第4話 ドリーム小説・カム・トゥルー

夜の森で、2人は焚き火をしながら本を読んでいた。

インドアだかアウトドアなんだか、良く分からない状況だ。

しかし、ユメコにとってこれは完全なるサバイバルであった。


予言者のところへ向かう事になったものの、

女人狩りに出くわすとユメコの命が危ない為、

宿も利用出来ずにコソコソと移動するしかないのである。


せっかく異世界に来たというのに、

娯楽は現実世界と同じく本だけだ……

ユメコは必死に、この世界の本を読解しようと試みていた。



「う〜ん、読めない本をいくら眺めても無意味な気がしてきた……」


あいうえお表みたいな物はツカサから貰ったものの、

実際に読むとなれば熟語などが邪魔をする。


無理して読まずとも喋れれば良いのでは、

と思うだろうが、これもユメコにとっては一大事であった。


本を具現化出来る能力を手に入れたとはいえ、

肝心の本が現実世界から持ってきた1冊しかなかったのだ。


しかもその本の勇者さまは、

煙の様に消えてしまってから一度も姿を現さない。

回数制限でもあるのか、それともユメコの妄想力不足なのか……


他の本でも試さなければ何とも言えない事であったが、

読解不可能な本では当然ながら妄想も出来ないので、

まずは言葉を読める様になろうと読書に耽っていたのである。


「それ、子ども向けなんだぞ?

 お前って意外と頭悪いのな」


不当に頭が悪いと言われるのは、どうしてこうも腹立たしいのか……

ツカサなんて絶対に日本語読解不可能だからな?


毒付きつつも世話になっている身なので、ユメコはぐっと堪えた。

顔が良いというだけで全てを許せる時間は、

一緒に旅をした数日でもはや過ぎ去っている。

いつか絶対に日本語で泣かしてやろうとユメコは決意した。


「仕方ねぇな、ちょっと横つめろ」


「え……??」


そう言いながらツカサは、問答無用でユメコの横へと寝転がり、

ブランケットの中に入ってきた。

ツカサの筋肉質な身体がユメコの肌に触れる。

いくらなんでも距離が近い……!!


ユメコは当然ながら現実世界で男子との交流などないのだが、

ファンタジーなイケメン相手なら妄想で鍛えた脳みそゆえ、

逆に小慣れ感があり普通に喋っていた。

しかし、この距離感はまずい。


匂いがするし体温だってある。

これじゃまるで、3次元みたいだ……


「読んでやるよ。

 女人狩りについても説明しなきゃと思ってたし」


「あ……

 これって、女人狩りについて書かれてるの?」


「歴史っつーほど昔じゃねぇけどな。

 分かりやすいから、おとなしく聞いとけ」


そう言うと、ツカサはゆっくりと本を読み始めた。


低過ぎず高過ぎない声が心地良くて、

ユメコはそのまま眠りたくなってしまうが、

大事な話なのでしっかりと気を引き締める。


人に本を読んで貰うだなんて、いつ以来だろうか……


「あるところに、決して滅びない定めの王国がありました。

 その国の王はエビルといい、

 ヒミコに守られて泰平の世を築いていました」


「ちょっと待って!

 ヒミコって……??」


もしかして、あの卑弥呼?

ここって異世界じゃなかったの……?!


「予言者よりも更に力が強い、特別な巫女の事だな。

 この世界に一人だけらしくて、

 存在については全てが隠されてる。

 だから秘められし巫女で、秘巫女って呼ばれてんだ」


なんだ、ただの言葉遊びか……

どうやら現実世界とは無関係らしい。


紛らわしい名前をつけないで欲しいなと思いつつも、

私の脳みそが勝手に翻訳して名付けたのだろうと考えると、

ユメコは自分の発想力が情けなくなった。


「ヒミコが滅びないと言えば、その王国は決して滅びる事がない。


 しかし、ある時……

 ヒミコは「女がエビルを殺し、この国を滅ぼす」とだけ残し、

 消息を絶ってしまいました。


 一人残されたエビルは、

 それならば女を全て捕らえてしまえばいいと考えます」


「え、何それ……?!」


その道理は、いくらなんでも無茶苦茶だ。

異世界とはいえ、そんな思想がまかり通るのだろうか……


けれど現実世界でも、生類憐みの令なんてものが存在した。

世の中には、何を言い出すか分かったもんじゃない人種が

偉くなってしまうという事がままあるのだ。


「それが女人狩りって言われてるやつだな。

 もちろん女の為に戦う解放軍もいるが、

 現状の旗色は厳しいらしい。


 だから女だってバレたら、

 今の時代どうなるか分かったもんじゃないぞ。

 軍に捕まったら最後、その辺で人買いに捕まっても最後だ」


そうか、人買いなんて可能性もあるのか……

自分が最初に出会ったのがツカサだったことに、

ユメコは改めて感謝した。


やはり本好きに悪い人はいない。

それがたとえ、脳筋司書だとしてもだ。


「だから絶対に女だってバレたらまずいんだよ。

 その点お前は、胸がないから助かったよな」


前言撤回。

これだから脳筋司書はデリカシーがない……


確かに、髪がすっぽりと納まるキャスケット帽を被り、

体型を隠せるパーカーとキュロットに着替えただけで、

何故か少年が完成したという自覚はユメコにもあった。


「今は髪が見えるから女だって分かるけど、

 帽子を被ってたらどう見ても少年だもんな。びっくりしたわ」


コイツは敵だ……

ユメコは拳を握り締めたものの、

腕力で剣士にかなうとは到底思えない。


しかし、ペン先は剣よりも強し!!

ユメコは傍に置いていたペンを使い、

日本語で恨みつらみ・罵詈雑言……


ではなく、まさかの夢小説を書き始めた。何故だユメコ。


(ツカサはそんな事を言いながらも、

 まじまじとユメコの事を見つめた。

 近くで見ると、可憐な美少女だった事にツカサは驚く。

 心を突き動かされた。

 この衝撃は、間違いなく恋だろう……

 俺が一生守ってやりたいと思った)


痛々しい。

相手が日本語を読めないからといって、

腹いせに目の前で夢小説を書いて憂さ晴らしするとは……

根暗ここに極めりだ。


「これね、私の国の言葉!

 読んであげるね、昔々あるところに……」


嘘八百を読み上げて更なる憂さ晴らしを試みようとしたが、

突如背中に衝撃が走り、ユメコはグエッと色気のない声をあげた。


カエルが潰されたような、とは良く言ったものだが、

うつ伏せになり文字を書いていたユメコの背に、

何かが乗ったのである。


何事かと思いノートから顔をあげて振り向くと、

そこには視界一面にツカサの顔が広がっていた。

整った顔立ちから、溢れる吐息が近い……


ユメコの体に重なっているのは、ツカサだった。


「えぇ?! ちょっと、何を突然……」


「お前さ、良く見たらめちゃくちゃ可愛いよな」


「はぁ?!?!」


「俺、お前の事を見てると胸が苦しくなる。

 これってやっぱり、恋だよな」


さっきまで人の胸をないもの扱いしていた人間が、

胸が苦しいとほざいている……

どう考えてもこれは尋常ではない。

これじゃまるで、さっきユメコが書いた夢小説みたいだ。


「……って、もしかして……」


「俺が一生をかけて、お前を守りたい」


「やっぱり〜〜〜!!!

 現実になってる?!?!」


なんということだ。

別に他人が書いた本でなく、自分で書いてもOKなのか……


そういえば、予言者は予言書を書く人だと言っていた。

つまりこれは、その片鱗なのだろうか?

なんとも下らない使い方をしたものだ。


「なぁ。俺、ちゃんとお前に誓いたい……」


「へ? 誓うって、なに……」


ただでさえ近かった顔が、より近付いてくる。

それはユメコの唇に向かっていた。


慌てて逃げようと試みるものの、

上に乗られていては身動きも取れない。


完全に自業自得で詰んだ……

これでは最初に出会った獣よりもタチが悪いし、

さすがに観念して目を閉じる気にもなれない。


「ちょっと待って、ツカサ……!!」


どうする事も出来ないまま、

ツカサの前髪がユメコの額にサラリと落ちてきた、その瞬間。


パシュンッ


空気を切り裂く音が、二人の間を駆け抜けた。

驚いて通り抜けた風の先を見ると、

暗がりの奥に一本の矢が突き刺さっている。


それは間違いなく、本物の敵意だった……


「誰だ!!」


ツカサはすぐに身体を起こすと、剣を取る為に体をひねる。

しかしそれこそ敵の思うツボだったらしい。


ツカサが離れた隙に、

ユメコは強い力によって引き上げられ、突然馬に乗せられた。


「え?!?!」


まるで疾風にでもさらわれたかの様な素早さで、

ユメコには為す術もない。


何が起きたのか確認しようと、

自分の体を抱えている腕の主を見上げた瞬間……


ユメコの頭に衝撃が走る。


「……っ!!」


ユメコの世界が、激しく揺れた。

どうやら気絶させようとして殴られたらしい。


徐々に遠のいていく意識の中で、

ユメコは少しだけ犯人の面影を見た。


片目は髪に隠れて見えないが、もう一つの目には、

闇夜を凍えさせるほど冷たい光が宿っている。


さすがにこれは助からないかもな……


自分を呼ぶツカサの姿を名残惜しげに目で追いながら、

ユメコは意識を手放した。

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