第33話:自分のための選択

「事情は分かったが、さっきの冒険者たちの反応を見ただろう。何か別の方法を考えたほうがいい。軍に相談してみたらどうだ」


「私たちはこの国では邪教徒あつかいですから。軍は動いてくれません」

 少女は悔しそうに唇を噛む。


「邪教徒?」

 僕は口を挟む。それに答えたのは少女ではなくエリルだった。


「ここイグニス共和国では輪廻が信じられている。死者の魂は循環して、またこの世界に生まれる、とな。しかし葬魂の一族は、輪廻を待ちさまよう魂を天へ還す、という。この国のヒトにとっては、それは死者への冒涜に他ならない」


「エリルさんもそれを信じているんですか?」


「私も輪廻があるのかは知らんが、国の考えと彼らの考えに、大きな隔たりがあるのは間違いない。何が真実であろうと、とにかくいまは、国の助けは借りられない、という事実が重要だ」

 エリルがイライラしたように机を指で叩く。


「国の軍隊が動いてくれないなら、エリルさんの力で、なんとか助けられないんですか?」


「私が? どうして」


「どうしてって……」

 意外な返答に、僕は言葉に詰まる。これまでのエリルの優しさを考え、自然と今回も手を貸してくれると思っていたが、言われてみればエリルがこの問題に介入する理由はない。


「お前はどうするんだ?」

 言葉に詰まった僕に、エリルが問いかける。


 言われてはじめて、他人ばかりをあてにしている自分に気づいて、僕は恥じ入った。


「僕は……」

 即答できない。


 ランクゼロの自分に何ができるのか。ついこの前、自分の身も守れずにダンジョンで死にかけたばかりだ。それに、ユウトは自分のために生きると決めたのだ。人のために無茶をして、自分を犠牲にして、死ぬなんてのは二度とごめんだ。

 

 少女の瞳が、ユウトを見つめる。すがるような、切実な思いが伝わる。


「お前は、どうしたいんだ?」

 エリルが重ねて問いかける。


「僕は……助けたいです」

 ユウトは迷いを断ち切り、拳を握った。


 力もないのに、見ず知らずの少女を助けたいと考える、僕は愚かなのかもしれない。しかし、ここでなにもしなければ、間違いなく悔いが残る。


 困っている人をみんな助けたいなど、聖人君子のようなことは考えていない。しかし知ってしまった以上、少女を見捨てて、何も感じられずにいられるほど鈍感ではない。


 自分のために生きる。この少女を助けるのは、僕の決意に反したものではないのかもしれない。


「お前に、なにができる?」


「なにができるかなんて、分かりません。でも、必死に助けを求めている人を見過ごすことはできません。それに、僕の特殊な職業が、役に立つことがあるかもしれない」

 自分の考えを整理するように、ゆっくりと答えた。


「そうか。ならば、私も同行しよう。お前には貸しがあるんだ。返してもらうまで死なれては困ると、前にも言っただろう」

 エリルが微笑む。はじめから手助けするつもりでいながら、僕がどう答えるか試していたのだろうか。


「あ、ありがとうございます!」

 少女が、机にひたいをこすりつけるような勢いで、頭をさげる。


「礼はいい。どうせレベル上げのための依頼を探していたところだ。強力な魔物がいるのであればありがたい。一気にレベルを上げられそうだ」


「危険だから採集系にしろと言ってませんでしたっけ……」


「選んだのはお前自身だ。こうなったら、お前が上級冒険者の仲間入りをして、私への借りを一気に返せるようになるまで、とことん厳しくしてやるから、覚悟しておけ」

 エリルはにやりと笑った。


 魔物の存在よりも、このエルフの笑顔の方が恐ろしい。今の借りは百九十八頭分だったか。本当にそれに相当するくらい馬車馬のごとく働かされそうだ。


 話している間にも、少女の村でまた魔物が暴れているかもしれない。三人は、すぐに東の森にあるという葬魂の村へ向かった。


 その後、メアと名乗った少女は、二人から距離を置くように少し後ろを付いて来ていた。その様子が気になった僕はメアに声をかける。


「そんなに離れてないで、こっちへおいでよ。村に着く前にも、魔物が出るかもしれないし、危ないよ」


「お二方に迷惑がかかるといけませんから……」

 メアは恐縮して、視線を遮るようにフードを深くかぶり直す。


「近くにいるだけで迷惑がかかったりしないよ」


「いえ、さきほどのエリルさんのお話は本当なのです。私たちは、魂を天へ還します。それだけでなく、魂を使役することもあります」


「それがどうしたの?」


「ヒトの魂を弄ぶことで、葬魂の一族の魂は汚れていると、この国では言われています。だから、私たちと接することで、魂が濁ることを人々は嫌がるのです」


「俺は、メアの魂が汚れているなんて思わないよ。協会で手を握った時だって、なんともなかったんだ。いまさら近くにいたところでなんともならないよ」

 僕はメアを説得する。


「……不思議な方ですね、ユウトさんは」

 メアが小さく声を漏らす。歩きながら僕が振り返ると、メアは俯いていて、その表情を伺い知ることはできなかった。


 この国の宗教観などどうでもよかった。この奥ゆかしく、自分の村を救おうと必死に行動する少女を、汚らわしいとする考えなど、気に留める必要もない。


 目に見えない魂なんかより、目の前の少女を信じたいと、そう思った。

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