちが苦痛の叫びを漏らす。


 なにかがおかしい。このままではよくないことが起こる。そんな予感がする。


 考える前に、僕は村人たちに手をかざし、リムーブの魔法を唱えていた。


 手の平から白い光が放たれ、村人たちをおおう禍々しい光が、浄化され、薄れていく。そして、完全に消える。苦しみから解放された村人たちは、力尽きたようにその場に倒れた。


 この魔法が効いたということは、やはりあの黒紫の光も魔力なのだ。


 僕自身も、意識を手放してしまいたいほどに、体と頭の痛みが増している。最後の力を振り絞り、魔力の球体に向かって、右手をかざしてリムーブを発動した。


 白い光を浴び、球体が小さくなっていく。なかなか、消えてなくならない。もうろうとしながら、自分の魔力を浴びせ続ける。やがて、球体は、さらに収縮していき、完全に消えた。


 それを見届け、僕の意識は、遠のいていった。


 次に目を開けた時には、女の村人の顔と、木々と、青い空が見えた。


 女の村人が、地面に横たわる僕の胸に手を当て、治癒の魔法を施していた。額に大粒の汗が浮かんでいる。かなり無理をして僕を治療しているのだろうか。


 少しずつ意識がはっきりしてきて、横たわったまま、あたりを見渡す。


 十数人で出陣してきた村人の、半数ほどが倒れている。その内の数人に対し、僕と同じように治療が行われている。しかし、そのほかは、地面に横たえられたまま放置されている。


 倒れた村人たちは身動き一つしない。治療が終わった後だとは到底思えない。


「あの……僕はもう、大丈夫ですから、他のみんなを……」

 呼吸が楽になってきた僕はそう訴えるが、女は、悲しそうな目をして小さく首を横に振るだけだった。


 体の痛みも引いてきたが、力は入らず、起き上がれない。ぼやけていた視界は、焦点があってきて、はっきりとあたりを見られるようになってきた。


 エリルは自分の足で立っている。それを確認して、僕は安堵の息を吐く。


 さらに観察を続けて、倒れている村人の一人がカルダであることに気づく。メアが寄り添っているが、治療している様子には見えない。


「まだ動いては──」

 静止する女を振りほどいて、這ってそちらへ向かう。


 カルダの腹部には、傷跡の赤い光がそのままになっていた。腹部からの出血はない。しかし、内臓をやられているのか、口の端から血の流れた跡が残されたままになっていた。


 カルダにはまだ息があった。


「カルダさんに治療を」

 僕を治療してくれていた女を呼ぶが、女はまたもや首を振り、他の村人の治療を手伝いに回った。


「メア、カルダさんを、治さないと」

 声をかけると、メアがこちらを振り向いた。大粒の涙が、とめどなく目から溢れている。


 力なく中空を見つめていたカルダが、僕に気づいて視線を向ける。


「ありがとう」

 かすれた、空気を漏らすような声で、カルダが呟く。


「いえ、そんな……いまは、喋らないでください」

 弱々しいカルダの姿を見て、僕もこらえきれず涙が一筋、頬をつたうのを感じた。


「メア……すまない」

 カルダは、娘に言葉をかける。


 メアはしゃくりあげながら、首を横に振る。なにか言おうとするが、言葉にならないようだった。


「これからは、外の世界を──」

 カルダの、自分の娘に向けた言葉が、途中で途切れる。その瞳から、光が失われていくのがわかった。


 メアがカルダの体にすがりつき、堰を切ったように、大声で泣きはじめた。


 直視できずに僕は目をそらす。魔物を倒した達成感などはなく、ただ、無力感だけが残る。戦いの喧騒は消え、慌ただしく治療を続ける村人たちの声と、メアの泣き声だけが、森に響いていた。


 しばらくすると、誰かが助けを求めにいったのか、村から人々が駆けつけてきた。木と布で組まれた担架に、けが人がのせられる。


 自分の力で歩こうと僕は立ち上がろうとしたが、ふらついて、尻餅をついた。結局、僕も担架にのせられ、森の中を運ばれる。揺られながら、緊張の糸が切れ、僕は再び意識を手放した。


 次に意識を取り戻した時、僕は小屋の寝台に横たわっていた。戸が開いていて、外の様子から、既に夜を迎えていることがわかった。


 おぼつかない足を励ましながら、なんとか立ち上がる。小屋から出ると、外では村人たちが忙しそうに行き交っていた。


「起きたのか」

 声をかけてきたのは、僕が戦闘で助けた、あの男だった。


「あなたこそ、無事だったんですね」


「ああ、君のおかげでな」

 これまでの態度が嘘のように、男は殊勝にする。


 どう会話を続けていいかわからずに、僕は黙る。再び口を開いたのは、男の方だった。


「すまない。これまでの言動を許してくれ。君は俺の……いや、一族の恩人だ」


「いえ、結局、多くの人を守れませんでした」


「違う。大勢を、救ったんだ。君がいなければ、俺たちは全滅していた。この村だって、魔物に襲われ、こどもや老人も含めて、もっと多くの命が失われただろう。礼くらい素直に受け取ってくれ。本当に、ありがとう」

 男が深く頭を下げる。


 それ以上、否定もできず、僕は小さく頷いた。

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