第27話 プレゼント【佑李side】
音楽とエッジの氷を削る音は前から好きだ。心が落ち着く音でずっと聞いていても飽きない。
俺は曲を流しての通し練習をしている。
いまはフリーの『月の光』を流しての練習で寂しげに微笑むような表情で滑っていく。
プログラムを作っているときは夢の中にいるときだけは、幸せな時間を過ごせるようにしたかった。
「よし」
ずっとしつこく練習しているのは四回転ルッツ、四回転ジャンプでも難しいんだ。
苦手なのは四回転トウループ+ダブルトウループと四回転トウループの単独ジャンプだ。
四回転ジャンプのなかでは簡単だけど、ちょっと苦手なんだよな。
ほんとはプログラムに入れてほしくないジャンプの種類だけど、四回転を二種類を入れないと勝てないので仕方がない。
ジャンプの踏み切りは完ぺきだったけど、着氷したときの重心が後ろになってしまって転倒してしまった。
「痛ってぇ……!」
俺は立ち上がると次のジャンプ。
四回転サルコウ+トリプルトウループは得意で、きれいな着氷になるのを目指している。
「う~ん、やっぱり四回転トウループは上手くいかないね」
午後十一時近く。
いつものように練習を終えると、家にすぐに走っていく。
「おかえりなさい。
母さんがリビングで待っていた。
入浴と軽食を済ませたときに母さんはエアメールを渡してきた。
そのエアメールを見て、差出人は察することができた。
「父さんから?」
「ええ、あなたにプレゼントが届いてるよ、部屋に置いてあるから」
母さんは小さな声で伝えてきた。
毎年一月にロシアから実の父さんから誕生日プレゼントが届くんだ。
再婚した今の父さんには伝えてはいるけど、母さんは結構気にしていることのようだ。
「わかった。ありがとう、母さん」
軽食を食べてから手紙を読むことにした。
そこには英語で十七歳の誕生日を祝い、今度の国際大会では会えるから、話をしたいという内容が書かれてあった。
俺の誕生日は一月七日。
ロシアではクリスマスの祝祭日がある日に生まれた。
部屋に入ると、床に段ボールが置かれてある。
段ボールのテープをはがして、ふたを開ける。そこには一回り小さな箱が入っていて、まるでマトリョーシカみたいだと思った。
その箱は丁寧に包装されていて、それも開けて箱のふたを開けた。
そこに入っていたのはスーツとネクタイピンが入っていた。
スーツは黒いものでシンプルなデザインだけど、手で触ると上質な布で仕立てられているものだとわかった。
ネクタイピンはシルバーで暗い紫でチューリップが象られている。
チューリップは一月七日の誕生花なんだ。
スーツは少しだけ余裕を持って作られているので、あと数年間は着れるようにしてくれたらしい。
「すごい似合ってる……」
鏡で見ると、いつもの俺ではないように見える。
これをバンケットと言われる試合後に行われる食事会で、着ていこうと思ってそのスーツをカバーに入れてクローゼットにしまう。
「はぁ……」
俺はベッドに腰かけてスマホのロック画面を開けると、待受画面がパッとすぐに出てくる。
それは中一、ノービス最後の年に出場した国際大会で撮ってくれたツーショット。
隣にいるのはダークブロンドにヘーゼルブラウンの瞳をした男性が肩を抱いて笑顔で写真を撮っていた。
その男性が俺の父さんだ。
フィギュアスケートの世界では有名なコーチで、ここ最近はジュニアの世界女王を指導している。
ロシアに帰国してすぐに再婚して子どももいる。
同じ父さんの血を引く二つ下の弟と三つ下の妹がいるんだ。
偶然にも二人とも俺が出る国際大会にエントリーされている。弟がシニアで妹がジュニアだったはずだ。
「はぁ……」
机にはネックレスが置かれてある。
そのチェーンに通されているのはシルバー小さな指輪と大人用の指輪。
小さな指輪は俺のベビーリング、もう一つの大人用の指輪は父さんの結婚指輪だと聞いている。
父さんの指輪は日本を離れる前に俺に譲ったもので、ネックレスにして試合のたびにお守り代わりにつけている。
これがあれば父さんが見守っていると思った。
初めて試合に出たときに母さんがつけてくれたもの。
今度の国際大会では父さんの教え子の選手と戦うかもしれない。
そのときに父さんと話せるなら話がしたいと思っていたけど、その前に試合で上位に入れるようにしたいと思った。
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