第6話:常識のない男

「いや、実はその通りで、魔物と戦うのは初めてでして……」


「本当にそうなのか!?」


「はい。それで、ぜひともエルフさんには色々と教えていただければ……」


「妙な呼び方をするな。私はエリルだ。それで、お前は? 人間さんとでもお呼びしようか」


「ユウトといいます。よろしくお願いします」


「そんなにかしこまられるほど、よろしくするつもりもないが。まあ、これも何かの縁だ。少しくらい助けてやるよ」

 エリルは豪快に笑った。


「一緒に遊んでたわけじゃないなら、こいつはもういらないな」

 そう言うと、エリルはキノコを上に放り投げ、落ちてくるところを思い切り殴りつけた。


 ぶぎゅう、と妙な声をあげてキノコが吹き飛び、バラバラになって消えた。アイテムドロップは無しか、とエリルは呟く。


 あのキノコ、喋るのか。そんなどうでもいいことを、僕は気にかける。


「しかし、そんな何にも知らない奴がこの世にいるなんてな。なぁ、お前、行くあてはあるのか?」


「いえ、ここがどこなのかもよくわからいですし、行くあてもないです」


「ますます妙なやつだな。これまでどこでどうやって暮らして来たんだ?」

 エリルにきかれ、ユウトは言葉に詰まる。


 正直に話していいものか。バカにされるだけじゃないのか。そういえば、転生課の女は、この世界にいるのはみんな転生者だみたいなことを言っていなかったか。もしかしたら中には、僕みたいに記憶を持ってきているやつがいるかもしれない。


「転生ってどう思います?」


「なんだそれは?」

 エリルは不思議そうに首をかしげる。言葉の意味そのものが、分かっていないようだった。


 驚くべきことに、この世界には転生という言葉そのものがないようだ。言葉が無いということは、おそらくその概念自体が存在しないのだろう。


 言葉のことを考えて、ふと気づく。そういえば、さきほどからエリルと普通に話せている。まさか言語が同じということもないだろうし、これも管理人権限というやつだろうか。


 スムーズに転生させるために、こっちにもいろいろとやることがあるんですよ、という転生課の女の声が蘇る。これも彼女の仕事のうちなのだろうか。


「いや、なんでもないです。忘れてください。じゃあ、管理人って、どう思います?」


「管理人? なんだ、さっきから訳のわからないことを言って、私を試してるのか」

 エリルは語気を強める。


「いやいや、すみません。ただ、僕の職業がそれでして」

 慌てて謝った。いまはエリルが唯一の希望だ。機嫌を損ねて見捨てられてしまっては困る。


「管理人なんて職業、きいたことないけどな」

 エリルはまた、首をかしげる。


 どうやら、管理人という職業は、一般的なものではないらしい。転生も管理人も通じないとなると、慎重に話を進めなければならない。この世界の成り立ちがもう少しつかめるまでは、色々とまだ秘密にしておいた方がいいだろう。


「ちょっとステータスを見せてみろ」


「ス、ステータス?」

 急にRPGっぽいのがきた。ステータスウィンドウも見えないので、そういった仕組みも無いのかと思っていた。


「なんだステータスすら知らないのか」


「ちょっと特殊な……閉ざされた里に住んでまして。常識がなくてすみません」


「どんな里だ?」


「それが、明かしてはいけない決まりがありまして」


「ほぉ、命の恩人相手に隠し事とは、いい度胸だな」


「すみません! 秘密を明かしたら、殺されてしまいます! せっかく救っていただいた命が無駄になります! どうか別の方法でご恩返しさせて下さいっ!」


「そこまでいうなら、無理にはきかないが……」


「ありがとうございますっ!」

 深く頭を下げる。どうにかごまかせたようだ。


「恩返しとは殊勝な心がけだ。なにをしてもらおうか。どうやら、イジメがいのありそうなやつだし、色々と楽しませてもらえそうだ」

 妖しげにエリルがにやける。なにやら話がおかしな方向に進んでいる。僕のどこにイジメがいを見出したのか。


「と、とりあえず、そのステータスってやつのこと教えてもらえませんかね」


 しょうがないな、と言いつつ、エリルは二本の指をかざした。そして、上から下に、指を滑らせた。


 何も無い空間から、薄く半透明の、青い板のようなものがあらわれた。


 僕も真似をして、二本指を振る。しかし、何も起きない。ムキになってなんども指を振り続ける。くそっ、なぜだ。なぜできない。


「やっぱりお前はバカだな……」

 呆れたような、しかしどこか楽しそうな声をエリルが漏らす。


 傍目には僕の行動は滑稽なものに見えているようだった。

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