第25話 シンク・オブ・ミー

出発の日の早朝。

皆が進軍の準備で忙しそうだったので、

ユメコは邪魔にならない様に予言者の谷で過ごしていた。


何か手伝おうかと思ったのだが、

エビルを倒す為の切り札という事もあり、

安全な場所にいてくれるのが一番だと言われてしまったのだ。


皆に申し訳ないと思いながらも、

ヒジリさんと一緒にお茶をしている時間は穏やかで、

ユメコはこれまでの事が全て夢だったかの様な錯覚に陥った。


「お茶のお代わりはいかがです?」


「いえ、もうお腹いっぱいです!

 いつも美味しいお茶とお菓子をありがとうございます」


「どういたしまして。

 食べてくれる方がいると、作り甲斐がありますよ」


そう言って微笑みながら茶器を片付けるヒジリさんを、

ユメコは懐かしげな瞳で見つめた。


「……ヒミコがいなくなった後は、

 ずっと1人だったんですか?」


その言葉に、ヒジリさんの瞳が少しだけ動揺で陰った。


「すみません、立ち入った事を聞いてしまって」


「いえ、いいんですよ。

 あの方の記憶を、受け継いだのですね……」


「全てというわけではないですけど、

 見てしまいました。ごめんなさい……」


ヒミコはこの場所から世界を築き始めた。


けれど世界が膨大になっていくと、

他の地でも予言者や巫女を表現せねばならず、

彼女はここから旅立つ事となる。

この場所に、ヒジリさんを残して……


彼は、ヒミコがはじめて表現した予言者だった。


「ヒジリさんは、ヒミコの事を恨んでいないんですか?」


「どうしてそう思うんです?」


「いくら世界の為とはいえ、

 こんな場所に1人で置いていかれるなんて……」


本があれば1人でも平気だと思っていた頃のユメコとは、

少しだけ考え方が変わっていた。

きっとヒミコも、当時はそう思っていたのだろう。

まだ本しか知らなかった頃の私たちは、その寂しさを知らなかった。


「私はあの方を、とても愛おしく思っていますよ。

 この先何が起ころうと、それだけは決して変わらない。

 永遠に終わる事のない孤独を、

 あの方との想い出だけが埋めてくれる……」


何度も、何度も。

擦り切れるまで思い返す日々。

それだけで胸が暖かくなる様な時間……


ユメコの脳裏に、

ヒジリさんがヒミコの元へと駆け寄る姿が浮かび上がった。

その手には、一輪の花が握られている。

いつかの夢で見たエビルの様に、

ヒジリさんはヒミコの髪に花を添えた。


何故ヒミコは気付かなかったのだろう。

自分の表現に、こんなにも愛されていた事を。

1人ではなかった事を。

気付いていれば、

きっと100年の孤独も紛れただろうに……


表現を務めとしていた彼女にとって、

ヒジリさんは作品のひとつに過ぎなかったのだろうか?


そう考えた瞬間、ユメコはそれを否定した。

それが必然で作られた歯車だったとしても……


「ヒミコは、ヒジリさんの事を大切に想っていましたよ」


たとえ手放そうとも。

傍にいなくても。

生み出した時の感情は本物だ。


それはヒミコの記憶を受け継いだ、ユメコだからこそ分かる。

だってヒミコの中に残っていたヒジリさんとの想い出は、

こんなにも色鮮やかだ……


離れても。失くしても。どれだけの月日が過ぎ去ろうとも。

その瞬間は、決して褪せる事がない。


「……道中、どうかお気をつけて。

 ユメコさんの幸せを祈っていますよ」


そう言って微笑むヒジリさんの表情は、とても美しかった……


想い出は、時に人を縛り付けて苦しめる。


けれどヒジリさんの様に全てを受け止めて、

愛おしく思える日々が来るのなら。

いつか全ての後悔が拭えるのなら……


ページを先に進めるしかないんだと、

ユメコは思えた。


「ありがとうございます、ヒジリさん。

 行ってきます!」


ユメコを迎えに来たツカサの声が、遠くから聞こえる。

今はただ、この声を辿って前に進もう。


さぁ、旅立ちの時だ。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る