一. 失速③

 家に着くと、テーブルの上に見慣れない包み紙があった。シンプルな柄の包装紙に包まれたそれは文庫本と同じくらいの大きさで、誰かからのプレゼントなのがわかった。


「お母さんこれなに?」


 いまだ未開封のそれを手に取りながら、キッチンで夕飯の支度をするお母さんに声をかける。


「あぁ都、おかえり。それ、さっき千花さんが持ってきてくれたの」


〝千花さん〟


 それは優花のお母さんの名前。

 久しぶりに耳にしたその音に、ずしりと胃が重くなるのを感じた。

 そっか、うちに来たんだ。


「葬儀のお礼だって。そんなことしなくていいのにね」

「……千花さん、なにか言ってた?」

「なにかって?」


 言いながらお母さんは振り返り、包みを握りしめる私を眉尻を下げ見つめる。

 私が春休み中引きこもって部活に出ないことに、最初は行かなくていいの? と何度も心配そうに聞いてきた。だけど一向に外に出る気配のない私にお母さんも諦めたのか、最近はなにも言わなくなった。


「ううん、なんでもない。着替えてくる」


 握りしめていた包みをテーブルに戻すと、階段を上がり自分の部屋に飛び込んだ。

 するとすぐ、クローゼットが半分開いていることに気がついた。私は一目散に駆け寄り扉を閉めると、目を背けるようにその場にずるずる座り込んだ。

 きっとお母さんが洋服をしまってくれた時に開いたのだろう。

 お母さんに言わなきゃ、ここはもう、開けないでって。


「はぁ……」


 ため息をこぼしながら窓の外に視線を移す。西日が眩しくて思わず目を細めた。

 こんなに明るい時間に帰宅したって、やることなんかなにもない。そうして考えるのは、いつも決まってあの日のこと。


 街中にサイレンが鳴り響いて、騒然とした光景が今でも鮮明に脳裏に映し出される。思い出すだけで、体がまた震えた。


 私が約束さえ守っていれば ――。


 陸上なんてしなければ、今も変わらずに笑い合えていたのに。出てくるのは後悔の言葉ばかり。


 ――私だけ生きててごめん……。


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