第5話『ドールズクリエイトスキル』

 俺は工房に籠りっぱなしだった。

 ここ最近はフィギュアを作ることだけしかしていない。


 こちらの世界では物心ついた頃から剣と魔法の修行を重ね、15歳で成人してからはずっと勇者パーティの一員として戦いに明け暮れてきたので、もしかしたらこんなに集中してフィギュアを作るのは前世ぶりかもしれない。


 ――まあ剣と魔法にも興味があったからこそ、努力してここまで強くなれたのだが。


 俺の身近には剣の天才であるソードマスターの父と、魔法の天才である大魔道士の母という、これ以上ない先生がいたので、剣と魔法の両方の極意に触れることが出来たのも大きい。

 最初、剣と魔法の存在を知った時は興奮したものだ。

 それから血のにじむような努力をして、この若さにして最高職の魔法剣士にまで至ったが、それが前世の趣味が高じて下級職の人形師に転職することになるとは皮肉なものだと笑ってしまう。


 しかし、別に悲嘆などはしていない。


 何故なら試しに剣を振ったり魔法を発動したりしてみたのだが、俺の魔法剣士としての力は全く衰えていないことが分かったからである。

 やはり、魔法剣士の力に、人形師の力とスキルが加わっただけなのだ。

 ステータスプレートに出ている数字も下がるどころか上がっていた。


 あとは俺が人形師として戦えることを証明するだけだ。


 そう思って粘土をこねくり、人の形になるまで彫り続けた結果、一ヶ月くらい経った頃にようやく一体目のフィギュアが完成した。


 俺は手に収まるフィギュアを眺める。

 ピンク色の髪をポニーテールに結んでいる、ハーフエルフのフィギュア。

 右手には魔法の箒――マジックブルームを持たせ、左手には風魔法の魔道書が乗っている。


 うん、完璧な出来だ。

 色々と俺のこだわりが詰まったハーフエルフ魔道士のフィギュア。

 ちゃんと自分の作ったオリジナルの塗料で色付けもしてある。


 ――あとはこの子に命を吹き込むだけだ。


 俺は【神の洗礼】で人形師のスキルをいくつか覚えたが、その中の一つ、【ドールズクリエイト】のスキルがそれを可能とする。

【ドールズクリエイトスキル】は人形に命を吹き込み動かすためのスキルで、全ての人形師が持つ最もベーシックなスキルだ。


 それでは早速【ドールズクリエイトスキル】でこの子に命を与えようではないか。


【ドールズクリエイトスキル】を発動させるには特殊な魔方陣が必要となる。

 それは俺が魔法剣士として常に使っている黒魔法とは、根幹からして全く異なる魔法。

【ドールズクリエイトスキル】を覚えた時に、魔方陣についての知識も自然と頭に入って来たが、どうやら六柱神の一人『創造の女神マーサ』の力を基盤としているらしい(ちなみに黒魔法は五大魔王の力を基盤にしている)。


 俺はマーサ神の魔方陣を工房の床のど真ん中にでかでかと描くと、その中心にハーフエルフのフィギュアを置いた。

 そして両手を前に掲げ、詠唱を開始する。


「創造の女神マーサよ その偉大なる力を我に与えたまえ 我は御身の僕なり」


 俺の詠唱に伴い魔方陣に描かれたマーサ神の文様が光り輝いていく。

 普段使う黒魔法の禍々しい文様とは違い神々しい。

 マーサ神は大地の創造も司っているので、豊穣の神でもあり、たまに農村で司祭がこの詠唱を唱えているのを耳にしたことがある。

 しかし、ここからが農業用の詠唱とは違った。


「今ここに新たな僕が誕生せん その大いなる御心を彼の者に分け与えたまえ ドールズクリエイト!!」


 最後の詠唱を唱え終ると、俺は魔方陣に両手を付ける。

 すると魔法陣の光が一層強くなり、工房が光で埋まった。

 風が吹き荒れ髪を撫でていくのを感じながら、俺は魔法を制御するのに必死だった。

 すさまじい魔力がハーフエルフのフィギュアへと流れていくのが分かる。


 ……たかだか下級職のスキルでここまでの魔力が必要になるものなのか?


 額に汗が浮かび始めた。

 魔道士としても超一流であるはずの俺をして、魔力を制御するだけでギリギリだった。


 やがて魔力の嵐が収束し、それに伴って魔力の制御が楽になっていく。

 全ての光は魔方陣の中心にあるフィギュアに流れ込んだ。


「はあっ、はあっ」


 俺は大きく息を切らした。

 これほど疲労したのは、魔獣王ダルタニアンとの戦い以外にない。


 余りの疲労にその場に膝を着いて動けないでいると、魔法陣の中心にあるハーフエルフのフィギュアに動きがあった。

 カタカタと振動し、再び光を発し始めている。


 いきなり人形が動き始めたら日本だったら割とホラーな展開だが、この場合はそうではない。

 ドールズクリエイトが成功し、フィギュアに命が灯ったのだ。


 フィギュアの発する光は益々大きくなる。

 それはまさしく命の光。


 やがて直視できない程に眩しく光が迸ると、手を翳した向こうに人の気配を感じた。

 目を細めてでも無理矢理見ようと翳した手をどかそうとした時――


「マスター!」

「うわっ!」


 何者かに思い切り抱き着かれる。


「マスター、マスター、マスター!」


 一心不乱に俺に頬ずりしているのは、一糸まとわぬ姿の女の子だった。

 な、何でこんなところに裸の女の子が……?


 そう思った俺だったが、彼女の顔を見てハッとする。

 その少女は俺が作ったフィギュアと同じ顔をしていたからだ。


 もしかして、彼女は俺が作ったフィギュアなのか……?


 でも俺は手に収まるサイズのフィギュアを作ったはずだ。それがどうして人間サイズになっている?

 ドールズクリエイトスキルにそんな効果はないはずだが……。


 それにどうして裸なのか?

 俺が丹精込めて彫った服や武器はどこに行った?

 取りあえず本人に確認してみるしかない。


「お、お前は俺が作ったフィギュア……なんだよな?」


 そう訊くとピンク髪で耳が少し尖った、紛うことなくハーフエルフの彼女は不満そうな顔になる。


「そうだよ。ぷーっ、自分で作っておいて分からないなんて、酷いよマスター」


 そう言ってぷくっと頬を膨らませた。

 あ、あざとい……。

 いや、そういう風に作ったのは俺なのだが……。

 しかし、もう少し確信が欲しい。


「お前がもし俺の設定どおりに作られたフィギュアなら、魔法使いという設定のはずだよな? 魔法は撃てるか?」

「うん、撃てるよ。ほら」


 頷いた彼女は手の平から炎の玉を生み出し、それを飛ばした。

 え……ここ工房なんだけど?

 そう思ったのは一瞬、炎の玉は工房の壁にぶつかり爆発を起こした。

 大きな振動が響き渡り、爆炎が晴れた後には工房の壁が抉れていた。


 ……無詠唱。

 しかも、それでこの威力。


 ああ、間違いない。

 彼女は俺の作ったフィギュアだ。


 しかも、『魔法使いのハーフエルフ元気っ子』という設定がまんま生きている。

 ついでに後先考えず行動するという設定もそのままだ。

 ……おかげで家が破壊されたけど……。


 俺はフィギュアを作る時、嘘を付けない。

 こういう娘を作りたいと思ったらそのようにしか彫れない。

 しかし自分に嘘を付いて完璧超人を彫ったところで、きっとそれは完璧ではない何かが出来上がるだろう。フィギュア作りとはそういうものだ。

 それに、その場合はそもそも命が宿るとは到底思えない。


 まあ、どういうわけか人間サイズになってしまった上に肌の感触も人間そのものだが、彼女が俺が作ったフィギュアだということは紛れもなく事実であることが分かった。

 ――だとしたら、次は名前を付けてやらねば。

 それでこの娘は完全に完成する。

 ま、それはもう決めてあるのだが。


「お前の名前はエフィだ」

「エフィ……うん、いい名前。ありがとうマスター!」


 そう言ってまた抱き着いてくる。

 まったくしょうがないなぁ。

 ……しかし、貧乳に作った割には中々……。

 その柔らかな感触に鼻の下を伸ばしていると、工房のドアが大きな音を立てて開かれる。


「お兄様、大丈夫ですか!? 何か凄い音がしました……けど……」


 妹のルナだった。

 先程の爆発の音と振動を感じて慌ててやってきたのだろう。

 しかしピンク髪の素っ裸の少女と抱き合っている俺と目が合うと、ルナは動きを止める。

 そして無理矢理張りつけたような笑みを浮かべると、ハイライトが消えた瞳で睨んできた。


「……お兄様? その女は誰ですか?」


 ……普通に怖いんだけど……。

 しかし、俺はやましいことは何もしていない。何故なら俺は自分の作った裸の人形と抱き合っていただけなのだからな。……字面にしたらかなりヤバい人だった……。

 とか思っている内に、先にエフィが口を開いてしまう。


「そっちこそ誰? チビ」


 ……マズイ。【チビ】――それはルナに対する禁句の一つだ。

 案の定、ルナは顔を真っ赤にして眉を吊り上げる。


「な……なんて失礼な人なのですか!? 初対面の者に対しチビなどと……! それにわたくしはまだ成長過程なのです! 確かに同年代と比べても背は小さい方かもしれませんが、その分伸び代はあります!」


 涙を誘うセリフだった。

 しかし、エフィには通用しない。


「じゃあやっぱチビじゃん。伸び代なんて同年代の子ならみんな同じでしょ?」

「………」


 おい、ルナ。この世の終わりみたいな顔をするんじゃない。

 しかし次の瞬間、ルナは涙を溜めた顔で叫び散らかす。


「お兄様、そのムカツク女は誰なのですか!?」

「マスター、このチビ誰?」


 互いを指差しながら、二人は俺に訊ねてくる。

 俺は頭が痛くなった。



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