第13話 聖獣

目的地が分かり、はや数日。


ユメコたちは宮殿でなく、

谷の南にある崖の頂上を目指して山道を歩いていた。


ここから宮殿までは道のりが遠く、

女人狩りの包囲網を突破するのも至難である。

常とは掛け離れた移動手段が必要になるのだ。



「ヒジリさんの話だと、この先に聖獣がいる筈なんだけど……」


聖獣と言葉にしても、いまいちピンとこない。

その昔、表現から生み出された

この世には存在しない生き物らしいが……

異世界ですらありえないとは、一体どれほど恐ろしい姿なのか。


道中で見かけた牛や象サイズの獣ですら、

現実世界の生き物とはかけ離れた風貌だったというのに……


ユメコには想像もつかず、その足取りは重かった。


「大丈夫ですよ。ユメ様の事は僕が必ず守りますから」


「ありがとう、オキタくん」


リンさんとレイに戦闘を任せきりでは申し訳なくて、

今回はオキタくんを読んでいた。


幸い、緑のオキタくんが表現出来てユメコはホッとしている。

黄色いオキタくんはどうすれば力を奮ってくれるか難しいし、

赤いオキタくんは危険だ。

出来る限り、緑のオキタくんでいて欲しかった。


「聖獣に乗って宮殿まで一気に向かうとは……

 ヒジリって見かけによらず大胆な事を言うよね」


「レイはどうして宮殿までついてくるの?

 絶対にこんな面倒で危険な道、選ばないと思ってた」


「僕も宮殿に用があるって分かったからさ。一人だと寂しいじゃないか」


絶対に嘘だ……

レイひとりなら、男の身なのだから宮中は無理だとしても、

近辺までは時間を掛ければ安全に行ける筈なのである。

ユメコの身を案じている訳でもないだろうし、

いまだにレイの考えている事は読めない。


「私も後宮の女たちを解放したいと思ってたからね。

 その足掛かりを作る為にも、あんた達に付き合うよ」


不安は拭えないものの、

リンさんも一緒に来てくれるというのは純粋に嬉しかった。


「ありがとうございます、リンさん!

 すごく心強いです」


「本当にお人よしだね、リンは」


「レイだって、昔はそうだったじゃないか」


そう言ってからかう様に笑われると、レイはバツが悪そうにする。

昔の事を知られているというのが、レイにとっては恥ずかしいらしい。


「へぇ~! レイがお人よしだなんて、信じられない」


「こう見えて、昔は短髪で熱血漢だったんだよ。

 勇者さま! って感じの見た目でさ」


「レイが勇者さま……??

 ぷっ!!!」


「自分で否定する前に小娘に笑われるって、相当腹が立つんだけど?」


そういうとレイはユメコの頭を両手で掴かみ、グリグリと拳を動かした。

ユメコは相変わらず色気のない声で、ギャッ!!と叫ぶ。ほぼ動物のうめき声だ。


「ほーんと、色気がないよね。

 キャッ!痛い! とか言えない訳?」


「それは加害者の台詞じゃないんだけど?!

 サイッテー!!!」


ユメコはレイの手を振りほどくと、小走りに先へと進む。

危ないよ、というリンさんの声がしたものの、

前方から漂う水辺の気配が、ユメコの心を突き動かしていた。

なんだか冒険みたいでワクワクしてしまう。


木々の合間を抜けると、そこには大きな泉があった。

道中で時折見かけた、川の源だろう。

頂きが近いという証だ……


現実世界では見る事が出来ない澄んだ水色に、

ユメコは歓声を上げた。


「わぁぁ! すっごく綺麗!!」


「ユメ様、危ないから手を……」


「大丈夫だよ! 凄く綺麗な水!

 こんなに透明なら、きっと底まで……」


そういって水面に目を凝らした瞬間、ユメコはゾッとした。

こんなに透明感のある水なのに、底がまったく見えない。

一体どれだけの深さがあるというのだろう?


そして不気味なのは、泉の中央だけは底が見えているという点だ。

一箇所だけ、底が浅いのだろうか?

それにしたっておかしい。

なんだか、水底がせりあがってきているような……


「ユメちゃん、離れて!!!」


レイの手が真っ先にユメコの身体を水辺からさらう。

オキタくんとリンさんは、ユメコの無事を確認するとすぐに武器を構えた。


その臨戦体制に応えようといわんばかりに、

水の底から世界を揺るがすかの様な

ゴゴゴゴ…… という重低音が聞こえてくる。


水が、震えていた。

何かが来る……!!


バッシャアアアアアアアアン!!!!!


盛大な水しぶきと共に現れたのは、

体長6メートルはあるであろう巨大な魚であった。

サメに近いのだろうか? 

人間なんて、丸呑みに出来てしまいそうだ。


「なにこれ、この魚が聖獣なの……?!

 そもそも獣じゃないんだけど!」


「ユメ様、何枚におろしますか?」


「オキタくん、食べる気?!」

 

ツッコミを入れつつも、冷静なオキタくんの言葉が頼もしい。

リンさんも、この程度ならいける、と値踏みしたようだ。


とはいえ、倒してしまったら意味がないよな、とユメコは悩む。

しかし魚相手にどうすればいいのか、まったく思い浮かばなかった。

魚って、生き物の中で一番話が通じないイメージがある。


「ねぇ。移動を手伝って貰うって、まさか魚にってこと?

 宮殿って竜宮城なの??」


「そんな訳ないでしょ。確かに、どういう事なんだろうね……

 ヒジリもさ、なんでも行けば分かるって雰囲気出すのやめて欲しいよね。

 こっちは予言なんて使えないんだから」


確かに、それは一理ある……

優しそうに見えて、実は結構なスパルタなのかもしれない。


「ユメちゃんは表現が使えるんだし、

 魚と会話したりとか出来ない訳?」


「この国の言葉すら書けないのに、

 魚と会話なんて無茶言わないでよ……」


溜め息をついたその瞬間、ユメコは急に頭上が陰るのを感じた。

曇ってきたのだろうかと思い、空を見上げてユメコはギョッとする。

そこには、空がなかった……

代わりに黒い影が、上空を覆っている。


「ユメ様、危ない!!!」


ユメコの考えが至るよりも先にその影が着地し、大地を揺るがした。

オキタくんはすぐさまユメコに駆け寄って、その前に立つ。

背中で庇われると、誠の文字がやっぱり格好良かった。


「こいつは一体……

 こんな生き物、見た事ないよ。

 まさか、これが聖獣……?!」


リンさんが信じられないものを見る様な目で、

舞い降りた生き物を眺め回した。


その生き物は、先程まで聖獣だと信じていた魚を咥えている。

6メートルもある魚を咥えられるというだけで、

サイズ感はお分かりいただけるであろう。

しかしユメコは、別の事に驚いて固まっていた。


「これって、もしかして……」


ユメコはその姿をしばし唖然として眺めていたものの、

オキタくんからただならぬ気配を感じ、目線をそちらに動かした。


無表情なオキタくんの瞳には、緑と赤がチカチカと瞬いている。

ユメコは嫌な予感を胸に固唾を吞んで様子を見守っていたが、

やがてルーレットのように、それはゆっくりと止まった。


ユメコの願いも虚しく、

血の色をした赤がオキタくんの瞳を支配する……

危険信号だ。


「お、オキタくん??」


こうなってしまっては、もう手遅れかもしれない。


オキタくんは気怠そうな視線を前方にやると、

その姿を瞳に捉えた瞬間、

瞼が裂ける程に大きく目を見開いた。


「こいつは……

 ネコじゃねぇか……」


なんとなく言いずらかったのだが、オキタくんが代わりに言ってくれた。


そう。サイズ感はバグっているが、どう見てもネコなのである。

けれどリンさんは、信じられないものを見るような目をしていた。

この世界には、ネコっていないのだろうか? 


表現によって生まれた、

本来存在しない生き物が聖獣だとヒジリは言っていた。

確かにありえないサイズではあるが、

見た目は現実世界のネコと変わらない気がする。

漆黒の毛並みが、とても美しかった。


体長は15メートル位だろうか……

一体どうしたらこんなに大きくなるのだろう?

百万回でも生きたのだろうか??

ユメコはこのネコを、メガネコと名付ける事にした。安直だ。


「斬る!!!!!」


ユメコが相変わらずなネーミングセンスに落胆する暇もなく、

オキタくんは抜刀して駆け出していた。

オキタくんとネコは、因縁めいたものがある作品も多い。

それで赤いオキタくんが現れてしまったのだろう。


しかし聖獣には移動を手伝って貰わないといけないし、

オキタくんに斬られてしまったらとても困る。

というか、ネコちゃんを斬るなんてもっての他だ。


「オキタくん、ダメだよ!! メガネコちゃんは……」


「なにそのネーミングセンス、ださっ」


背後で弓を構えていたレイから瞬時にツッコミが入り、ムカッとする。

こんな時でも私に対する罵倒を忘れないその精神には脱帽するが、

そんな場合ではない。


ユメコがレイに腹を立てた一瞬の間に、

オキタくんは既にメガネコの足元まで斬り込んでいた。

相変わらず神風の様に速い……


しかしその刃を、メガネコはヒラリと優雅にかわした。

こんなにも大きいのに、素早さはネコそのものだ。


「ネコが……… ネコが、斬れねぇ………」


「お、オキタくん落ち着いて!

 だいじょうぶ! だいじょうぶだから!!」


ユメコがオキタくんをなだめている間に、

レイがメガネコに向かって矢を放つ。


おそらく目を狙っていたのだろうが、

やはりメガネコの動きは素早く、命中したのは耳の端だった。


メガネコは、ミギャアアアア!!! という

現実世界とあまり変わらない声で鳴いた。

けれどその声量は、地の底までも響きそうな程だ。


メガネコは矢を取り外そうと、

地面に顔をこすりつけながら暴れている。

その仕草に泉が揺れ、水が大雨のように降り注いだ。

しかし今は、濡れるのを気にしている場合ではない。


洪水の様に降ってくる水をかき分けるようにして、

ユメコはメガネコへと近づいた。


「あの、大丈夫?! メガネコちゃん……?!」


駆け寄ってはみたもののどうすればいいか分からず、

ユメコはただのネコに話しかける人と化してしまう。


メガネコはそんな言葉に耳を貸す気はないようで、

ユメコに向かい容赦なく研ぎ澄まされた爪を下ろした。

寸でのところでリンさんが滑り込み、薙刀でそれを受け流す。


「話しかけたって無駄だよ!

 まずは弱らせてからじゃないと、相手は獣なんだからさ……!」


そう言われてしまったら、もっともかもしれない。

けれど痛い思いはしないで欲しかった。

たとえ傷が治ったとしても、

痛めつけられた心は治る事がないとユメコは思うからだ。


ユメコのいた世界では、猫は家族だった……

けれどメガネコはユメコの気持ちなどお構いなしで、

こちらに向かい攻撃をしかけてくる。

異世界でそんな事を言っていたら、やはり甘いのだろうか。


「斬る! 斬れる!! 斬らせろぉぁあ!!!!!」


オキタくんは相変わらず、嬉しそうに日本刀を滑らせている。

その口元は三日月の様に狂った笑みだった。

瞳孔は小さく絞られ、オキタくんの方がよっぽど猫みたいだ。


赤い目の焦点はメガネコを捉えているようで、

その先に横たわる死へと照準を合わせているように思えた。

生と死の一直線上に、いつだってオキタくんは居る……

だからあんなに迷う事なく、速いのだろう。


「まったく、下品だなぁ……

 さすがユメちゃんの表現」


「うっ、うるさいな! いいからなんとかしてよ!!」


「はいはい、ちゃんと仕事してるつもりなんだけど?」


嫌味を言いながらも、レイは的確にオキタくんのサポートをしていた。

メガネコの手足と尻尾が様々な角度からオキタくんを狙うが、

それを牽制するかの様にレイは弓を引いていく。

その狙いは、とても的確だった。


矢を放つたびに、柔らかそうなレイの長髪がふわりと揺れる。

その仕草だけはとても綺麗だなぁと、ユメコは思った。

こんな状況でなければ見惚れていたかもしれない。悔しい。


リンさんもメガネコの後ろへ回り込み、

身軽さを武器にして気付けばその背へと昇っていた。

後ろ足を弱らせて動きを止めるのが狙いらしく、

執拗に同じ箇所を狙って、痛みを蓄積させようとしている。

リンさんの戦い方は、とても冷静だ……


そんな皆の戦いを、ユメコはただ無事を祈り見守っている。

それしかユメコに出来る事はなかった。


「皆が戦ってくれてるのに、

 私は何も出来ないんだなぁ……」


「は? 何言ってるの、オキタくんを読んでるじゃない」


前線で戦っている2人には気付けない独り言を、近くにいたレイだけは拾った。

レイはユメコの方に一瞬だけ目をやると、手を休めないままで言葉を続ける。


「けっこう疲れるんでしょ? それ。

 気を失う以外で、あんまり寝れてないんじゃないの」


「え、どうして分かったの……?!」


表現が出来るようになってから、いつも頭が重い。


常に頭の中に文字が溢れ返っている様な、

言葉に飲み込まれてしまう様な、そんな感覚。


気絶して強制終了の様に意識を失う以外では、

ずっと頭が回転し続けているような…… 


ユメコはいつだって寝ては覚めてを繰り返し、

浅瀬を漂っている状態が続いていた。


「部屋がある時ならまだしも、移動中はどれだけ一緒に野宿してると思ってる訳?

 いつも火の番で、誰か読んだまま寝てるからじゃないの」


「どうなんだろう、そのせいなのかな……?

 でも別に、身の危険はないから」


「神経が磨り減るのだって、立派な疲労でしょ。

 いるよね、そういう自分の仕事を過小評価する人間って」


褒められてるのか下げられてるのか良く分からない……

レイは話ながらも冷静に弓を絞り、その表情や仕草は乱さなかった。


「ユメちゃんは、自分がやるべき事をキチンとやってる。堂々としてなよ」


「……うん、ありがとう。まさかレイが認めてくれるなんて思わなかった」


「そりゃあ、君のお陰で火の番も気にせず寝れてる訳だしね」


レイはほんの少しだけ、照れたような表情を浮かべる。

珍しくレイの矢が的外れに大きく逸れたのを見届けると、

ユメコはやっぱりこんな時でも笑ってしまった。

年上の筈なのに、こういう時のレイを子どもみたいに感じてしまう。


「また笑う。ほんとタイミングがおかしいよね、不謹慎……」


「ごめんごめん!」


「まぁ、眠りたかったらいつでも言ってよ。

 初めて会った時みたく、頭をどついて意識飛ばしてあげるから」


「そ、それはもう嫌だ……」


「ふふふ、またさらっちゃおうかな?」


「もう! さらうって、いったいどこに?!」


「……そうだね、考えとくよ」


そういってレイは、また真剣な表情に戻ってしまった。

戦闘中だという事を忘れたらいけないのに、

ユメコはレイと出会った時の事を思い出す。


手足を縛られてからの関係だったので、

敬語すら使わずに遠慮なく話してこれた。

最初は私を殺そうとしていたレイの中で、

今の私はどんな存在なんだろうか……


「っしゃ!! 獲った!!!」


逸れてしまっていた意識を、オキタくんの歓喜の声が引き戻す。

それを見た瞬間、ユメコは目を見開いた。


獲ったというから何かと思えば、完全に首を狙っている。

これには流石に、リンさんやレイも驚いていた。

二人は赤いオキタくんがどれだけ危険か、まだ分かっていなかったのである。


赤いオキタくんにとっては、目的ではなく手段が大切なのだ。

斬るという、手段。息の根を止めるという、手段……


足を切り落とすと言われた時の感覚を思い出し、ユメコはぞっとした。

また気を失うかもしれないが、やるしかない。


ユメコは大声で叫んだ。


「メディーーーーーック!!!!!」


フローラちゃんを読んで即回復して貰うには、

もはやこの言葉で呼ぶのが一番早いという結論にいたった。

ちょっと恥ずかしいと思うものの、悪い気はしない。


「ハイハイハーーーイ!

 癒しのナース・フローラちゃんだよ♪

 魔法の粉をバッサバサーーーーーー☆」


謎の白い粉を、フローラは相変わらず雑にぶちまけた。

一体どこからどうやってあの袋が出てくるか謎だ。

スカートがメイド服のように大きく膨らんでいるので、

まさかあの中にパニエでなく袋でも詰まっているのだろうか?

自分で表現しておきながら、謎は尽きない……


そんな事を考えるユメコをよそに、

粉はどんどんと広がっていき、

あの巨大なメガネコすらも包み込んでいった。


「おい! あんた、何すんだ……

 また邪魔ぁすんのか?!」


粉塵で視界がぼやけている筈なのに、野生の勘でもあるのか

オキタくんは一瞬でユメコのところへと詰め寄った。

勢い余ったのだろう。顔の距離が近い。


僅か数センチの距離で、赤い瞳がユメコを捉えた。

けれど目を逸らして、負けてはいけない……

ユメコは毅然とした表情で、オキタくんを見つめ返した。


「殺したらダメだよ、これから仲間になって貰うんだから」


「仲間ぁぁ……?

 無理だろぉ、こんな獣に切腹はぁ出来ねぇよ」


「いや、新選組に入れないで??

 私たちのお友達になるってことだよ」


「トモダチ……?

 あんたにそんなもん、いたかぁ……??」


ちょっと痛いところを突かれた。

私は確かに根暗のコミュ障で、いつもひとりぼっちだった。

でも別に、友達がいなくたっていいじゃないか!


オキタくんに分かりやすく伝えようとしたものの、

私が友達と言ったところで、説得力がある筈もなかった。

一体なんて伝えればいいのだろう?


あぁ、やっぱり人と話すのって難しい。引きこもりに戻りたい……


「いるでしょ、ここに」


うっかり現実世界の自宅に思いを馳せていたら、

背後から耳元に響く甘い声がした。

いつの間にかレイが、すぐ傍まで移動してきている。


オキタくんは分かるけど、レイまでこんなに近い必要あるだろうか?

二人の間に挟まれて、ユメコはなんとなくオドオドしてしまった。


「一応これでも、友達なんだけど」


「は? トモダチぃぃい??

 その割にゃあお前、オッサンじゃねぇか」


「は……?

 本気で言ってるのか、このクソジャリ」


なんだかまったく関係のない事でバトルが始まっている気がする。

でも、メガネコを治療中にオキタくんの気を逸らすには丁度良いかもしれない。


「まぁ確かに、若さっていうのは感じないよねぇ」


「……ユメちゃん、怒るよ?

 このオキタくんだって、良く考えたら

 ユメちゃんから生まれてる訳だよね? お仕置きが必要かな」


「そういう発言がオッサン臭いって…… キャッ?!」


たまにしかない反撃のチャンスだし、

ここぞとばかりに言いまくってやろうと思っていたのに。


「レイ、なにすんの……っ?!

 や、やめ、あ、あはははっ!!」


背後からレイにくすぐられ、作戦は失敗に終わる。

後ろを取られている状況というのは、よろしくない。


「ちょっ、くすぐった……!!

 あははっ! 普段笑うなって言うくせに!」


「そういう馬鹿笑いは別にいいんだよ!」


「なにそれ、勝手すぎ……っはははっ」


「おい、オッサン。てめぇ人のヤドヌシに調子こくんじゃあねぇよ」


「ヤドヌシ?!

 その呼び方、なんかヤドカリみたいで嫌なんだけど……」


「うるせぇヤドヌシ。あんたは黙って身体だけありゃあいい」


レイから引き離そうとしたのか、

ヤドヌシとして身体だけ貸せということなのか。

オキタくんはグイッと乱暴にユメコの腰を抱き寄せた。


その挑発的な態度にイラついたのか、

レイは負けじとユメコの肩を強引に抱き寄せる。

上半身と下半身が分裂してしまいそうだ。


「ギャー!!!

 2人とも、やめて! ギブ! ギブ!!」



「あんたたち、こんな状況で一体なにをしてるんだい」


いつも優しいリンさんですら、

さすがに呆れたような表情でこちらに近づいてきた。ごもっともだ。

ユメコは凄い体勢のままで、リンさんの奥にいるフローラちゃんを見た。


魔法の粉が薄れてボンヤリと姿が見えるようになったものの、

どう考えてもそこにはメガネコの姿がない。


「え?!

 まさか逃げられちゃったの……?!」


「いや、大丈夫だよ。ほら」


そう言ってリンさんが指さしたのは、フローラちゃんの膝の上だった。

目を凝らすと、真っ白なフローラちゃんのスカートの上で、

一匹のネコが気持ちよさそうに居眠りをしている。

それはどこからどう見ても、普通のネコだった。


「メガネコちゃん、こんなに小さくなっちゃって……」


「戦っていた感触として、特に戦闘で抜きん出たものがある訳じゃなかった。

 多分、身体を大きく出来るのがこの子の力なんだろうね。

 傷を癒してくれたフローラの事を気に入って、懐いたみたいだよ」


「ふふふ、にゃーちゃん♪ かーわいっ!!」


フローラちゃんはニコニコしながらメガネコを撫でている。

そんなフローラちゃんが可愛い。癒される……

やはり聖獣というからには、可憐な乙女の膝で眠るものなのだ。

フローラちゃんが萌えキャラで本当に良かった。


「あ……れ……??」


安心して気を緩めた瞬間、世界がグラリと傾いていく……

2人を同時に読んだユメコの気力は、もう限界だった。


腰に添えられていたオキタくんの手の感触がなくなり、

肩を抱いていたレイの胸元に全体重を預ける。

この感覚は、いつもの手招きだ……


「ユメちゃん……?!

 やっぱり、2人同時に出すのは厳しいんだね」


意識を手放そうとするユメコを労わるかの様に、

レイはその肩をぎゅっと抱いた。


離さない様にと手を固く握るレイの姿は、

まるで祈っているかの様にも思える。


レイの表情が、苦しそうに歪んでいた。


そんなにつらいなら、助けてあげたいな……


そう願いながらも、

ユメコの意識は再び闇へと落ちていった。

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