第4話

 翌日。

 今日は新学年になって初めてのゼミがある。

 ゼミは高校とかでいうHRに近いような感じで、担任も一応付いている。

 週に一コマだけしかないため、クラスとは言い難く、たぶん同じゼミになった人ともあまり話すことはないだろう。見知らぬ人に声をかけられるほどコミュ力は高くない。

 きっとぼーっとしたつまらないものになってしまうんだろうなと思いながら、図書室の三階にある視聴覚室へ入ると、すでに何名かが長机の席についていた。

 ぱっと見、やはり陽キャが多く、後方部に塊を作りながらガヤガヤと談笑をしている。

 俺はそんな中で一番前の席に座る。

 そして、どのくらいかスマホをいじっていると……隣に誰かが着席したような気配がした。

 ――こんなぼっちの隣に座るだなんて、どんなもの好きだよ……。

 たしか、昨日も似たようなやつがいたけど、まさかな……。


「こんにちは、海斗くん」


 そのまさかだった。

 隣には昨日とは服装が変わり、白のフリルネックピンタックブラウスに黒のカットソーフレアスカートと少し大人っぽい。

 なんで夏空がここにいるんだろうか……いや、考えるまでもないか。


「夏空もここのゼミなのか?」

「ええ、まさか一緒だなんてね……運命感じちゃうわね」


 嬉しそうに薄く微笑み、肩をぴとっとくっつけてくる。

 それに対し、俺はあからさまに嫌そうな顔をして、少し遠のく。

 ――こいつの頭ん中はお花畑か何かか?

 将来辛いことがあってもすぐに立ち直れそうなくらいの思考力だ。……まぁ、いいところだとは思っているけどさ。

 そんなことを考えているうちに講義が始まる合図のチャイムが鳴り響きく。

 学生たちはそれを聞いて、少しした後、適当なところに座ると、若干の遅れで担任と思しき女性の教員が中に入って来た。

 見た目はすごく綺麗で、男子学生たちは目を追っている。それは俺も例外ではない。

 ついつい見惚れてしまうほどにウェーブがかかった茶髪に切れ長な目と整った唇。パンツスーツが大人の女性という雰囲気を漂わせ、胸元ははち切れんばかりの豊満なバスト。

 ––––この綺麗な人がゼミ担? なんてラッキーなんだ。

 そう思った瞬間、隣に座っていた夏空からなぜか足を踏まれた。


「ッ?!」


 俺は痛みを堪えながら、何すんだよ! と目で訴えかける。


「顔がニヤけてるわよ?」


 夏空の微笑みになぜか闇を感じてしまった。

 俺はうんと咳払いをすると、顔を引き締め直す。

 ––––いけないいけない。危うく恋に落ちてしまうところだった。

 常人ならば一目惚れもあり得るだろう。それくらいの美人なお姉さんだ。

 その美人のお姉さんは教卓につくと、手に持っていたファイルらしきものを卓上にバンッと置く。

 そして、肩にかかった髪をさっと片手で払い除けると、きりっとした目で全体を見回す。


「少し遅れてすまなかった。今日から君たち三年間のゼミ担をすることになった南原夏海なんばらなつみだ。簡単な自己紹介で悪いが、私は経営学の教授をしている。もしかしたら経営学関連の授業で何人かと出会ったことがあるかもしれないが、なにせ受講者の人数が多くてな……。誰が誰なのかすらまったく覚えていない。そのため、後で簡潔な自己紹介をしてもらう。後、年齢は三十はいってないからな」


 なぜ「まだ」というところだけを強調したのか、謎ではあるが、南原先生の自己紹介が終わった後、すぐに俺たちの自己紹介が始まった。

 順番的に見て、教室前方の隅っこに座っている俺か、もしくは反対側に座っている同じような隠キャ男子のどちらかになりそうだが、ここに来てコミュ力の無さが発揮。双方とも互いを見つめ合うだけでどちらが先なのかが決まらない。

 それを見越した南原先生は短いため息をつく。


「君たち……大学生なんだからもう少しコミュニケーション力を身につけたらどうだ? 社会人になったら真っ先でつまづくぞ?」


 そう呆れにも似たような感じで言うと、「とりあえずじゃんけんで決めろ」ということだったのでじゃんけんで決め、俺からになった。

 自己紹介というものは俺がクラス内行事で一番嫌いなものだ。

 なぜ自己紹介をしなければならない? 別に関わりも持たないだろうし、なんなら自己紹介してもその時だけでは覚えきれないだろ。

 一応、このゼミの総人数では十名弱ではあるにせよ、一気に全員を覚えるなんて無理。次顔を合わせた時、何かしらで話す機会があったとしても「名前なんだったかな?」って双方でなっちゃうよ?

 そんなの気まずくね? 普通に考えてさ。

 だが、ゼミ担から自己紹介をしろと命令された限り、そうしなければならない。

 学校の先生というものは、独裁者と似ている。

 この国は民主主義のはずなのに学校という空間においては独裁政権そのものだ。

 ――なんで自己紹介しなくちゃならねーんだよ……。


「何か余計なことを考えてないだろうな?」


 南原先生のキリッとした目が俺を睨みつける。


「い、いえ……自己紹介でしたよね? 俺は経済学部二年の西島海斗です。出身校はえーっと、大隅高校でサークルは入っていません。よろしくお願いします」


 当たり障りのない普通の自己紹介を終えた俺は、早々と腰を下ろす。

 それからして自己紹介は俺と似たようなテンプレを使って進み、中間辺りまで来たところで一人の少女の番となった。

 見た目は陽キャという感じで金髪。両サイドのリボンが特徴で、ツインテールに小顔効果があるらしい触覚を兼ね備えている。

 服装は、派手めで茶色のチェック柄の肩出しトップスに白のショートパンツとなかなかの攻め具合。外見的にはもうビッチ臭い。


「経済学部二年の星川愛夏ほしかわあいかです! そ、その、よろしくお願いしますっ!」


 そう言いながら、自己紹介を始めたのだが……なぜ俺を時折見る? ちらっと見ては目線を他の場所にらしたりの繰り返しをしている。俺の顔に何か変なものでも付いているのだろうか? だとすれば、もうすでに誰かが気づいていてもおかしくはないと思うけどな……。

 そんなことを思いながら聞いていると、意外なことに出身校が同じだった。

 だから見てたのか。謎が解けた。

 正直、こうしてみんなの自己紹介を一応聞いてはいるけど、結局なところほとんど覚えていない。

 情報量が多すぎるということもあるし、元から覚える気がないということもある。こんな無意味な時間を消費するくらいならもっとマシなことに時間を使えよ。例えば、まだ早すぎるかもしれないが、卒業時に書く論文の書き方講座や練習とかさ。ゼミは担任にもよるが、大体はインドア派だ。

 アウトドア派もあることにはあるが、その場合は市町村の地域活性化を支援する活動だったり、桜島近辺の調査やらで非常に体力を使う。

 運動部系の部活をやったことすらない俺からしてみれば、過酷すぎる。そういうのは体力があり、かつやる気がある奴らがするべきだ。

 そうこうしているうちに自己紹介はあっという間に過ぎ、それと並行して時間も過ぎ去っていく。

 これから三年間……どんなキャンパスライフを送っていこうか。

 夢や目標が定かではない俺からしてみれば、残りの三年間は無駄なものになっていくかもしれない。

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