第2話 図書館ではお静かに

私の名前は果支那 夢女子(ハテシナ ユメコ)。

高校三年生になったばかり。

趣味は読書と妄想。ゲームと漫画は嗜む程度。


現実世界の絵に描いた様な根暗の女子高生だが、

何故か目の前には今、

絵に描いた様な勇者さまが存在している。

実際、絵に描いてあった勇者さまだ。


背中だけで顔は見えないものの、

たなびくマントにそびえる剣、

全てを受け止めてしまいそうな荘厳な盾……

本で読んだ通りの勇者さまだ。


しかもなんか、キラキラしてる。

レアキャラとかで見るエフェクトだ。



「お、お願い!! 

 助けて……!!!」


妄想力を極めれば、存在しない姿にも出会う事が可能という……

死の瀬戸際で、その能力を開花させてしまったらしい。


現実世界ならば美味しい能力に違いないが、ここは異世界。

残念ながら守って貰えなければ意味がない……

ファンタジーのくせに現実は非情だ。


「俺に任せろ」


声が聴こえてくる。

もうこの際、幻聴でも良い。

なんて頼りになる言葉だろう……


ユメコが力強い声に安心したのも束の間、

獣から圧を感じ、再び緊張が走った。

おそらく飛びかかってくるつもりなのだろう。


「勇者さま……っ!!」


ユメコは今度こそと観念して、瞳を強く閉じた。

たとえ幻であろうと目の前に勇者さまがいるというのが、

どれだけ心強いことか……


最期に良い夢を見たな、

出来れば苦しまず楽に終わりたいな……

そんな事を願いながら、ユメコは死の衝撃に備える。


ガンッ!!!と大きな鈍い音が、辺りに響いた。

獣が跳んだのだろう。

とすれば、着地はもう間もなくだ。

きっと私のところへ、一直線で飛び込んでくるに違いない……


「……あれ??」


しかしいくら待っても、痛みはユメコを襲ってこなかった。

来るなら早くして欲しい。

それとも死ぬ時って、痛みを感じない様に出来てるのかな? 

目を開けたら、すでに私の身体はバラバラなのかしら……


このままでは先に心が壊れてしまいそうなので、

ユメコは仕方なく瞼を開いた。


そこには変わらず、勇者さまの背中がある……

が、先程までと様子が違っていた。


勇者さまは、盾をしっかりと構えている。

その先には、獣の唸り声……

間違いなく、勇者さまの盾が獣の猛攻を防いでいた。


「え……? まさか本当に、守ってくれてるの……??」


信じられない。この勇者さまは物理なのか……

じゃあこれって3次元?

いや、もしかして私が2次元にいるのか??

ユメコにはもう、何が起きているのか一切分からなかった。


「お前の事は、俺が必ず守るから……」


ユメコにも分かる事が、一つだけ出来た。

これはフラグが立ったというやつだ。

ルートの確立に違いない。

ならばエンディングまで進められれば、ハッピー生涯保証である……


妄想と乙女ゲーに基づいたしょうもない希望が見えてきたその瞬間。

勇者さまが、突然姿を消した。


「は………???」


光り輝くエフェクトの余韻だけを残し、煙の様に消えた。

選択肢すらなかったのに、フラグが折れた……


なに? パラメーター不足とかありましたか?? 

電光石火にも程がある。


ユメコは呆然として勇者さまが消えた虚空を眺めていたが、

そういえばと思い出して視線を現実に戻す。

こちらだけは消えずに残っている獣と目が合った。


盾が消えてもすぐに襲ってこなかったのは何故だろう。

まさか同情されているのかな、畜生め。


グルルルルル………!!!


脳内で毒づいたのがバレたのか、再び獣が飛びかかる体制に入る。

今度こそおしまいか……


もはや死に備えるのも妙に慣れてしまって悲しい。


しかも空想の勇者さまにフラれて死ぬなんて、

マヌケ過ぎて穴があったら入りたい。

誰か事後に掘って埋めて供養して欲しい……


ガシャアアアアアアンッ!!!!!


悟りを開き始めていたユメコであったが、

獣とは違う謎の衝撃音が聞こえてきたお陰で、

再び正気を取り戻す事となる。


どうやら背後の窓ガラスが割れた音らしい。

驚いて振り返ると、へたり込んでいるユメコの頭上を、

柔らかな影が飛び越えていった。


あまりの速さに再び獣が現れたのかと思ったが、

良く見るとそれは、ユメコと同い歳くらいの青年だ。


その青年もキラキラと輝いて見えるものの、

先ほど見た勇者さまの神々しい光とは違って、

ガラスの破片が反射しているに過ぎない。


けれど陽の光に透けて輝く小麦色の金髪は、

現実世界の美しさを象徴するかの様であった。


青年はそのまま獣へと向かって、勢い良く着地していく。

端的に言うと、飛び蹴りというやつだ。


キャンッッッ


こいつ、そんな可愛い声でも鳴けるのか…… 

妙に腹立たしかったが、よくよく正体を見れば、

その獣は現実世界に存在する大型犬サイズだった。


これなら頑張って戦えば良かったのかなとユメコは思ったものの、

獣の顔を見た瞬間に、すぐ考えを改める。

その口は、胴体と顔の境目をなくす程に大きく裂けていた。

間違いなくこれは、現実世界の生き物ではないのだ……


青年は獣が静かになったのを見届けると、

振り返ってユメコを睨み付けた。


その目線はこちらを咎めるようであったが、

くっきりした二重と、つぶらな蒼い瞳の美しさが勝り、

いまいち迫力にかける。

顔立ちは綺麗に整っているけれど体格がしっかりしているし、

目元も釣り気味に弧を描いているので女性らしさはない。


イケメンというやつだな、と、

好感度の上がる音が脳内でしたのだが……


「図書館ではお静かに願います!!!」


第一声がそれか。


お前の登場が一番うるさかったよ……

というツッコミを最後に、

すでに限界を超えていたユメコの意識は途絶えた。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る