第33話 枝子の涙

 蚤ヶ島軍によるピジョー追撃ついげき作戦は失敗に終わった。

 これにより『征服計画書』が、ピジョーの手で村に渡ったことは、枝子えだこ率いる蚤ヶ島新政府も十分に想像ができた。これでは極秘に進めてきた「村の蚤ヶ島化計画」がすべて村人たちに知られてしまう。早晩そうばん、反撃をくらうことになるだろう。

 それだけではない。『計画書』は、はったんによってすでにあひるランドにも伝えられているのだ。ここまで順調に進められてきた蚤ヶ島新政府の計画は、もはや敵に筒抜けになったということだ。


 枝子大統領は緊急に幹部を集めた。

「あのドバトを撃ち殺せなかったのか! まったく役立たずの軍隊だ。一体、何をしていたんだ。豆鉄砲ひとつ打てないのか。ドバト一羽、打ち落とせないようじゃ、計画倒れの役立たずどころか、蚤ヶ島発展の邪魔にしかならない!」

「申し訳ありません」

 他の幹部が居並いならぶ前で蚤の大佐は深々と頭を下げた。


 しかし枝子の怒りは治まらない。机をこぶしで叩き椅子から立ち上がって吐き捨てた。

「お前は処刑だ。早く連れて行け!」

 蚤の大佐は、これまで自分の部下だった二匹の蚤に両腕を抱えられ会議室から引きずり出された。


 枝子は続けてまくし立てた。

「お前たちに何度も言ったはずだ。この計画の目的は、蚤ヶ島国民の幸福のためだと。かつて貧しくしいたげられていた蚤たちの姿を思い出せ。あれはお前たちの姿だ。あの状態にまた戻りたいのか。毎日、毎日飢えて過ごしたいのか。また情けなく、嘲笑ちょうしょうさらされたいというのか。それでは旧政権時代と同じじゃないか。

 私は子どもの頃から何度も何度も母に、この島の悲惨な状況を聞いて育ってきた。母は「弱い者たちを助けろ」といった。そのためにはこの『あひるランドと村の征服計画』を成功させなければならない。それがいつか必ず村とあひるランドの幸せにもつながる。

 豊かになった蚤ヶ島を母や父、そして息子にも見せてあげたいの。 蚤ですら自分たちの力で幸せになれると・・・」

 枝子の目には涙があふれていた。


 蚤ヶ島新政府の幹部たちも、ほとんどがかつて貧困にあえいでいた者たちだった。情けない思いのなか頭を下げ、地をって、その日その日を生きていた者たちだ。それがゆえに枝子の政策に共鳴し新政府に加わったのだった。

 枝子の言葉を聞き、蚤たちもまた涙を流していた。




(つづく)


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